「ブハァッ」
水中から出た沢木が先に陸に上がり、続いて出て来た白鳥と目暮に手を貸した。
「さあつかまってください」
白鳥と沢木によって陸に引き上げられた目暮。
それに続いて白鳥が陸に上がると、花恋と蘭を連れた小五郎が顔を出した。
階段で待機していた白鳥に小五郎は花恋を渡した。
「スマン!花恋を頼む」
「はいっ」
花恋を受け取った白鳥は蘭が小五郎によって陸に上がったのを横目で確認して花恋を安全な場所に避難させた。
『た、助かったんだね···私達···』
「ええ、もう大丈夫ですよ!」
弱々しく微笑んだ花恋に白鳥も微笑むと、花恋を安全な場所に降ろした。
急いでその元に小五郎と蘭が駆け寄る。
「花恋ちゃん!」
『蘭姉ちゃん···大丈夫だよ』
「仁科!仁科!」
急に聞こえてきた宍戸の声に花恋以外の者が振り返った。
横になった仁科に宍戸が「おい!しっかりしろ!!」と肩を揺らして声をかけている。
「私が人工呼吸しましょう。私は、ライフ・セーバーの資格を持っています」
そう言って沢木が近寄ろうとすると、花恋が座って寄りかかっている柱の隣にある柱の後ろでコナンは蝶ネクタイ型変声機のダイヤルを回した。
(よっし···オッちゃんの声で······)
「〈待ってください!人工呼吸は白鳥刑事、あなたがやりなさい!〉」
突然のその声に、皆が小五郎を振り返る。
「いや、オレは何も···」
「〈早くしろ!白鳥!!〉」
「え···?」
あきらかに自分の声が聞こえた小五郎は思わず目を見開いた。
そんな小五郎を見ながら「わかりました」と白鳥は仁科の元まで駆け寄り、人工呼吸を始める。
「はて···?」と首を傾げている小五郎にコナンは標準を合わせると、麻酔銃を発射した。
「ひッ」
ヨロッとよろけながら小五郎は後ろにあったコナンが隠れている柱にドサッと座る。
それに気づいた目暮が後ろを振り返った。
「毛利くん···?」
「〈警部殿!今度の一連の事件、犯人は村上丈ではありません〉」
「何だって!?」
「〈ナゼなら、阿笠博士を撃った犯人も、奈々さんを殺した犯人も、右利きだったからです〉」
その言葉に白鳥が「右利き!?」と声を上げて仁科から思わず離れると彼はガフッと水を吐いた。
水を吐き出している仁科に白鳥が「た、助かりましたよ」と声をかける様子を沢木は静かに見ていた。
「〈犯人は恐らく、仮出所した村上とどこかで会い、十年前、私に肩を撃たれたことや、彼が元トランプ賭博のディーラーで、『ジョーカー』のアダ名があった事などを聞き、利用しようと考えたのです〉」
「利用···?」
「〈はい···犯人は自分が殺したいと思っている相手と、自分自身の名前に数字が入ってることに気付きました···そこで、この名前の数字とトランプを組み合わせ、自分の犯行を村上の犯行に置き換えられると考えたのです〉」
「じゃ、ワシと英理さん、阿笠博士を狙ったのは、村上のキミへの復讐と思わせるカモフラージュだったのか!?」
その言葉に「〈そうです〉」と静かに答える。
目暮は一歩前に足を踏み出すと小五郎を見つめた。
「では、犯人が本当に殺したかった相手は?」
コナンの頭に浮かんだのは三人。
「〈旭さんと奈々さんの二人です!それに辻さん···彼の場合、目薬をすり替えるという死ぬ確率の高いやり方を選んだ点から見て、まず間違いないでしょう〉」
「毛利くん、犯人は一体!?」
焦ったような目暮の声にコナンはチラリと後ろを振り返った。
「〈犯人はこの中にいます〉」
「何ィ!?」
目暮のその声を皮切りに皆が目を見開く。
すると宍戸は「そーいや、あんた奈々ちゃんに恥をかかされたっけ」と起き上がった仁科を横目で見た。
「ち、違う!私は殺してない!」
「〈そう···あなたは殺される側です···犯人は、海中レストランを爆破することで、泳げないあなたを溺れ死にさせようとしたのです〉」
皆がその事実に目を見開く中、沢木は先程と変わらず静かに小五郎を見ていた。
「〈ところで、白鳥刑事···仁科さんに人工呼吸する際、まず何をやりました?〉」
「は···?何をって···頭を後ろにそらせて首を持ち上げ、気道を確保することですよ」
自分の首を持ち上げながらそう言った白鳥にコナンは「〈では、気道を確保せず〉」と口を開いた。
「〈人工呼吸するフリをして鼻と口をふさげば、どうなりますか?〉」
「死ぬに決まってるでしょ、そんなことしたら!」
怒鳴るようにそう返した白鳥は次の瞬間「あっ!?ま、まさか···」と驚いたような表情を浮かべた。
「〈そうです。旭さんと奈々さんを殺害し、辻さんと仁科さんを殺そうとした犯人··それは···沢木公平さん!あなただ!!〉」
皆が驚いたように沢木を振り返った。
「毛利さん、私だってボウガンで狙われたじゃないですか!!」
「〈あれは、あなたが前もって仕掛けておいたものです···。昨夜、このアクアクリスタルで旭さんを殺害した後でね〉」
「では、テーブルの下に落ちてた置き手紙も」
「オレ達に電話してきた秘書もか?」
そう言う二人にコナンは柱の陰で頷いた。
「〈すべて沢木さんです···。もちろん、奈々さんに夜光塗料入りのマニキュアを贈ったのもね〉」
「動機は···?動機は何なんだ?」
「〈おそらく···味覚障害に関係が〉」
そういう小五郎にフォードが「味覚···障害?」と首を傾げた。
そんなフォードに教えるように宍戸が「食べ物や飲み物の味がわからなくなる、アレだろ?」と後ろから声を上げた。
「〈はい···彼はその味覚障害にかかっているんです〉」
「···え!?」
目暮が驚いたように沢木を振り返ると、彼は黙って下を向いていた。
「〈味覚障害は、精神的ストレスや頭部外傷などが原因となることがあるそうです〉」
「頭部外傷···?」
「それじゃ、奈々さんが起こした交通事故の相手が沢木さん!?」と目暮は声を上げるが、すぐに「ちょ、ちょっと待ってくれ」と手を前に出して推理を止めた。
「キミは味覚障害と言うが、彼は奈々さんの持ってきたワインを銘柄を当てたじゃないか!」
「〈彼はワインの色と香りだけで銘柄を当ててしまったんです〉」
そう言う小五郎に目暮は「そんなことが···!?」と驚きに目を見開いた。
「〈沢木さんは、残された視覚と嗅覚だけを頼りにその後もソムリエを続けていました···。だがそれは完璧なソムリエでありたいという沢木さんの美学に反する事だった···。だから沢木さんは、ソムリエの仕事を捨て田舎へ帰ることにした〉」
田舎へ帰る前に、奈々を含む自分を味覚障害に陥れた者達への復讐をして。
自分のレストランを開く時のために、ズッと大事にとっておいた宝物のワインを割ってしまうくらいに沢木は悔しかったのだ。
「それじゃ、あの床についていた傷が···。しかし、どうしてキミはそんなことまでわかったんだ?」
「〈彼が調味料の味見をしていたからです···。彼が味見をしていたのは、チリ・パウダー···つまり、唐辛子の粉なんです。ソムリエのように舌を使う仕事をする人は、刺激物を口にしないですからね!彼が味覚障害にかかっていることは、私がコナンに持って来させたミネラルウォーターで確かめることができました〉」
「···ミネラルウォーター?」
「〈コナンがあなたに渡したグラスにだけ、塩が入っていたんです〉」
沢木は「ふ···」と俯きながら笑みを浮かべた。「それを私は、気づかずに飲んでしまったのか」
「確かに私は、味覚障害にかかっています」
そう言うと両手を広げながら小五郎に近づいた。
「でも···だからと言って、私が奈々さんを殺した証拠にはならないでしょう?」
「〈証拠ならありますよ···。あなたの上着、左右どちらかのポケットに!〉」
皆が沢木に注目する中、彼は上着の右ポケットに手を突っ込んで何もないことを確認すると、左ポケットに手を突っ込んだ。
中に入れた手に何かが触れた感じがして「!?」と驚きの表情の浮かべながらポケットからその物体を取り出すと、それはワインに栓をするために使うコルクだった。
「それは、奈々さんがイタズラ描きをしたコルク!」
皆が驚きに目を張る。
「〈奈々さんが、殺される直前まで手にしていたそのコルク···ナゼあなたのポケットにあったのです?〉」
そう問いかける小五郎に沢木はコルクを持つ手をぐっ···と握りしめた。
「〈それはあなたに後ろから刺された奈々さんがふり返り、しがみついたその時、コルクがポケットに入り込んだのです。床に落ちていたつけ爪は、この時はがれたのでしょう···。ソムリエのあなたが、ワインのコルクで犯行を証明されるなんて、皮肉なものですな〉」
そういう小五郎を沢木は険しい顔で睨みつけた。
コナンは「〈さらにもうひとつ···〉」と自身のポケットを探ると取り出したのは先ほどかき集めてポケットにいれたままにしていたトランプ。
「〈おそらくあなたのポケットの中に···〉」
シュッ···と沢木たちの前に見せびらかすようにカードを投げた。
「〈まだ眠っているはずだ!!〉」
パラパラ···とカードが沢木の足元に散らばる。
「〈その柄と同じ、使い残したスペードのエースが!工藤新一のカードがね!!〉」
沢木が上着の内ポケットから取り出したのは地面に散らばっているカードと同じ柄の「A」と書かれているトランプだった。
スペードのエースだ。
沢木はそれを花恋が寄りかかっている柱に投げつけた。
傍に落ちたエースのカードを花恋は薄っすら開いた瞳で見つめる。
蘭もそのトランプを見つめて、
「新一···」
と呟いた。
頭に浮かべたのは、いつも新一と共にいる自分が大好きな蓮華の姿。
「蓮華···」
考えるように俯いていた蘭の耳に沢木の声が聞こえた。
「毛利さん···。すべてあなたがおっしゃった通りだ···。三か月前、私は店から帰る途中···彼女の車と接触しそうになって転倒した。それからしばらくして突然、味がわからくなった。医者からはストレスが原因の可能性もあると言われた···。絶望した私は、もはやソムリエであることを諦め、事故の原因を作った小山内奈々と、ストレスの原因となっている旭、辻、仁科への復讐を決意した!」
「しかし、旭さん達はキミに一体何を···」
「旭はワインブームに目をつけ、莫大な財力にものを言わせ、海外の希少ワインを買い漁っていた!そのクセ管理は不十分!!」
すると沢木は厳しい顔で振り返って仁科を睨みつけた。
「仁科!オマエはグルメを気取って、知ったかぶりの本を書き、ワインについての間違った知識を読者に植え付けた!そして辻弘樹!ヤツは私の「ソムリエの尊厳」を汚した!!」
沢木は四ヶ月前、辻が開いた自宅パーティーに出席したらしい。
その時、ソムリエのバッジと称してブタのバッチを胸元につけ、タストヴァンの代わりに紐で吊るしたお玉を首に下げさせられたのだ。
皆はその場で大笑い。
忌々しい記憶を思い出したという風に顔を顰める沢木に白鳥は「···そんなことで辻さんを殺そうとしたのか」と問いかけた。
そんな白鳥に「そんな事だと!?」と沢木は怒鳴りながら振り返って目暮たちを指さした。
「キサマらにあの時の私の気持ちはわかるまい!私が天職として目指したソムリエの品格、名誉、プライド!!そのすべてをあの男は、汚い足で踏みにじったんだ!!」
「村上丈を殺したのかね?」
問い掛けた目暮に沢木は顔を逸らしながら「ああ···」と言うと、目暮たちに顔を向けた。
「村上とはあいつが仮出所した日に偶然、毛利探偵事務所の前で会った」
(え···!?オッちゃんが、昼から麻雀に行ってた日···)
コナンは柱の陰で驚きの表情を浮かべた。
「私はうまいこと村上を利用できないかと思い、毛利さんの知り合いだと言って誘った···。村上は、事件当時こそ毛利さんを恨んだが、今はただあの時のことを謝りたくて会いに来たと言っていた···その時だよ···。トランプの数字を使って、自分の犯罪をカモフラージュしようと思いついたのは···酔いつぶれた村上を殺すのは簡単だった」
「それじゃ、毛利さんや目暮警部には何の恨みもなかったのか!」
「その通り」
「ボクと宍戸さんを呼び寄せたのは···」
「単に足りない六と四をそろえるためか?」
そう問いかける二人に、沢木は「そうだ」と振り返った。
「五と三の毛利さんと白鳥刑事は、私が旭さんに呼ばれた話をすれば当然ついて来ると思った···。本当は、一の工藤新一も来ることを期待したんだが」
「新一が来れば、蓮華もついて来る···」
そう小さく呟いた蘭を目暮たちは驚いた表情で振り返った。
花恋は曖昧な意識の中、蘭の呟きに眉を顰める。
沢木はフンと鼻で笑うと、ポケットに片手を入れた。
「それは残念ながら叶わなかった」
「関係のない者が死んだら、と言うことは考えなかったのかね?」
「海中レストランを爆破したのも、ただ仁科を殺すため···他の連中は死のうが生きようがどうでもよかった···。あとはここが崩れ落ちて、村上の行方はつかめず、迷宮入りになるはずだった」
沢木が空を見上げると、そこには一つのヘリが飛んでいた。
コナンは柱の陰に隠れながら(ここが崩れ落ちてって···?)と沢木が言った言葉を考え込む。
「沢木さん、もう逃げ場はない···観念するんですな」
「〈白鳥刑事!沢木さんを取り押さえるんだ!!〉」
その言葉に目暮と白鳥が「何···?」と目を見張ると、沢木は上着の内ポケットから何かのリモコンを取り出して、ボタンを押した。
ドオオンと海中レストランが大きく音を立てて爆発すると、地面が揺れ出し、その場にいた者たちは「うわッ!」と驚きの声を上げる。
コナンも登っていた椅子から「わっ!!」と滑り落ちると、大きな揺れに目を覚ました小五郎が「な、何だあ!?」と声を上げた。
蘭が「お父さん!!」と声を上げながら小五郎に近寄ったのを確認した沢木はチャッとナイフを取り出すと、
「うおおおおッ!」
と声を上げて突進した。
「やばいっ!!」
コナンが花恋の元に駆け寄るより早く、沢木が花恋の元まで行き「来いっ!!」と腕を引っ張り上げた。
今は衰弱しきっていて力がなく、それに加えて小さい花恋の体はすぐに沢木に連れ去られた。
コナンたちが沢木の後を追うと階段の上には、抱き上げた花恋の首にナイフを当てている沢木の姿があった。
「「「「!!!」」」」
「花恋ちゃん!」
「あ···!?どうして沢木さんが花恋を?」
「何言ってるのよ、お父さん!!」
「キミがヤツの犯行を暴いたんじゃないか!」
「ええっ!?私が?」
眠っていてすっかり記憶がない小五郎が自分を指差すと、沢木は花恋の首にナイフを当てながらコナンたちを見下ろした。
花恋はナイフが当てられている首を上にあげて辛そうに顔を歪めている。
「みんな動くな!動くとこの子は死ぬぞ!」
(クソッ。蓮華のヤツ、疲れきってて得意の空手も···)
コナンがそこまで考えた時、地面がまた揺れて「うわッ!?」と声を上げた。
爆発により、仁科たちがいた地面が壊れ始めて、仁科たちは急いで小五郎たちのいる階段の上に上がった。
「さっきの爆発で建物全体のバランスが崩れ始めています!」
すると花恋と沢木の姿がない事に気付いた蘭と小五郎が辺りを見回した。
「花恋ちゃん!?」
「花恋!!どこだ!?花恋!!」
「あそこだよ!」
コナンが指を指したその先には、花恋を連れた沢木が建物の中に入っていく姿があった。
「ヘリコプターで逃げるつもりなんだ!」
「何っ!?」
上空を見るとバラバラ···と音を出しながら建物の上を飛んでいる一機のヘリコプター。
「ここからの脱出用に、秘書の名前を使って呼んであったんだ!」
「そうはさせるか!」
「おい毛利くん!あとは我々に···」
目暮が振り返ってそう言うや否や小五郎はすぐにだッと駆け出して沢木の後を追いかけた。
それを追うようにコナンと蘭が走り出す。
「あ、コナンくん!蘭くん!」
慌てて呼び止めるが、二人は小五郎の後を追って行ってしまった。
「キミたちはすぐに避難するんだ!」
目暮が宍戸たちにそう言うと仁科が「わ、私は泳げないんだ」と溢すが、宍戸が「心配すんな。板きれでも探して、しっかり岸まで連れてってやるよ」と言った。
「いくぞ!白鳥くん!!」
「はい!!」
二人も小五郎とコナンと蘭の後を追いかけて建物へ向かった。
建物の中に入った小五郎たちは、沢木と花恋を見失ってしまい周りを見渡す。
「どっちだ!?」
「階段の上だよ!」
「エレベーターか!」
コナンが先に階段を上り、その後を蘭と小五郎が追いかける。
コナンが階段を上りきる前に沢木と花恋を乗せたエレベーターは扉を閉ざしてしまい、コナンは急いで隣のエレベーターに向かった。
「お父さん!こっち!」
「早く早く!!」
隣のエレベーターのボタンを押しているコナンの元に目暮、白鳥、小五郎、蘭は急いで乗った。
上へと上がるエレベーターの中、白鳥が懐から拳銃を取り出して銃弾の確認をしているのが目に入った小五郎は小声で目暮に問いかけた。
「警部殿!白鳥刑事の銃の腕前は?」
「ワシと同じでからきしダメだ」
銃弾の確認を終えた白鳥警部をコナンはじっと見つめた。
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