『ごめんね、ルフィ······』
───嫌だ、ティアナ···っ!!
目の前には、敵の攻撃から自分を庇い血だまりの中に倒れるティアナの姿があった。地面に広がる血が、ルフィの心臓をキツく握りつぶす。
嫌な汗が伝った。震える手をこちらに伸ばすティアナ。
『幸せ、になっ···て、ね······』
徐々に光を失くす瞳に、ルフィは涙を流しながらただただ手を伸ばした。もう少しで二人の手が届くという手前で、パタリと力を失くしたティアナの華奢で細い手が地面へと倒れる。
目の前が真っ暗になる。喉が引きつった。この世で一番大切な女を───愛しい女を、ルフィは失くしてしまった。
「···嘘だ······ティアナ!!!!!」
***
ハッと目を開けたルフィは、バッ!!と勢い良く起き上がった。ハァハァ···と荒い息を吐きながら辺りを見回せば、雑魚寝のように寝ている麦わらの一味の男性陣。
汗が額を伝って、ルフィはドクンドクンと早鐘を打つ心臓を押さえた。
「···っ!」
勢い良く立ち上がって部屋を出ていくルフィに、偶々目を覚ましたウソップが「ルフィ···?」と寝ぼけながら声をかける。だが今のルフィには聞こえていなくてそのまま男子部屋を出ていった船長の後ろ姿に、どうせ腹でも減ったのだろうと気にすることなくウソップはまた眠りについた。
「ティアナーーー!!!!」ドタドタと大きな声でティアナの名前を呼びながら夜中のサニー号を走り回る。
「うるさいわよ、ルフィ!!!!」
女部屋から聞こえてきたナミの怒声も、ルフィの耳には入っていなくてそのままドタバタと走り回る。
『ルフィ?どしたの、こんな夜中に』
上から聞こえた声にバッと振り仰げば、見張り台から顔を覗かせているティアナの姿があった。不寝番をしていたティアナは自分の名前を大声で呼んでいるルフィとその足音に気がつき顔を覗かせたのだ。
不思議そうに自分を見下ろす彼女の顔を見て、ルフィは無意識のうちに安堵の息を吐き出すと───
『えっ!?』
彼女の首にぎゅるんと腕を巻き付けて、超高速で飛んできた。
『嘘···っ!?
ぎゃあああああ!!!』
真っ直ぐにこっちに飛んで来るルフィに、つい悲鳴をあげる。ごちん!とティアナとルフィの体がぶつかり合うと、二人とも見張り台の床に倒れ込んだ。
ゴンッ!と打った頭を、ティアナが涙目になりながら擦る。
『痛った······もう、何なのルフィ···』
自分に抱きついて胸に顔を埋めるルフィを見下ろすが、彼は反応することなく彼女をぎゅっと強く抱き締めた。
さすがにおかしい、とティアナが再度呼び掛ける。
『どうしたの?』
様子がおかしいルフィに、眉を寄せながらティアナがなるべく優しく声をかけるとルフィは顔を上げた。
眉は下げられ、いつもの笑顔はなりを潜め泣きそうに歪められた顔に、ズキッとティアナの胸が痛む。
「···どこにもいくなよ···っ!」
『え?』
「······っティアナ〜〜〜!!」
『ええ〜何で泣くの〜』
うわあ゛あ゛と泣き出したルフィに、ティアナは訳が分からないと混乱しながら彼の黒髪を撫でる。
『どこにも行かないよ。ルフィとずっと一緒』
ポンポン、と背中を叩きながらあやしていれば、徐々に泣き止むルフィ。何だか昔を思い出す···と苦笑いしながら髪を撫で続ける。
『変な夢でも見たの?』
「······お、まえが死ぬゆめ···うぅ゛〜」
『あ〜泣くな泣くな!死なないから!』
いつになく泣き虫なルフィに、ティアナはその悪夢が余程堪えたのか、と小さく息を吐いた。まったく···とルフィをぎゅっと強く抱き締める。
『大丈夫だよ。あたしは死なない。ルフィが守ってくれるんでしょ?』
信頼感に溢れる瞳が、ルフィの黒い瞳を射抜く。額と額を合わせて言った言葉に彼は「あ゛だり゛ま゛え゛だ!!」と鼻を詰まらせながら答えた。ふふっとティアナが笑う。
「ティアナ······ティアナ···」
『なあに』
「···っお前ば、おれが守る!」
『うん』
「も、う···失ぐじだぐねぇ!!」
『うん』
目を閉じたティアナの瞼の裏に、映し出される大きな背中。オレンジ色のハットを被った彼の姿は、ルフィとティアナの中に強く残っている。"最愛を亡くす"経験をしているからこそ、お互いがいなくてはルフィもティアナも生きてはいけない。
『愛してるよ、ルフィ···ずっと一緒にいてね。一人に、しないでね』
「あ゛だり゛ま゛え゛だ!!!」
『うん、鼻水つけるのやめてね』ズビッと鼻を啜るルフィに、ティアナはほんの少しだけ身を離した。
君がいない夢なんて「サンジー!!メシー!!」
「うるせぇよ、ちょっと待ってろ!」
「結局何だったの?ルフィのやつ」
『あー、悪い夢だね。何だよ起きたのか?』
「さすがにあれだけの大声で叫ばれたら起きる。
すぐ寝たけどな」
『カナのその秒で寝れるところ尊敬するよ』
back next