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コンサートが行われる堂本ホールでは、朝から大勢のスタッフが開場前の準備に忙しく立ち働いて、園子の口利きで本番前の全体リハーサルも見られることになったコナン、花恋、小五郎、蘭は正装姿で二階ホワイエへ向かった。


「演奏内容は本番と同じだし、空っぽの座席の好きなところに座って聴けるから、ゲネプロ見学って最高なのよねぇ」


客席の扉を開けた園子が「どうせだから前の方で見よ!」と客席の間の階段を下りていき、コナンと花恋は後をついていきながらステージを見た。
演奏台の前では、堂本、譜和、弦也がスタッフ数人となにやら苦い顔で話していて、通路を下りてくるコナンたちに気づいた。


「昨夜はどうも〜」


小五郎が手を振ると、堂本と弦也はプイッと背を向けた。


「ありゃりゃ。嫌われちまったかな」


手を下げる小五郎に、コナンと花恋は((当然だろ/でしょ))と心の中で突っ込んだ。
小五郎は前から二列目の正面の席に座り、園子と蘭は隣同士で小五郎の斜め後方に、コナンと花恋は少し離れた通路を隔てた端の席に座った。


「本番のときの席は上よ。パパにおねだりしちゃった」


園子が振り返って四階左最後部のバルコニー席を見た。
蘭とコナン、花恋も振り返って見上げる。


「わぁ〜バルコニー席じゃない!」
「座席は十三席あるから、私たちでちょうど貸し切り」
「え?十三人って······?」
「博士と子どもたちも招待したの。それに蓮華と新一君の分」
「『え?』」


二人も驚いて園子たちの方を見た。


「知らせてあげな。チケットは受付に置いておくからって」
「······蓮華はともかく。いいよ、あんなヤツ」
「いいから早く。席がムダになっちゃうでしょ!蓮華でもいいからいってこい!」


園子がせかすと、蘭は「しょうがないなぁ」と席を立った。


「来ないと思うけど······」


花恋とコナンは横を通り過ぎていく蘭を申し訳なさそうに見た。


((悪いな/ごめんね、蘭······))


すると、通路を上がって行く蘭と入れ違いに、本番用の白いドレスを着用した怜子がコナンと花恋に歩み寄ってきて、腰をかがめて顔を近づけた。


「昨日のこと、警察に黙っててくれたみたいね。一応、礼を言っておくわ」
『それはいいけど······足の傷は大丈夫なの?』
「ええ。歌うのに支障はないわ」


怜子はこっそりドレスの裾を上げ、包帯を巻いた左足首を見せた。


「ねぇ。河辺奏子さんも、絶対音感を持ってるんじゃない?」


コナンがたずねると、怜子は怪訝そうな顔をしながらも「そうよ」と答えた。


「顔合わせのときにそれがわかってよけい意気投合したの。それがどうかしたの?」
『ううん。何でもない』
「そう······じゃあ、もう行くわ」
「『うん。コンサート頑張ってね』」


怜子が軽く手を振って通路を上がっていき、二人は座席に深く座りなおした。


((怜子さんも河辺さんも絶対音感を持っている。これは······))


コナンと花恋が考えていると、蘭がホワイエから戻ってきた。


「蓮華だから別にいいんだけど······。電話で話すのシャクなんで、メール打ってきた」
「そう。蓮華、来られるといいね」


園子の言葉に、蘭は頬を赤く染めながら「別に」と横を向いた。


「私はどっちでもいいけど······席がもったいないから。新一も蓮華のついでみたいなものだし」
「それ、さっき私が言った」
「え、そうだっけ?」


動揺する蘭に園子がアハハ···と笑っていると、ステージでスタッフと話していた堂本が「仕方ない。彼抜きで始めよう!」と演奏台に上がった。
ステージを下りていた譜和と弦也が通路を歩いてきて、小五郎が「どうかしたんすか?」と声をかけた。


「ああ、毛利さん。ミュラーさんが来ないんですよ」


譜和の言葉に、園子が「え!」と驚く。


「オルガン調律師の?」
「ゲネプロに立ち会って、微調整をする約束だったんですが······」
「全く困ったものです。携帯に電話しても出ないし、ホテルには昨夜から戻ってないって言うし」


弦也があきれた顔で説明すると、小五郎は「え?昨夜から?」と目を見張った。


「まぁ、後は微調整だけなんで、彼が来なくてもそれほど問題ではないんですが······」


と言う譜和に、園子と蘭は眉をひそめた。


「でもそれって、行方不明ってことじゃ······」
「警察に知らせたんですか?」


弦也は「いえ」と首を横に振った。


「またいろいろ訊かれて、時間を取られるのも面倒ですから。とにかく今はコンサートに集中させたいんです」


すると、客席の照明が落とされた。
ステージを見ると、演奏台に座った堂本が幾つかのストップ・ノブを引き出し、ステージの袖からバイオリンを持った紫音が現れた。
ライトを当てられた紫音に、園子と蘭は「あ···」と小さく声を上げた。
黒いドレスを着た紫音は、別人のように頬がこけていたのだ。


「紫音さん、別人みたい······」
「うん······」


所定の位置に立った紫音が調弦を始めると、白いドレス姿の怜子も現れ、ステージの中央に立った。
スポットライトを浴びた怜子が胸に手を当て、凛とした表情で客席を見上げる。
すると、堂本のオルガンで『アヴェ・マリア』の前奏が始まった。
パイプオルガンの美しく荘厳な音に続いて、紫音のバイオリンが音を奏でる。
その出だしの数小節の音に、園子と蘭は再び「あ···」と声をもらした。
リハーサルのときとは、まるで音が違う。
洗練された美しくまばゆい音色が、紫音の手から紡ぎ出されていた。
これが世界最高峰といわれる、ストラディバリウスの音───。
その卓越とした音色と、パイプオルガンの荘厳な響きがホールを満たしたかと思うと、やがて怜子の歌が始まった。
澄み切った伸びやかな声が一気にホールに響き渡り、コナンたちは目を見張った。
何者をも包み込むようなその清らかで透き通った声は、まさに天使の歌声だった。
パイプオルガンとストラディバリウスの厳かな音色に乗せられた彼女の歌声は、まるで天上界から降り注いでいるようだ───。
すると、怜子の歌声に圧倒されていた蘭の頭の中で、ふと何かが呼び覚まされた。


(この声······)


何かに気づいた蘭は、目を閉じて怜子の歌声に耳を傾けた。
蘭たちと通路を挟んだ席に二人で座っていたコナンと花恋も、三人の奏でる音に聴き入っていた。
すると、


((あれ······?))


パイプオルガンが出したある音に、違和感を覚えた。
演奏台に座った堂本に目を向けたが、構わず弾き続けている。


((気のせいか······?))


二人は顔を見合わせると、険しい目でパイプオルガンを見つめた。

ゲネプロが終わり、東側の楽屋口からホールを出てきたコナンたちは遊歩道を歩いた。
緑に囲まれた遊歩道から、ホールの北側に池があるのが見える。


「すごかったね、紫音さんのバイオリン!」


興奮した園子の横で、「ホント!」とうなずいた。


「リハーサルのときと全然違ってた」
「あのストラディバリウスを、完全に自分のものにしてたもんね」


と二人の後ろを歩いていたコナンも同意すると、小五郎は「何ナマ言ってんだ!」と小突いた。
園子と蘭がアハハ···と笑う。


「それと、怜子さんの歌も素晴らしかった!」
「うん」


うなずいた蘭は、歩きながら怜子の歌声を思い出していた。


(もしかしたら、あの声······)


五人が遊歩道を曲がると、


「花恋ちゃん!コナン君!」


遊歩道の先から、正装した歩美、光彦、元太が駆けてきた。
その後ろには同じく正装姿の阿笠と灰原も立っている。


『君たち、やけに早いね』
「一分でも遅れたら入れませんからね」
「博士に頼んで早めに来たの」


光彦と歩美が答えると、園子は「ん?」と元太が手にした細長い布袋を見た。


「あんた、何持ってんの?」


元太が得意げに布袋から出したのは───驚いたことにリコーダーだった。


「リコーダーじゃない!」
「バカかおまえ!クラシックのコンサートにそんなもん持ってくるヤツがあるか!」


小五郎が怒鳴りつけると、歩美が「怒らないで!」と手を広げた。


「元太君、声が出せないから、せめて音だけでも出したいって」
「いや、だからって······」


困った小五郎が頭をかくと、阿笠博士が口を開いた。


「無論、演奏中に鳴らしたりはせんよ。なぁ、元太君」


元太はニッコリと笑い、リコーダーをピーと吹いた。


「今のは『イエス』という意味です」


光彦の説明に元太がうなずき、小五郎はため息をついた。


「······ホール内では隠しとけよ」
「携帯電話も厳禁だからね」


園子が子どもたちに注意すると、阿笠博士は「わかっとる」と答えた。


「探偵バッジも置いてこさせたくらいじゃ」
「ねぇ、おなかすいちゃった」


歩美の発言に元太がピーピーと同じ音を二度吹き、蘭がフフッと微笑んだ。


「じゃあ、軽く何か食べよっか」
「そうね。開演は五時だし、途中でおなかが鳴ったら困るもんね」


園子を先頭に、一同は遊歩道を歩き出した。
元太も嬉しそうに、ピーポーピー、ピーポーピーとリコーダーを吹きながら歩く。


「ねぇ、『うな重、うな重』って言ってるよ」
「リコーダーで会話できるといいんですがね」


歩美と光彦が話していると、前を歩いていた灰原が「あら」と振り返った。


「できないこともないわよ。音名を文字に置き換えればね」
「音名?」
「文字に······ですか?」


歩美と光彦に続いて、元太がピーとリコーダーを吹く。


「でも、アルファベットだから、小嶋君にはまだ無理ね」


一番後ろを歩いていたコナンと花恋は、灰原と子どもたちの会話を耳にしながら、ゲネプロのパイプオルガンの音を思い出していた。


((やっぱり気になるな、あの音······))


思い立った二人は、「蘭姉ちゃん」と足を止めた。


『私たち、ちょっと用事思い出しちゃった』
「開演までに必ず席に行くから!」


そう言って来た道を駆け戻っていく。


「ちょっと、花恋ちゃん!?コナン君!!」
「ったく、勝手なヤツらだ」


小五郎があきれた顔をすると、光彦は「単独行動は、彼らの得意技ですから」と笑い、一同は駆けて行く花恋とコナンの後ろ姿を見つめた。

ホールに戻ったコナンと花恋が、一・二階席後方の扉から客席に入ると、怜子が一人ステージに残っていた。
演奏台に座り、パイプオルガンの主鍵盤の一つのキーを人差し指で押している。
出ているストップ・ノブは一本だけで、一つのキーを押して頭上のパイプから聞こえてくる音を確かめては、そのノブを押し戻し、また別のノブを一本引いて、同じキーを押す。
押すたびに頭上のパイプの違った場所から音が聞こえてきて、二人はその音を聞きながらステージに歩み寄った。
怜子はまた別のノブを引いて、同じキーを押した。
すると、天井近くにあるパイプから音が聞こえてきて、


「『その音!』」


コナンと花恋は怜子の背後に駆け寄った。
怜子が驚いて振り返る。


『その音、ちょっと変じゃない?』
「ええ、私も同感。歌ってて気がついたんだけど······ただ、どのキーかはわかったんだけど、どのストップの音色かがわからなくてね。同時に何本も出てたから」


怜子はそう言うと、前を向いて目を閉じた。
もう一度同じキーを押し、頭上から聞こえてくる音に、目を開ける。


「やっぱりかすかに低いわ。間違いない」
「あの辺から聞こえてたね」


コナンが天井近くのパイプを指差し、怜子も立ち上がって頭上のパイプを見上げた。


「たぶん、奥の短いフルー管だと思う。一本だけ調律がうまくいってないのね。本番までに直してもらわないと」
『でも、ミュラーさんの行方がわからないんでしょ?』
「そうなの。とにかく、堂本さんに······」


怜子は振り返り、三階席の右側にある堂本の控え室を見た。
カーテンは開いているが薄暗く、人がいるようには見えなかったが、三人は客席の通路に上がり、三階の廊下から『K.DOUMOTO』と書かれたプレートのあるドアをノックした。
しかし、返事はない。


「いないみたいだね。お茶でも飲みに行ってるのかな」
「そうね。あるいは、あそこか······」


怜子には思い当たる場所があるらしく、ホワイエに出ると階段を下りていった。


「このホール、北川に池があるの知ってる?」
『うん。楽屋口の駐車場から見えた』
「その池の近くに、堂本さんお気に入りの場所があってね。よくそこで一服してるのよ。───でも君たち、よくあの音に気がついたわね」


コナンと花恋はエヘヘと笑った。


「ボクたち、耳はいい方なんだ」
「いいどころじゃないわ。もしかして、君たちも絶対音感持ってるんじゃない?」
『だといいけど······』


一階に下りた三人は人気のない通路を歩き、北川にある非常口のドアを開けた。
すぐ前には池があり、石段で岸辺まで下りられるようになっている。
石段を下りると、大きな木に囲まれ少し開けた一角に出た。
ベンチがあり、岸辺には二艘の手ごきボートが係留してある。


「いないわね。堂本さん······」
「うん」
『他に思い当たるところないの?』
「そうね······やっぱり君たちが言った通り、お茶でも······」


そのとき、背後の木の陰から黒い影が忍び寄った。
怜子がハッとして振り向いた瞬間───黒い影が手にした鈍器を振り下ろした。
短いうめき声を上げて倒れる怜子に、二人が「え?」と振り返る。
すると、鈍器が襲い掛かってきて、二人がすばやく両腕で防ごうとしたが、たやすく弾き飛ばされた。


「『うっ······』」


メガネが吹き飛び、地面に叩きつけられた二人は、近づいてくる黒い影の顔を必死で見ようとした。
だが、薄ぼんやりとしか見えない。
やがて意識が遠のき、二人は静かに目を閉じた───。
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