練習試合が終わって体育館を出ると、水道のところに見覚えのある金髪がいた。

水を頭から被って汗を流している。

美琴はふと家から鞄に入れてきていたタオルを取り出すと、水を止めて顔を上げた黄瀬にタオルを差し出した。








『はい、黄瀬君』

「虹っち………」








黄瀬は一瞬驚いていたが、すぐに美琴のタオルを受け取った。








「ありがとっス」

『温かくなってきたけど、ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃうからタオル持ってきなよ』

「大丈夫かなって。それに、頭冷やしたかったんス」

『………………』







そう言って笑う黄瀬はどこか泣きそうだった。








いや、試合が終わった時に泣いてたけどね………

これが、初めての敗北だから。









「お前の双子座は今日の運勢最悪だったのだが………まさか負けるとは思わなかったのだよ」

『!』

「………見に来てたんスか」









声がした方を見ると、学ランの男の子がいた。

見覚えのある緑色の髪に黒縁の眼鏡。

帝光時代に黄瀬と同じく"キセキの世代"に数えられていたNo.1シューター、緑間真太郎である。

緑間は不機嫌そうな表情を浮かべたまま、テーピングされた左手で眼鏡をクイッとあげた。








「まぁ……どちらが勝っても不快なゲームだったが。サルでもできるダンクの応酬、運命に選ばれるはずもない」

「帝光以来っスね、久しぶりっス。指のテーピングも相変わらずっスね。つか別にダンクでもなんでも、いーじゃないスか入れば」

「だからお前はダメなのだよ。近くからは入れて当然。シュートはより遠くから決めてこそ価値があるのだ。"人事を尽くして天命を待つ"という言葉を習わなかったか?まず最善の努力、そこから初めて運命に選ばれる資格を得るのだよ。俺は人事を尽くしている。そしておは朝占いのラッキーアイテムは必ず身につけている。だから俺のシュートは落ちん!!」

『あはは………』







緑間君、相変わらずだね………

中学時代と何一つ変わってないや………

おは朝も験担ぎもちゃんとやってるんだな………








「虹村」

『久しぶり、緑間君』

「あぁ。…………虹村は、誠凛に行ったのだな」

『うん。黒子君と一緒に、頑張るって決めたんだ。緑間君風に言うなら、あの頃尽くせなかった人事を今尽くすの』

「………そうか。だが、今更人事を尽くしても俺には勝てんのだよ」

『………そんなの、試合をしてみないと分からないじゃない』

「いや、俺の方が人事を尽くしている以上、俺が運命に選ばれるのは当然のことなのだよ」








緑間のドヤ顔に美琴も黄瀬も苦笑いを浮かべた。








「つーか、俺より黒子っちと話さなくていいんスか?」

「必要ない。B型の俺とA型のアイツは相性が最悪なのだよ。アイツのスタイルは認めているし、寧ろ尊敬すらしている。だが誠凛などと無名の新設校に行ったのは頂けない。学校選びも尽くせる人事なのにあんな学校で勝とうとしているのが、運命は自ら切り拓くとでも言いたげで気に食わん。それは虹村、お前にも言えることだがな」

『……………………』

「ただ……地区予選であたるので気まぐれで来てみたが、正直話にならないな。というより、とても虹村が手をかけたとは思えん」

「あ、それは俺も思ったっス。誠凛さんの元々が分かんないから何とも言えないっスけど、虹っちが鍛えてたらもうちょっと骨があると思うんスよね」

『………だって、私何もしてないし』








美琴がそう言うと、緑間と黄瀬は目を見開いた。








「何もしていないだと………?お前、先程人事を尽くすと言っていたではないか。それでは人事を尽くしているとは言えん」

「え、虹っちまさか本当に普通のマネージャーしてるんスか!?誠凛の人たち、虹っちがどんなマネージャーだったのか知らないんスか!?」

『えぇ、私は普通のマネージャーとして誠凛にいるの。私にできることなんてたかが知れてるけど、誠凛には私より優秀なカントクがいるから』

「あの女子高生カントクっスか………」

『私の力なんて微々たるもの………みんなが過大評価してるだけだよ』

「虹っち………」








ニコリと笑ってそう言うと、黄瀬は悲痛な表情で美琴を見た。

緑間はいつものムッとした表情で美琴を見ている。








「テメー渋滞で捕まったら一人で先行きやがって………なんか超恥ずかしかっただろうがー!!」








静まり返った空間に大声が響き渡った。

見れば校門からリアカーのついた自転車を漕いだ学ランの男の子が怒りながら入ってきた。

制服からして緑間の知り合いであることが分かる。








「まぁ今日は試合を見に来ただけだ。………だが先に謝っておくよ。俺たちが誠凛に負けるという運命はありえない。残念だがリベンジは諦めた方がいい」

「…………………」

「…………虹村が何もしていないなら、尚更だ」

『…………………』









そう言い捨てて男の子と共に海常を去っていく緑間を美琴と黄瀬は黙って見送った。








『黄瀬君』

「何スか?」

『緑間君はあんなこと言ってたけど、凄くいい試合だったよ』

「!」










美琴の言葉に黄瀬は目を見開いた。









『初めての敗北はどうだった?』

「…………あんま、良いもんじゃねぇっスわ」

『そうだね。………でも、負けたからこそ分かったこともあるんじゃない?』

「…………………」

『次にやるなら、IHだね。次も絶対に負けないから』

「………こっちもっスよ。絶対にリベンジしてやるっス!次こそ、海常の力を見せつけてやるっスよ!!」

『………楽しみにしてる』








この敗北から何を学んだのか。

どう変わったのか。

どんな戦い方をするのか。

あなたは、絶対に変われる。










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