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鴨川に沿った細長い区域<先斗町>は京都の有名な花街のひとつで、紅殻格子の古い家が両側に建ち並ぶ狭い路地に、茶屋『桜屋』はあった。
二階の奥の座敷では小五郎、竜円、桜正造、水尾、西条が杯をかたむけ、芸子の市佳代の三味線と唄に合わせて舞子の千賀鈴が舞を披露していた。


「いよっ、千賀鈴ちゃん、日本一〜!」


舞い終えてお辞儀をする千賀鈴に、顔を真っ赤にした小五郎が一際大げさな拍手をする。


「おおきに。おめだるおす(お目汚しです)」
「ささっ、毛利先生にお酌して」


小五郎の隣に座った竜円がうながすと、千賀鈴は「へえ」と小五郎の横について徳利を手に取った。
デレデレと鼻の下を伸ばした小五郎に「ごめんやす」とお酒を注ぐ。


「いやぁ〜もう小五郎ちゃん、天にも昇りそう」
「そのまま昇ってったら!!」


蘭の不機嫌な声が聞こえてきて、小五郎は思わずプフッと噴いた。
戸口を振り返ると、蘭の他に花恋とコナン、園子、和葉も立っている。


「お、おまえたち、どうして!?」
「へへ〜、住職さんが教えてくれたんだ♪」


園子が言うと、小五郎はカァ〜ッと嘆き、竜円は「そうですか、住職さんが······」とちょっと意外そうな顔をした。


「ほな皆さん、ご一緒にいかがです?」
「すみませーん、お邪魔しまーす!」


桜と西条が横にずれて、園子はそそくさと桜正造の横に座った。
その横に和葉が座り、蘭と花恋とコナンは小五郎と千賀鈴の間に座ると、一緒に来ていた平次が遅れて戸口から顔を出した。
するとそのとき、座敷にいる人間の中に一人、平次に鋭い目を向けた者がいた。
しかし、平次はその視線に気づくことなく、千賀鈴と和葉の間に腰かけた。


「あれ?あんた宮川町の······」


平次は隣の千賀鈴を指差した。
どこかで見たことある顔だと思ったら、宮川町でひったくりから財布を取り戻したときに会った舞妓だ。


「へえ、千賀鈴どす。その節はおおきに」
「知り合いなん?平次」


驚いた和葉がたずねると、平次は「ああ、ちょっとな」と答えた。
詳しく語ろうとしない平次に、和葉の表情が曇る。
あぁ······と顔を手で覆って嘆く小五郎に、蘭は「もぉ!ちょっと目を離すとこれなんだから!」と頬をふくらませた。
すると、竜円が「蘭さん」と声をかける。


「お父さんを叱らんといてあげてください。お誘いしたんは私らなんですから」
「そうや。名探偵に<源氏蛍>の事件、推理してもらお思てな」


桜正造の言葉に、そばにいた女将が「<源氏蛍>というたら······」と口を開いた。


「メンバーは皆『義経記』を持ってはるそうどすなぁ」
「わしも持ってるがな。あれはええ本やで、なぁ古本屋」


と桜正造が目を向けると、西条は「ええ······」と苦笑いをした。


「けど、僕はあまり好きやありまへん······『義経記』いうても、実際は弁慶の活躍を描いた"弁慶記"ですから」
「私は好きやで?特に『安宅』の弁慶、最高や」


西条とは異なる意見を述べる水尾に、園子は「『あたか』って何ですか?」とたずねた。


「能の出し物のひとつや。頼朝の追っ手から逃れる途中、義経と家来たちは山伏に変装して、安宅の関所を抜けようとするんやけど······」


水尾が説明すると、酒を飲んでいた桜正造が引き継ぐように口を開いた。


「変装を義経だけが見破られそうになってな、弁慶はとっさに金剛杖で義経を叩いたんや」
「え?どうして?」
「関所の番人を欺くためや。まさか家来が主君を杖で打つなんて考えられへんやろ?」


園子の問いに桜が答えると、今度は水尾が引き継いだ。


「それで義経一行は無事、関所を通過できたんや。後で弁慶は涙ながらに義経に謝るが、逆に義経は弁慶の機転をほめる。二人の絆の深さがわかるええ話やな」


水尾の言葉に、隣の西条が小さくうなずく。すると、桜正造が「ああ、えらいすまんけど」と女将に声をかけた。


「ここんとこ寝不足でな、下の部屋でしばらく休ましてもろてもええやろか?」
「それやったら、今晩は他にお客さんいたはらへんし、隣の部屋で······」
「いや、下の方が落ち着いてええんや。そやな」


桜正造は腕時計を見た。───8時15分。


「九時に起こしてもらおか」


そう言って、ヨッ、と立ち上がると、「いやぁ、皆さんは楽しんどってください」と座敷を出ていった。


***


「わあ、川が見える」


座敷の障子を開けた園子は、目の前を流れる川に目を輝かせた。
市佳代が「鴨川どす」と教えてくれる。
鴨川の向こう岸には、川沿いに植えられた桜がライトアップされ、春の夜に幻想的な彩りが浮かび上がっていた。


「桜がきれい」


うっとりする園子の横に、和葉が「ほんまやね」と並ぶ。


「蘭も来てみなよ」


園子に誘われて、蘭は窓辺に歩み寄った。
コナンと花恋と平次も障子を開けて外を見る。
建物の下を見ると、鴨川の手前には細い川が流れていて、間の河原にはたくさんのカップルが等間隔で座り、寄り添って対岸の桜並木を眺めていた。


「鴨川の河原からカップルで見るのもよろしおすけど、この建物の下を流れてるみそぎ川はさんで眺める桜は、また別格どす」
「ホント、きれいね······」


蘭がその美しい景色に思わず身を乗り出して眺めると、


「いやぁ〜、きれいっス」


背後から小五郎の声が聞こえてきた。
振り返ると、鼻の下を伸ばした小五郎が千賀鈴の左手を持ち、自分の頬にすり寄せていた。


「まるで白魚のような指、食べちゃいたい!あ〜ん······」


と千賀鈴の手を口の中に入れる真似をしたとき、親指の付け根に貼ってある絆創膏に気づいた。


「あれ?怪我しちゃったのかな?」
「へぇ、ちょっと······」


千賀鈴が左手をサッと引っ込めると、


「小五郎ちゃんが治してあげるよん」


デレデレした小五郎は両手を広げて近づこうとした。


「いい加減にしなさい!!」


堪忍袋の緒が切れて蘭が歩み寄って怒鳴りつける。


(こりねーオヤジ······)
(おじさん······ダサッ······)


娘に叱られる小五郎を見て、コナンと花恋はハハ······と苦笑いした。
すると、


「おい、あれ見てみ」


平次がささやいて、外を見た。
コナンと花恋も手すりに手をかけて下をのぞくと、カップルだらけの河原で、見覚えのある男がたたずんでいた。
コナンたちがいる茶屋をじっと見上げている。


「『綾小路警部!』」
「何してんねや、あんなとこで」


コナンたちに見られているのに気づいた綾小路は、踵を返して去っていった。
外を見ていた蘭たちに、水尾が「君ら」と声をかける。


「下のベランダ行って夜桜見物してきたらええ。今晩はじきに雲も晴れてええ月が出るそうや」
「行こうか」
「うん、いいね!」


乗り気の園子たちに、コナンは「ボクと花恋はここにいるよ」と言った。


「オレもや」


平次の言葉に和葉が「何で?」と眉を寄せる。


「あの舞妓さんが気になんの?」
「アホ!しょーもないこと言うな」


軽く受け流された和葉はフンッとそっぽを向いた。
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