「大丈夫か、蓮華」
コナンがたずねると、花恋は救急隊員に手当してもらった左腕を上げた。
『大丈夫、大丈夫。こんなのかすり傷だって』
花恋の手当を終えた救急隊員は、他の救急隊員が処置を行っている伊東の元へ駆けつけていった。
「そういやアイツ、何でおまえらを工藤新一と黒瀬蓮華や思てたんやろな?」
平次がたずねると、コナンは「これさ」と人差し指を立てた。
「これって······指紋か?」
「あの部屋の椅子、覚えてるか?」
「ああ······部屋の雰囲気に合わへんかったからよう覚えてるわ」
平次は椅子のひじ掛けの部分がプラスチックになっているのを思い出した。
花恋が軽くうなずく。
『私たちも、椅子のひじ掛け部分が気になってたの。多分、ひじ掛けの部分に指紋認識装置が組み込まれてたんだろうね。───依頼人の目が不自由なら、私たちを黒瀬蓮華と工藤新一と思い込むことは可能だよ』
「······なるほどなァ」
平次は納得すると椅子から立ち上がり、コナンを背負ってモニタールームから出た。
花恋も後に続く。
秘密の通路を通ってスイートルームに戻ると、まだ気を失って床に倒れている高田の横で、小五郎が「······んがっ」と起き上がった。
そして手首のIDの時計を見てハッとする。
「ああっマズイ!十時過ぎてるじゃねーか!!ば、爆発するーー!!」
パニックになった小五郎を見て、平次とコナンと花恋は苦笑いした。
「外れるよ、IDのベルト」
「あ、あ、ベルト!」
混乱した小五郎は思わずズボンのベルトを外した。
ズボンがずり落ちた小五郎を見て、コナンと花恋が大笑いする。
『これ、これ』
花恋が取ったIDを見せながら横切ると、小五郎は慌てて手首のIDを取り外した。
「おおー!ホントだぁ〜よかったーー!!」
「回収!」
平次は涙を浮かべて大喜びする小五郎のIDをつかんだ。
「おい、ちょっと待て!ありゃりゃりゃーー」
追いかけようとした小五郎が、ずり落ちたズボンに足を引っかけて派手に転んだ。
コナンと花恋と平次は顔を見合わせて笑い、廊下へ出た。
『アレが出ると、事件も終わったって感じだよね』
「それよりもう下ろせよ」
背負われたコナンが恥ずかしそうに言うと、
「無理すんなや。足痛いんやろ。あ、それともいつまでもこんな格好蓮華に見せたないんか?」
「っ服部!!」
平次はハハッと笑い飛ばし、コナンを背負ったまま先に歩き出していた花恋を追ってミラクルランドへ向かった。
***
「花恋ちゃん、コナン君!」
「平次!」
コナンが平次に背負われてスーパースネークの乗り場にやってくると、三人のケガを見て蘭と和葉が目を丸くした。
「どうしたの、その足と頬と腕」
『ちょっとドジって······』
「ボクはちょっとくじいちゃって······」
「花恋ちゃんは大丈夫だと思うけどコナン君はスーパースネークは無理だね」
蘭が残念そうな顔をすると、平次が「そんなことあらへんぞ」とコナンを無理矢理花恋に押し付けた。
「こいつのケガには花恋ちゃんが一番の薬やねんから」
「てめえ、ザケロ!」
『······!』
赤くなったコナンと花恋に、子どもたちは「またくっついてるー!」と口をそろえた。
さらに照れる二人を見て、灰原がフッと微笑み、
「······ガキ」
とつぶやく。
「よっしゃあ!スーパースネークだろうが何だろうがいっちょ乗ったるでぇ!」
まっ赤になった二人をさんざんからかった平次は、子どもたちと一緒にスーパースネークに向かった。
***
コナンと花恋と平次からIDを受け取った千葉は回収したIDを数え、目暮に耳打ちした。
「警部。例のID、全て回収しました。数も合っています」
「うむ。処理班に回せ。みんなに気づかれんようにな」
千葉は「はい」とうなずき、IDを入れた紙袋を持って去っていった。
***
「いってらっしゃーい!」
係員のお姉さんがゆっくりとスタートしたスーパースネークに手を振った。
先頭から歩美と園子、元太と光彦、灰原と蘭、平次と和葉が乗っていて、
「平次よかったなぁ、心配せんでもパンツも売ってるらしいよ」
「アホぉ!誰がチビるかい!」
平次と和葉の後ろに乗っていたコナンと花恋は二人の会話に苦笑いした。
一同を乗せたスーパースネークが急傾斜の坂を登っていくと、
「さぁみんな、手を上げるのよ!」
園子が声をかけた。
「「オーーーッ!」」
元太と光彦が声をそろえて両手を上げる。
「みんなノリノリやなぁ」
子どもたちがはしゃぐ姿を見て平次が苦笑いすると、和葉が意地悪そうに笑った。
「怖かったら離さんでもええで」
「誰も怖がってへんわ!オレやったら手ェ離すどころかなぁ、こんなバー······」
安全バーを持った平次は、元太の上げた手を見て目を丸くした!
「あーっ!」
元太の手首にまだIDがはめられていたのだ!
「お、お、おまえーっ!あかんあかんあかーんっ!!」
平次が必死で叫んだが、元太の耳には届かない。
「ハハハッ、おもろすぎやでー、平次!」
慌てふためく平次の姿を見て、隣の和葉が大笑いする。
「おい、おまえーっ!!」
「『───!!』」
コナンと花恋も元太の手首を見て愕然とした。
スーパースネークのレールは途中で海上に飛び出して、エリア外になってしまうのだ。
エリア設定を解除できなかったIDをつけていたら───······!
「外せ元太!元太ァーっ!!」
『元太!早く外して!』
コナンと花恋の叫び声に、元太が「え?」と振り返る。
「何してんねん!早よ外せっちゅうとるんじゃ!このまま走ると海に出てエリア外になるんやー!!」
「元太ァーっ!!」
『早く外してー!!』
平次とコナンと花恋は必死に叫んだが、レールを登っていく音に邪魔されて元太には聞き取れない!
すると、元太の後ろに座っていた灰原が元太の腕をつかんだ。
「な、何するんだよ」
「動くと死ぬわよ!」
灰原のすごみのある声に、元太は「は、はい······」とおとなしくなった。
ガタゴトと揺れながらレールを登っていく車両の中、灰原は伸ばした左手で元太のIDを外しにかかった。
「あ······っ!」
IDが外れた瞬間───頂点に登りつめた車両が一気に急降下した。
灰原が手をすべらせ、元太のIDが後ろの席に飛んでいく───!
「よっしゃ!」
平次が見事IDを両手でキャッチした。が、すぐに車両は巨大ループに突入し、一回転した。
平次が両手を見ると、IDがなくなっていた!
「工藤ーーーッ!蓮華−−−ッ!」
「『後ろだ!』」
平次とコナンと花恋が振り返ると───後ろの車両にIDが引っかかっていた。
エリア外に近づいていることを知らせる赤いランプが点滅している······!
(やべぇ!)
(やばい!)
車両は猛スピードで急カーブを走り続け、みんなの絶叫が響き渡る。
コナンはキック力増強シューズで安全バーを破壊しようとフルパワーで蹴った。
平次と灰原と花恋がコナンを見守る。
「いったれぇぇぇ!」
安全バーを持っていた灰原がハッと気づいた。
「ダメよ!やめさせて!」
花恋も安全バーがゆるくなっていることに気づいた。
『ダメ!この安全バーは全部連動してる!一つ壊したら······!』
(みんなのバーまで······!!)
コナンは安全バーを蹴るのをやめ、花恋と共に後ろの車両を振り返った。
エリア外を警告する赤いランプが激しく点滅している。
車両は巨大ループに差しかかった。
一回転したその先は、海の上だ───············!!
そのとき───上空から伸びた手が座席に引っかかったIDをつかんだ。
『あ······!』
それはカイトで飛行する怪盗ブラックだった。
花恋を見てフッと微笑む。
漆黒のカイトが急上昇して小さくなったかと思うと、大音響と共に爆発が起こり、まるで花火のような光を放った。
海上を飛び出し、最後のカーブを曲がった車両はスピードをゆるめた。
「もぉ最高!」
「まさか花火まで見られるなんて!」
「サービスですかね」
満悦の表情を浮かべる園子と歩美、光彦の横で元太はげっそりとしていた。
「オレ、何か楽しくない······」
平次は夜空に小さくなっていくブラックのカイトを見つめた。
「何でアイツ、ここに······」
『捜査中から私たちと一緒にいたからだよ』
「一緒にオートバイにおっかけられたじゃない?」
「え······?」
花恋とコナンの言葉に、平次は目を見張った。
(ありがとう。百合華······)
花恋は百合華に向けて心の中で礼を言い、小さく微笑んだ。
***
漆黒のカイトを広げて夜空を優雅に飛ぶブラックは、足元に広がる海を見下ろした。
真っ暗な海の上に、青白くライトアップされたミラクルランドとレッドキャッスルがぼんやりと浮かんでいる。
(またな。蓮華、新一······)
ブラックは不敵な笑みを浮かべるとカイトを急上昇させ、やがて星の瞬く夜空に消えていった。
愛する相棒の元に帰るために───。
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