幕間
『シマナミカンパニー』の
船渠。
雨のなか、修理中の〈サウザンドサニー号〉を前に、肩に包帯を巻いた船長が堤防に座っていた。
傘を持ってきた、ティアナとちびナミが足をとめる。
『ルフィ······』
愛しいティアナの声にも反応を見せず、ルフィは俯いていた。
近寄りがたい雰囲気だった。
ムリもない。
ルフィが、この短期間のうちに二度、負けた。肩に海楼石の弾丸を撃ちこまれて、手も足もだせずに敗北したのだ。
「おまえら、いつまで、こんなところでチンタラしてんの?」
「! うわわわ〜〜〜!」
ちびナミは傘を放りだして驚いた。そして急いでティアナの背後へと隠れる。
青雉───クザンだった。
こいつは神出鬼没か。近くにいたウソップ、ちびチョッパー、そして青雉とは故郷で起きた『オハラの悲劇』の件で因縁深いニコ・ロビンは、顔色を青くした。
「だいじょうぶだ」
ルフィとティアナは、ところが、さほど驚いた様子もなかった。そのことがナミたちには、ふしぎだった。
「···············?」
『あたしたち、青雉とは温泉の島で会ってるの』
情報集めのために酒場にいたナミたちは知らないが、ルフィ、ゾロ、サンジ、ブルック、ティアナ、カナの六人は温泉施設でクザンと会っていた。
ここで一戦交えるというわけではなかった。
ちびナミたちは、やっと安心して、あらわれたクザンを囲んだ。
「元海軍本部大将ゼファー?」
ちびナミが声をうらがえした。
ルフィを二度、倒した男の、真の名だ。
元とはいえ、老いさらばえたとはいえ、海軍本部大将の壁は、それほどまでに高いのか。
「Zは海軍からダイナ岩を奪った」
「ダイナ岩を!」
『!』
クザンの言葉に、ロビンとティアナが強く反応する。
「なんですか、それ?」
「ティアナ、知ってんの?」
ブルックとカナが話にくわわった。
『古代兵器にも匹敵する威力を持つといわれる岩よ。空気にふれると、とてつもない大爆発を起こすといわれている』
「その危険さから、一般での所持は禁止されていて、海軍が、すべて管理していたはずだけど」
「それをZが奪った」クザンがロビンの言葉を継いだ。「Zはダイナ岩で、〈新世界〉に存在する三ヶ所の〈エンドポイント〉を爆破するつもりだ」
「ちょっと待て······!その〈エンドポイント〉って······!」
ウソップが疑問を口にした。
ちびナミが、クザンの話と、酒場で手に入れた情報を整理した。
「このあたりの海には三つの大きなマグマだまりがある。大きなホットスポットね。そこにある火山島は〈エンドポイント〉と呼ばれている。海兵の口から、それが本当だと聞いたときは耳を疑ったけど······」
ちびナミが考えていると、クザンはアチャーという顔をして、突然、
「しかし、せっかくのボインちゃんが、あられもない姿に······」
「話、聞いてんの?あんた!」
ちびナミはクザンに厳しくツッコミかえすと、あらためて元海軍大将にたずねた。
〈エンドポイント〉は本当にあるのか。
「ある」とひとつ息をつくと、クザンは答えた。「ファウス島、セカン島······ふたつの島で起きた事件のニュースを聞いても、すべての海賊たちはZのことを鼻で笑うだろう。〈エンドポイント〉のうわさを知る者は多いが、信じる者はいない」
「だって、それは······世界政府の調査結果で、〈エンドポイント〉の伝説はウソだと実証されたからでは?」
「ちがう」クザンはロビンを見た。「調査結果が、その逆だったから」
うわさ───〈エンドポイント〉の伝説が真実だったからだ。
世界政府は、あらゆる手段───新聞などのメディアをつかって、〈エンドポイント〉はホラ話だと世界に信じこませた。
「なんでそんなことすんの?」
『そんな危険なものを利用しようとする奴らが現れたら、大変なことになるからでしょ』
クザンはティアナの言葉にうなずいた。
「この事実を知るのは、五老星を筆頭とする政府中枢と、海軍の上層部だけだった。まさか、その海軍大将が、それを利用して反乱するとは考えなかったが」
「たしかに······ウソなら、海軍が、あんなにあわてるわけがねェ」
「えらい男にかかわったもんだな」
「ティアナじゃないけどめんどくさ」
ゾロとサンジとカナがうなずいた。
Zは、すでにダイナ岩を用いて、ふたつの〈エンドポイント〉───ファウス島、セカン島を破壊、噴火させた。
話をまとめると、この旅の最初に降ってきた火山灰はファウス島の噴火によるもの。セカン島は、あの温泉島の正式名だ。
「Zはダイナ岩をつかって、ふたつの〈エンドポイント〉を破壊した。最後のひとつを破壊されると、三つの〈エンドポイント〉をつなぐ地脈全体が、連動して活動をはじめ······〈新世界〉の海全体を焼きつくすほどの“大破局噴火”が起こる!〈新世界〉の海賊どもは、すべて丸焼きになってお陀仏ってわけだ」
クザンは恐るべき未来を語った。
大破局噴火······!
「でも、そんなことしたら······!海賊じゃねェ人間もまきこんじまうんじゃねェか?」
「一般人をまきこむなんて、そんなの、おかしいだろ!」
ウソップとチョッパーは納得がいかなかった。
そもそもセカン島でも、もしクザンとティアナが火砕流を凍らせなかったら、観光客にどれだけの犠牲がでていたかわからない。
「おまえら自分たちのこと棚にあげて、いうじゃないの。海賊が世界の人々に、どんだけ恐怖と被害を与えているか、知らないわけじゃあるめェし」
「「············」」
「Zは海賊を憎んでいるんだ。自分の身を滅ぼしても、かまわないくらいにな」
クザンは九年前の訓練船事件、そしてゼファーが妻子を殺された件を、かいつまんで話した。
空気は沈んだ。
山が、みずからを噴き飛ばすほどの大噴火のように。
いくら海賊が“自由”を唱えようと、その陰では、その“自由”の犠牲になった人々がいる。それは一面において真実だろう。
「か・ん・け・い・ねェ······!」
ルフィの言葉が沈滞を破った。
「は······?」
『ルフィ······?』
仲間たちは虚を衝かれた。
「おれは帽子をとりかえしに行く!Zとケリをつけに行く!」
ルフィは決意する。
「正気か······!このままだと〈新世界〉が噴き飛ぶんだぞ!」
ウソップは船長に意を質した。
「シャンクスと約束したんだ!立派な海賊になって、あの麦わら帽子をかえしに行くって······!」
ルフィの麦わら帽子は、砂浜での戦いでZに奪われたままだった。
と、そのとき。
ゾロが踵をかえし、無言で
船渠へと歩きはじめた。
「〈新世界〉がどうとか······そういうのは、うちの船長の眼中には、ないらしいぜ」
サンジも船にむかう。
『あたしはルフィの行くところについて行くよ!』
「カナはティアナについていく〜」
ティアナはルフィに笑いかけ、カナはゾロとサンジの後を追う。
「わたしは、もう······この二度目の命!ルフィ船長に預けてますので!おともしますとも!」
ブルックも、うやうやしく船長に礼をした。
「それって······」
「やっぱ、おれたちがやらないといけないのか?〈新世界〉の運命とか、いくらなんでも大ごとすぎないか······?」
ちびチョッパーとウソップが顔を見あわせる。
『あら、じゃあふたりは残る?』
「うなっ!? な······なァ〜にいってんだ、ティアナ!だれが、そんなこといったよ!行くに決まってんだろ!おれは勇敢なる海の戦士だぞ!な、チョッパー!」
「お?おおっ!おーよ!あたぼうだ!こちとら、いつでも戦争だ!」
ウソップとチョッパーは気勢をあげて船にむかった。
『チョロイな』
その姿を見ながらティアナはルフィの傍へと歩みよった。
雨があがる。
明るくなってきた空を仰ぎ、ロビンは傘をたたんだ。
クザンを見つめたあと、仲間たちをふりかえる。
「フランキー!準備は?」
「アウッ!今、終わった!修理完了だ!いつでも、だせるぞ!」
〈サウザンドサニー号〉の甲板からフランキーが声をかえした。
───やるぜ!
〈麦わらの一味〉の意志はひとつになった。
「ししし······!みんな、ありがとう!」
ルフィは笑った。
「フフフ······ししし······ハハハ!話は、まとまったみたいだな」
ふっきれた───そんな笑みを浮かべたクザンは、なにかをとりだして一味の航海士にわたした。
「
永久指針······!」
ちびナミは驚いた。
『PIRIODO』───ピリオ島の
記録指針だった。
「Zが狙う、最後の〈エンドポイント〉がある島は、そこだ」
ピリオ島。
この戦いに
終止符を打つ島。
「なぜ、わたしたちに?」
「なぜ?それがないとZに追いつけないでしょ」
「それは、そうだけど」
辞したとはいえ元海軍本部大将が、なぜ、おたずね者の海賊に助力するのか。
「海軍も、最後の島にむかっているはずだ。〈エンドポイント〉をふたつまで噴き飛ばされて、本気をだしてくる」
大将・黄猿以下、中将の多くが出陣するはずだ。
もしルフィたちがZに三度、敗北すれば〈新世界〉ごと全滅。
「───Zに勝てたとしても、海軍の最高戦力に囲まれて、やはり全滅。どちらにしても、おれは最後まで見届けさせてもらうぜ」
ひとりの男と、彼をめぐる戦いを見届ける。
それが、多くのものを失ったクザンに残された願いだった。
最後の〈エンドポイント〉へと導く
永久指針を海賊たちにわたすと、クザンは海面を凍らせて作った道を、自転車で漕いでいった。
prev /
next