東屋でボーッと空を飛ぶ鳥たちや水に浮かぶ花たちを見ていると、お茶を持った見知った女官が近づいてきた。
「星空様、どうぞ」
『ありがとうございます』
ニコッと微笑んで頭を下げれば、彼女は照れくさそうにしながら「いえ···」と下がっていく。私はきゃあきゃあと言いながら他の女官の元に駆けていく彼女の姿を見送った。
彼女との出会いはここ、東屋だった。
孟徳さんを庇って受けた毒矢の傷は動けるぐらいにまで回復したので、気晴らしに散歩でも、と訪れたのがここだった。
そしてそこで今日と同じくボーッとしていたときにたまたま、他の女官などと休憩変わりにここを歩いていた彼女が向こう岸と繋ぐ小橋を渡ってきたのだ。
私に気づいた彼女たちはすぐさま立ち止まって礼をしてくれたが如何せんそこの場所が悪かった。ちょうど彼女が足を止めたのは先日の雨で濡れ、ついでに水にも濡れた場所だった。
案の定滑ってしまった彼女を助けるために安静の体を無理矢理動かして水へと落ちる彼女を引き寄せて、変わりにバシャーンッと水の中へと落ちたのだ。
当然その様子は私を探しに来た孟徳さんと元譲さんに見られ、すぐさま医務室へと連れていかれたのだが。
毒矢を受けて弱りきっている体に冷たい水を浴びれば風邪を引くのは当然で。
それによって孟徳さんの外出禁止令が出され、風邪と毒矢が完全に治りきるまではずっと部屋の中にいたのだ。よって今日、久しぶりに外へと出れたのである。
そして彼女は私が助けたときにどうやらすごい尊敬の念を抱かれてしまい、あれからは私専用の女官並みの働きをしてくれている。本当ただ助けただけなのに申し訳ない。
「ここにいたんだ、星空ちゃん」
『···孟徳さん』
ニコッと笑う孟徳さんが彼女を含めた女官たちを下がらせる。
ここには私と孟徳さんだけ。
椅子に座る私の膝へと寝転んだ孟徳さんの柔らかい髪を撫でる。
『お休みになるのならここじゃなくてお部屋の方がいいですよ?』
「ここがいいんだ。君の傍が一番安心する」
下から見上げてくる彼の瞳を見つめて、笑みを浮かべる。すると孟徳さんは顔の横に垂れる私の髪を一房掴んで遊びだした。クルリと指に巻き付けたり、スルリとすいたり。
「体は大丈夫?なんともない?」
『もう大丈夫ですよ。心配性ですねえ』
茶化すように笑う。
「心配だよ。君は言ってくれないからね。他の人のためなら平気で無理するだろ?俺にはそれが怖くてたまらない」
『············孟徳さんにも怖いものとかあるんですね』
「そりゃ、俺も人間だからね。······でも一番怖かったのはあの時かな」
あの時?と首をかしげれば、毒矢を受けた場所に孟徳さんの手があてられる。それにハッとした。
あの時···確かに孟徳さんは泣いていた。薄れゆく意識の中でもあなたの泣いている顔だけはハッキリとわかった。
イヤだと、駄々をこねる子どものように私の手を握りしめる彼の姿は今でも覚えてる。
そうだよね···あの事件が起きて、この世界で生きると決めてからもう一ヶ月も経ったのか。時間が過ぎるのが早い。···そのほとんどはベッドの上でしたけど。
『もう大丈夫ですよ。孟徳さんを置いてどこかに行ったりしませんから』
「······そうだね。星空ちゃんは約束してくれたね」
ええ、しましたよ。
すると孟徳さんは体を起こして椅子に座っていた私の身体を横抱きに抱えあげた。「ふわっ!?」と変な声が出て、慌てて口を押さえれば孟徳さんは笑いながら歩き出す。
「最近星空ちゃんとゆっくりできてなかったからね。俺は仕事で······君はあの女官に懐かれて楽しそうにしてたし」
いや、私だってあそこまで懐かれると思ってなかったんですけど···。それに花と芙蓉姫以外の女の子と仲良くなる機会もあまりなかったし···。
「でもここからは俺が君を独占してもいいよね?」
『······はい。時間が許す限り私を独占してください』
孟徳さんの首へと手を回して私は彼の肩へと頭を預けた。
平和な時間
『孟徳さん、もしかして妬いてたんですか?』
「だって、彼女ばっかり君といるから。君は俺のなのに」
『っ···(か、可愛いっ。この人本当に私より年上なのかな)』
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