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背中あわせ




時々一緒にいるところを見られたりすると驚かれることが多いのだけれど、私と緑間真太郎君は所謂幼馴染みという奴である。

家が隣同士で親同士も仲がよく、幼稚園から今までずっと同じ場所に通っていた。

ただあまり学校で会ったり喋ったりすることは殆どなかった。

廊下ですれ違っても挨拶する程度だし、互いの呼び方だって"緑間君"と"橙野"。

どう見ても幼馴染みには見えない、とこのことを知った黄瀬君や青峰君やさつきちゃん、紫原君に言われた。

幼馴染と聞いて納得したのは黒子君と赤司君ぐらいだった気がする。

確かに端から見たら親しそうには見えないかもしれない。

青峰君とさつきちゃんみたいな関係が一番典型的な幼馴染みなのかもしれない。

それでも私はこの関係に満足していた。

高校に進学しても私たちは同じ学校だった。

緑間君の高校でのお友達である高尾君は最近私たちが幼馴染みだと知ってかなり驚いていた。

やはり端から見ているとどう見てもクラスメイトぐらいにしか見えないみたい。






「いやだってさ、どっちも名字呼びとか堅苦しすぎ!何でそんなに長いつきあいなのに堅苦しいわけ!?」

『昔は愛称で呼んでたよ?』






今日、一度二人きりの時に堅苦しすぎだと高尾君に怒られた。

昔はお互い愛称で呼んでたよ、と教えてやれば高尾君は興味を示した。






「ふーん、じゃあ咲ちゃんは何て呼んでたのさ」

『え………その……真ちゃんって………』

「真ちゃん………っ!」

『緑間君も私のこと名前で呼んでたね』

「へー……でもどうして名字呼びになっちゃったのさ」

『うーん………恥ずかしかったから、なのかもね』






小学校までは真ちゃんって呼んでた。

緑間君も咲って呼んでた。

でも中学に入ってからは自然と名字呼びに変わっていた。

多分、恥ずかしかったのかもしれない。

私も、緑間君も。






「偶には"真ちゃん"って呼んでみたら?」

『それ、高尾君が緑間君の反応見たいだけでしょ』

「あはっ!だって面白そうじゃん!」






ケラケラと笑う高尾君に私は呆れた様子で笑うしかなかった。

そんなことを思い返しながら咲はお昼休みに中庭に座り込んで本を読んでいた。

お昼ご飯は当に食べ終えていて、横に片付けられた弁当箱が置かれている。

ゆっくりとした時間を過ごしていると、背後から聞き慣れた声が咲を呼んだ。






「橙野」

『緑間君………?』





振り返るとそこには幼馴染である緑間がいた。

咲が立ち止まっている間に咲の側までやってきた緑間は咲をじっと見下ろした。





「一人か」

『うん。今日はいい天気だから外で読書したくて』

「そうか」







そういうと緑間は咲と背中合わせになるように座った。

咲は何も言わずに本に目を戻した。

緑間も何も言わずに持っていた文庫本を開く。

こういう些細なところで幼馴染みというものが現れていると咲は思っている。

何も言わないが傍に居て、一言も会話はないがそれを辛いと感じることもない。

寧ろこの静かな空間が咲は好きだった。

小さい頃も二人でいるときは静かなことが多かった。

いつも黙って傍にいて、二人とも黙って読書したり、緑間がピアノを弾いているのを静かに聞いていたり、外で駆け回って遊んだり沢山お喋りしたりするようなことはなかった。

だからか緑間が傍にいるととても落ち着いた。

緑間が思っていることや感じていること、咲が思っていることや感じていることはそれぞれ何も言葉にしなくても感じ取れた。

特に背中合わせになっているときに。

だからよく小さい頃は背中合わせになって読書したりしていた。






『(でも………)』






珍しいな、と咲は思って視線を本から少し外した。

中学以降はそれ程学校内で接点を持つことはなかった。

せいぜい稀に行き帰りが一緒になるぐらいである。

学校内で話しかけてくるのもそれ程ないが、背中合わせになってくるとは珍しい、というかこれが初めてである。

咲は一息つくと重心を少し後ろに傾け、少しだけ緑間の背に寄り掛かった。

そして再び本に目をやった。






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