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観覧車を降りた新一と蓮華と蘭は、人気アトラクションの一つ〈ミステリーコースター〉に向かった。
オバケ屋敷とジェットコースターが一つになったようなアトラクションで、ジェットコースターが急上昇急降下を繰り返しながら、ときおりドクロやモンスターが大きな口を開いた不気味なトンネルを通過するのだ。
開園と同時に長い列ができていたが、今は若干空いている。


「そんでよー、ホームズのすごいところってのはな······」


列に向かう途中、新一と蓮華は尊敬してやまないホームズについて語り始めた。


『助手のワトソンに初めて会ったとき、握手しただけで彼が軍医としてアフガンに行ってたことを見抜いちゃったんだよ』


話ながら最後尾の二人組みの女性の後ろに並ぶと、新一は「こんなふうにな」といきなり前に並ぶロングヘアの女性の手を握った。
驚いた女性が「え?」と振り返る。
タートルネックのワンピースにパールのネックレスを身につけた清楚な女性だ。


「あなた、体操部に入ってますね?」
「ど、どうしてそれを······!?」


新一の質問に目を丸くした女性───ひとみの隣で、眼鏡をかけたショートカットの女性───礼子がきょとんと新一を見た。


「何、この子知り合い?」
「さぁ······?」


手を握られたひとみは自信なさげに首を傾げる。


「この手ですよ」


新一はひとみの手を見た。
つられて蓮華達も覗き込むと、新一はひとみの手のひらを広げて見せた。


「女の人にこれだけマメができるのは、体操をやってる人ぐらいですからね」


言われてみると確かに、女性の手にはいくつもマメができていた。
けれど、手にマメがあるだけで体操部と決めつけるのはいささか早合点な気がする。


「でも、テニスやっててもマメぐらい······」


疑問に思った蘭が言うと、蓮華があきれたような顔をしながらため息をついた。


『違うよ、蘭。本当はさっき歩いてたときにこの人のスカートが風でめくれて見ちゃったんだよ。脚の付け根にできる、段違い平行棒をやってる人独特のアザがね』
「!!」


ひとみが恥ずかしさで顔を赤らめる。


「さっすが蓮華!ま、どんなときでも観察を怠らないのが、探偵の基本だぜ!」


とウインクする新一に、蘭はフンとそっぽを向いた。


「何よえらそうに!握手する前からわかってたなんてインチキじゃない!」
「オイコラ!!」


いきなりドスの利いた声を背に受け、新一と蓮華と蘭は振り返った。


「俺のダチにちょっかい出してんじゃねーぞ!!」


後ろに並んだカップルの男───岸田が新一をジロリとにらむ。


「え?あ······お友達なんですか?」
「ええ、まあ······」


新一にひとみはうなずいた。


『何なら順番替わりましょうか?』
「い、いいわよ別に」
「あの二人の邪魔しちゃ悪いしね」


礼子に言われて、新一と蓮華と蘭はカップルを見た。
岸田はヘアバンドに大ぶりのピアスをしたウェービーヘアの派手な彼女───愛子とベッタリとくっつき、二人だけの世界に入っていた。
そして人目もはばからずキスをする。


(おいおい······)


いきなりキスシーンを目のあたりにした新一は、思わず釘付けになった。
そして、頭の中にタキシード姿の自分とドレス姿の蓮華が浮かぶ。




「蓮華······これからもずっと大切にするから···愛してる······」
『新一···うれしい······』

新一は頬を赤く染める蓮華の肩を引き寄せた。
二人の唇が徐々に近づいていく───。




『······新一······新一!!』


蓮華の呼ぶ声が大きくなって、新一はハッと目を開けた。


『新一、早く!』
「何してるのよ、もぉ」


気づくと列が動き出していて、蓮華達は前に進んでいた。
キスをしていた岸田と愛子も新一を追い越して歩いている。


「お、おう······」


新一はボーッとする頭を奮い立たせて蓮華と蘭を追った。


***


ようやくコースター乗り場までたどり着き、蘭と蓮華は係員に促されて前から二番目の位置に並んだ。
その時、一人列から外れる新一に気付いた蘭が目を向ける。


「あれ。新一、乗らないの?」
「あ、あぁ。ちょっと疲れたからここで待ってるよ」
『え〜?あんなに元気そうだったのに?』


怪訝そうにする蓮華に新一は苦笑いをすると、蘭にこっそりと耳打ちをした。


「蘭。今回だけ蓮華、譲ってやるよ」
「え······?」
「ま、オレからの優勝祝いってやつさ!ありがたく受け取っときな」


本当は新一だって蓮華と乗りたいはずなのに···わたしのために───?

蘭は新一の言葉に目を見開いた。


「だけど今回だけだからな。次は絶対ぇオレが蓮華と一緒に乗るから!」
「······ありがとう」


嬉しそうに頬を染めて笑顔を見せた蘭に新一も頷くと、列から離れた。


『新一、本当にいいの?』
「おう。オレ、ここで待ってっから」


手をヒラヒラと振る新一を疑いの目で見る蓮華だったが、隣にいる蘭が嬉しそうにしているのを見て、仕方ないとため息をついた。


「お疲れさまでした〜」


係員が戻ってきたコースターのセーフティガードのバーを上げ、客が左へ降りると、一番目の位置に並んだひとみと礼子がコースターに乗り込んだ。


『じゃあ、そこで待っててよ、新一』
「おう」


新一に軽く手を振ってひとみと礼子の後ろに乗り込む蓮華に続いて蘭も乗り込もうとして、新一に視線を向けた。


「ありがとう、新一」


その言葉に新一が笑みを浮かべて頷くのを確認して蘭も乗り込んだ。


『それでさ、そのときホームズは······』


ホームズの話を再び始める蓮華の後ろに岸田と愛子が乗り込むと、係員が先頭にいた二人組の男に声をかけた。


「あとお二人どうぞ······」


係員は近づいてきた男達にギョッと目を見張った。
サングラスをしたいかつい男は黒の帽子に黒のスーツと全身黒ずくめで、その後ろを歩く長い銀髪の男も黒の帽子に黒のロングトレンチコートと同じく黒ずくめの格好をしている。
昼間の遊園地には似つかわしくない二人に、係員はその迫力に思わず身を引いた。
何気なくそれを見ていた新一も眉を寄せて見つめる。
コースターに乗り込んでバーを下げた蓮華は、ホームズの話を延々と続けていた。


『わかる?コナン・ドイルはきっとこう言いたかったの、ホームズってヤツは······』


コースターが出発しても話し続けそうな蓮華に、蘭の堪忍袋がブチッと切れた。


「もぉ!ホームズだのコナン・ドイルだの、いい加減にしてよ!!この推理オタク!!」


ものすごい迫力で凄まれた蓮華がびびっていると、蘭はフッと切ない顔でうつむいた。


「······わたしは、蓮華とここに来るの、ず〜っと楽しみにしてたのにさ······、どうしてわたしの気持ちに気付いてくれないの······?」
『え······』


蓮華の胸がドキンと鳴って目を見開いた。

それって、蘭が私のことを好きってこと······?
い、いやいや、まさか······。
確かによく園子に言われてたりはして薄々気付いてはいたけど、だからって······。


(······蘭······)

『あ、あのさ』


蓮華は照れくさそうに首裏に手を当てながら、顔をそむけている蘭に話しかけた。


『蘭、その······』


気付かなくてごめん───と喉まで出かかったとき、突然蘭が肩を震わせてクックック···と笑いだした。


「バッカねー、な〜に焦ってんのよ!ウソに決まってるでしょー!」


指を指されて笑われた蓮華は、目をパチクリさせた。


『な······!?もうっっ!』


恥ずかしさのあまり顔を伏せると、蘭がわざわざ覗き込んでくる。


「あっ本気にした?こんな手に引っかかっているようじゃ、探偵は務まらないわよ!」


恥ずかしくて顔が上げられない蓮華の頭を、蘭は子供をあやすようになでた。


「発車しまーす!」


発車ベルの音と共に、蓮華達を乗せたコースターが動き出した。
待っている新一に蓮華と蘭は手を振る。
屋外に出て最初の坂をカタカタと上っていく。
蘭にまんまと騙された蓮華がムスッとしてバーを握っていると、


「······でもね」


蘭が蓮華を見て言った。


「楽しみにしてたのはホントだよ!」


頬をピンク色に染めながらニッコリと笑う蘭に、蓮華はドキッとした。
フイッと蘭から視線を逸らして首裏に手を当てる。
すると、蘭がいきなり蓮華の手をギュッと強く握った。


『へ?』


次の瞬間───フワリと体が宙に浮いた。
いつの間にかコースターは頂点に上りつめ、一気に急降下したのだ。


「キャアアアーー!!」


蘭の絶叫を連れて落下したコースターは、スピードを保ちながらカーブに差し掛かった。
車体を内側に傾けながら高速でカーブを曲がる。
蘭の前の座席に座った怜子は両手を上げてノリノリだ。
強烈な横Gを味わいながら、蓮華は蘭を見た。
キャアア···と悲鳴をあげながらも顔は笑っている。

ドクロの岩山を走り抜けたコースターは上り坂の左カーブに入った。
左カーブを曲がったコースターは再び急降下して、モンスターが大きく口を開けたトンネルに吸い込まれるように入っていった。
突然視界が真っ暗になり、女性陣が「キャアアアァ」と悲鳴をあげる。
小さなカーブをジグザグと曲がるコースターの前に、不気味なガイコツやモンスターのオブジェが次々と現れた。
さらに巨大なガイコツの口の中を通り、再び化け物のオブジェが襲い掛かる。


「キャアアーー!!」


目を閉じて叫ぶ蘭の手は、バーに掛けた蓮華の手をずっと握ったままだ。
コースターは暗闇を下りながら猛スピードで駆け抜け、蓮華が次々と迫る化け物のオブジェを見て楽しんでいると、

───ピシャッ。

頬に何かがかかった。


『っ何?水?』


頬に数的垂れたものを指で拭い、舐めてみる。


『······しょっぱい?』


蓮華が指についた液体を見つめていると、


「ウゲッ!!」


背後から断末魔のような悲鳴が聞こえた。
同時に生温かい液体が後ろから降りかかる。


「きゃーー!!なによこれ!?」


蘭の顔にも液体がかかったらしく声をあげたが、真っ暗で何がかかったのかわからない。
生温かいしぶきは後ろから二人にどんどん降りかかる。


(何、これ!?まさか───)


出口の光が近づいてきて、蓮華は後ろを振り返った。
コースターにだらんと垂れた岸田の左腕が目に入る。


「きゃあああああーー!!」


血だらけになって叫ぶ愛子の隣で───頭部が切断された岸田から盛大な血しぶきが上がっていた。


「なっ、何だぁぁ!?」


岸田の後ろに座っていたウォッカは目の前で上がる血しぶきに声をあげた。
トンネルを抜けたコースターは血しぶきをレールに落としながら進み、徐々にスピードを落としながら出発口へ向かう。
乗り場にコースターが戻ってくると、係員が近づいた。


「お疲れさまでした〜」
「足元にお気を───」


血まみれになったコースターに首のない遺体が乗っているのに気付いて、うわっと退く。


「じ、事故だ!!」
「救急車を呼べ!!」
「警察にも連絡しろ!!」


客達から悲鳴があがり、コースター乗り場は一瞬にして騒然となった。
_12/20
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