エピローグ
「みんな!ナミがおきたぞ!」
甲板に出たチョッパーの言葉に、仲間たちは明るい表情でふりかえった。
マスト下のベンチで、パックギャモンに興じていたコックと考古学者。芝生をはった甲板にメカを広げて、なにやら新兵器を開発中の狙撃手と船大工。バイオリンとフルートを奏でる音楽家のふたりと、音楽を優雅に聞き入っているようで、その実は、ぽかぽかした船べりでうたた寝していた腹巻き剣士。
「ナミすわ〜〜〜ん!」
「ナミーー!!」
「おお、もういいのか」
後甲板からつづく階段を下りてきたナミの姿を見て、野郎どもとカナが声を上げた。
「ええ、もうすっかり。チョッパーのおかげよ」
「え?バ······バカヤロウ!ホメられても、うれしくなんかねェぞ、このヤローが!」
はにかみ屋のチョッパーは、口で文句をいいつつ顔はよろこびを隠せていない、いつものリアクションをかえした。
「よく治した、チョッパー!」
「さすがチョッパー!よ、名医チョッパー!」
「う、うれしくねェぞ!コノヤローが!コノヤローが!」
うれしさあまって、階段でヨヨイノヨイと音頭を踊りはじめた人間トナカイを、みんながほほえんで見た。
「本当によかった!元気になったところで······すいませんナミさん、パンツ───」
「ヤメロ!」
黒足に音速のダメ出しをくらったセクハラガイコツが、骨格模型のようにカックンカックンしながら、ふっ飛んでいった。
そこにあったのは、いつもの〈サウザンドサニー号〉の光景だった。
船長と背中を合わせて座っていた歌姫の視線とナミの視線が交錯する。
「ティアナ」
ナミがよびかけると、ティアナはニィッと笑みを浮かべた。
その笑顔を見たとたん、ナミの瞳が揺らぐ。それを見たティアナは、あきれたように笑いながらもナミに近づいて、彼女の涙を拭った。
『久し振りに見たナミの顔が泣き顔で、あたしヤダな〜?』
おどけたように悪戯っ子の笑みを浮かべたティアナが笑う。
航海士はそんな親友の笑顔に、ようやく最高の笑みを浮かべた。
「もう······」
ナミは、ようやく、心から安堵した。
そして目の前で笑うティアナに思い切り抱き着く。
そんないつもの光景をみんなは暖かい目で見つめた。
「おい、ナミ!」
「『?』」
「おまえ、これ、どういうことだ!」
なぜか不機嫌な様子で、ルフィはやってきた。
ナミを抱きしめるティアナの腰に腕を回して退けると、
音貝を持って、ナミに見せつける。
これ、というのは、ひとりでシキのもとにむかったナミが残した伝言のことだ。
「あ!ちょっとそれ!」
「おれがシキに敵わねェとか、みんなが死ぬとか、くだらねェ言葉、残しやがって!そりゃ、あのときは地面に呑みこまれちまったけどよ!ありゃ······腹も減ってたし!」
ナミは、あわてて駆けよって、ルフィから
音貝を奪おうとした。
あのときは、切羽つまった状況だったから、あんな、心をさらけ出すような言葉をふきこんだが、今になって、それを蒸しかえされるのは恥ずかしい。
「だから、わたしもそう思って······!」
「呆れたぞ、おれは!この長いつきあいで、そんなに信用がねェとは思わなかった。がっかりだ!」
カナはルフィの様子に、ティアナを振り返った。どういうこと?と言うふうにうったえるが、ティアナもわからないようできょんとんとカナと顔を見合せる。
どうやらルフィは本気で腹を立てていた。
仲間たちからすれば、自分が信用されていないと感じたルフィが、すねているようにしか見えなかった。
そもそもルフィは、
なぜ怒っているのだ······?
「おい、ルフィ······おまえ、なにいってんだ?」
ウソップがいぶかった。
「なにって、なんだよ?」
「まさか聞いてなかったのか?」
「あー······納得」
ゾロとカナが、ぴんときた。
「ナミは、ああいうしかない状況だったんでしょ?」
ロビンがフォローする。
「おれも、そう思ってたぞ······?
最後のあれ、聞いたら······」
「あれ?
最後のあれって、なんだよ!」
どうやらルフィの早とちりなのだと、みんなが気づいた。
「······ったく、どうしようもねェな。もっとも、おれには、すべてが愛のメッセージに聞こえたが」
「ヨホホホ······」
サンジとブルックが意味深に笑った。
あのとき
音貝に、シキに悟られないよう、最後に、小声でふきこんだ
言葉は───
「いちばんニブい、あんたにむけていったようなものなのに······」
がっくり脱力して、ナミは船長を見た。
『あははっ。まぁ、ルフィらしいよね!』
ティアナはニコニコと可愛らしく笑った。
「もう一度、聞けばいいだろ」
フランキーが、いらんことをいう。
「ちょっと!」
「あ、そっか······」
ルフィは
音貝のスイッチを押した。
「あ!待って······やめて!」
また
音貝の取りあいがはじまった。
───みんなの前から、黙って立ち去ることを、許してください。
わたしはシキの一味で航海士をすることにしました。
「静かにしろよ!」
「もういいでしょ!恥ずかしいじゃない!」
ルフィは声を聞こうとして、ナミは、そうはさせまいと
音貝を海に投げ捨てようとする。それを見たウソップが慌ててナミを止めに入る。
───シキは······たとえルフィたちが逆らっても、絶対に敵わない伝説の海賊······
みんながわたしを追ってきてくれても、命を落とすことになる。
これだけは、いっておきたかった。
伝えたかった。
「嬉しそうだね?ティアナ」
『ん?いや、幸せだなって思ってさ······』
カナに笑いかけたティアナの唇がゆっくりと動いてメロディーが奏でられる。
風に吹かれて、みんなの元に届くその歌に、はしゃぐルフィとナミとウソップ以外の一味が耳を傾けた。
「そう······」
ティアナの幸せそうな顔に、カナも柔らかく微笑んだ。
ルフィとナミの手が重なる。勢いあまって取り上げられた
音貝が、青空にむかって飛んでいった。
───かならず、助けに来て。