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麦わらの歌姫
ーREDー

新時代 (1/3)

石造りの廃墟に植物が生いしげる美しい音楽の島、エレジア。
大海原にぽっかりとうかぶそのエレジアに、今日はたくさんの人が集まっていた。
見上げると吸いこまれるような青空。人々はその空に負けないほど晴れやかな表情で、同じところをめざして行列を作っていた。
行列のたどりつく先は、海に飛びだす形で作られた大きなライブ会場だ。
今日はここで、世界中にファンをもつ歌姫であるウタがライブを開くのだ。
数万人の観衆の中には、海軍や海賊たちの姿もあった。
そんな超満員の会場の一角で、やけにさわがしい一団があった。世界中にその名をとどろかせる海賊団、麦わらの一味だ。
彼らは仕切られた区画の中でライブを楽しめるボックス席にいた。
ステージと客席は海でへだてられ、ステージ近くの海には小島のようなものがいくつかうかんでいる。その小島の一つ一つがボックス席になっているのだ。
ボックス席には、バーベキューセットも用意されている。サンジとゾロがケンカし合う中、夢中でお肉を頬張る麦わら船長の傍にいつも一緒の舞姫の姿はない。その相棒もいなかった。


「なぁ······ティアナとカナは?」
「そう言えばいないわね···。ライブ会場に入った瞬間いなくなったし」
「ふーん」


ルフィは肉を噛みちぎった。
その頃、ステージ裏で身を隠すように隠れていたのは毛先がピンク色の銀髪を靡かせた端麗な顔つきの少女と、金髪の同じく端麗な顔立ちの少女だった。


「とりあえず、バンドの奴らには言っといたよ」
『サンキュー』


麦わらの一味の歌姫であり、船長───ルフィの女であるルーシェ・ティアナと音楽家であるカルティス・カナ。彼女たちは今"ウタ"のライブが開幕されるのをひたすら待っていた。


「でもまさか、ティアナがこんな依頼を受けるなんて······しかもルフィにも内緒で」
『だって······』


急にステージの方の照明が消えた。わあっと盛り上がる歓声を聞きながら、ティアナはステージへと姿を現した少女を見つめる。


『まさかウタだとは思わなかったんだもん·····』
「幼なじみ···だっけ?」
『·········』


ティアナはカナからの問いかけにただ静かに頷いた。

ウタ───彼女とはもう会うことは二度とないと思っていた。シャンクスが彼女とは会えない、と言ったその時からずっと。
幼少期、フーシャ村へとやってきた赤髪海賊団と共にやってきた一歳年上の少女。赤髪海賊団の中には女がいなかったので、ウタとはすぐに仲良くなった。
二人とも歌を歌うのが好きだと分かると一緒に歌を歌ったりハモりをしたり。彼女が“あの時”にいなくなるまで、常に一緒だった。


───"新時代"はこの未来だ 世界中全部変えてしまえば


キセキの歌声を聞きながら、ティアナは目を閉じる。
伸びやかでクリアな高音で、耳にスッと入って心に「ズン」と響く。
そして最もおどろくべきなのは、歌への感情の乗せ方だ。
ウタの声を聴いたものは、彼女が今どんな感情でいるのかが手に取るようにわかった。
それにつられて観客たちは自分の感情をあふれさせ、その気持ちが大歓声へと変わり会場に響きわたる。


「凄いね、さすが世界の歌姫だ」
『·········あぁ』


彼女の歌、“新時代”が終わると歓声が会場を包み込む。UTAコールが響きわたる中、ティアナはさて、と立ち上がった。


『そろそろ着替えるか』
「あいよ」


ステージ裏には自分たち以外誰もいない。なので二人は身を隠すことなく、立ち上がると傍にあった衣装に着替えた。
今回は“ウタ”の初ライブなので、自分たちが目立つこともなくかつ歌姫だと分かる衣装へと着替える。

ティアナは右上で長い銀髪をお団子で結ぶと毛先を垂らす。ダメージのデニムハイウエスト短パンに白色のTシャツをインしたシンプルな服装に、編み上げサンダル。
カナは珍しく和服ではなく、肩あきトップスに、黒色のスキニーパンツ。靴はスポーツサンダルに、ショートの銀髪をハーフアップに結い上げた。頬にハートと星のペイントをしてカチューシャをつける。

準備完了とばかりに、カナがこの後の予定を確認しようとティアナを振り返った瞬間───


「だってこいつ、シャンクスの娘だもん」
「は······」


ルフィの声にカナが目を丸くしてティアナを振り返ると、彼女はあ〜あ、と肩をすくめた。
突然聞かされた衝撃の言葉に静まりかえる会場。
海では魚が跳ね「ポチャン!」と水面に落ちた。
直後、観客たちから一斉におどろきの声が発せられた。


「「「「ええええええええ!!」」」」


赤髪のシャンクス。
大海賊時代において、その名を知らぬ者はいない大海賊だ。
その強さは世界最強レベルで、世界政府が最も警戒する四人の海賊“四皇”の一角に数えられるほどの存在である。
そんなシャンクスに、子どもがいた───
しかもそれが、世界的人気をほこる歌姫のウタだった。
誰も知らなかったその事実が、ルフィの一言であっさりと判明したのだ。
観客たちがおどろくのも無理はない。
しかし、そんな観客たちのおどろきをよそにルフィは涼しい顔だ。カナがあんぐりと口を開ける中、ティアナは首を横に振っていた。
そして、エレジアでルフィの一言にまったくおどろいていない男がいた。遠くの廃墟のような建物からコンサート会場を見つめていた謎の男だ。
彼は険しい表情のまま、ルフィの発言を顔色一つ変えずに聞いていたのだった。