神官と楽士 1/2

「女、とまれ」

ひとりの騎士が、突然、砂塵をまきあげて崖を降り立ち、ナーマエの前に馬を立たせた。

月下の山道を、ひとり馬で駆けていたナーマエは、あわてて手綱を引いた。

騎士の乗馬の腕前に驚いたのである。そのあとそちらに目を向け、驚愕の色を浮かべた。

「やはりか。その顔は見覚えがあるぞ――日の国の使者」

赤い房のついた兜を見ながら、ナーマエは呆然とした。

自分は、ただの騎士であれば見つかって構わないと、そう甘く考えていたのだ。

だからもし、目の前に現れた騎士が自分より一枚も二枚もうわてで、そのうえ敵の大将であったなら。

ナーマエは、パルスの裏切り者、カーラーンを見つめて言葉をなくしたのである。



決戦の日のこのとき。

アルスラーンたちは、カーラーンの騎兵の大部隊を山岳地へ誘いこみ、四方に散っていた。
ナーマエは山道をすすんでいた。敵軍の場所を知るためである。そこで思いがけず敵将に出くわしてしまった。

半月がおぼつかなくあたりを照らす。闇の中にカーラーンの姿が沈んでいた。

カーラーンは静かに言う。

「話に聞いてはいたが……ここで出会うとは、やはりナルサスとつるんでおったか」

ナーマエは答えなかった。彼女は、崖上からさらに騎兵が馬を滑らせ、カーラーンの背後に集結するのを、見ていた。

カーラーンはかまわず続ける。

「そうとわかれば話は早い。日の国の使者、すぐに王都に出向け。会ってほしいお方がおられる」

ナーマエはカーラーンに視線を戻す。予期しない言葉だった。この場所でカーラーンに出会うかぎり、自分の命運はつきたのだとそう悟っていた。しかしそうではないらしい。

ナーマエは慎重に口を開いた。

「……おそれながら、わが日の国王はパルス国に協力をする意向。裏切り者のカーラーンどののその話、聞き入れることができません」

カーラーンはにわかに答える。

「日の若い女、ならば、この話を頭に留め、国へ帰れ。端的に言う。これはおぬしだけの話にならぬ」

「おっしゃる意味が…」

「あいにく今は手一杯。アルスラーンを捉えねばならぬ 」

カーラーンはそう言い切る。ついと横を向き、配下の騎兵に命じる。

「友好国の使いゆえ、手荒な真似は避けたいのでな」

「カーラーンどの、お待ちください……話がまだ……」

「よいか、足止めをしろ。王子をとらえるまでだ。女と思ってあなどるな。ただし、間違えても殺すなよ」

そう指示をして、カーラーンは馬首を転じ、すばやくきびすを返す。

ナーマエの頭に疑問がわだかまった。その後ろ姿は、ルシタニアに下った武人のものであったはずなのだ。

ナーマエは、去りゆく武将に叫びかけた。

「カーラーンどの、日の国はルシタニアとは手を組まない。かつてのパルスの忠臣のあなたなら、そんなことはわかっておられよう!? なにを考えておられる?」

ぴたり、とカーラーンの体が馬上で止まった。ナーマエの言葉に反応したのだ。やがて背を向けたまま「……だからこそであろう」とぽつりとつぶやいて、さっさとその場を去ってしまった。

 next≫
[back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -