ナルサスの思惑 6/7
「さて、約束は後日として――。今はカーラーンの動きをよく見て備えておくことだ」
ナルサスはすばやくそう告げ、立ち上がっていた。時間的に、エラムに追及されかねないし、夜をともにする話が嘘でなくなってしまう。
部屋から出ようとドアの取っ手に手をかけたとき、後ろから「ナルサス」と、ナーマエが呼び止めた。
「日の国の話であれば、いくらでも。喜んで、ナルサスが気の済むまでお話ししましょう」
その声に思わず、ナルサスの心が揺れた。
些細なことだ。けれど、ナルサスにとってこれほど嬉しい言葉はなかった。彼は返答を聞かずに立ち去ろうとしていたのだから。そして、こんなふうに思ってしまった。
――よくわかっているではないか。
振り返り、見返すと、誇り高き日の国の使者は、その誇りの高さを自覚していなかった。
皮肉なことだ。
そう思いつつも、ナルサスの口元に笑みか浮かんでいた。
「ああ、その言葉に甘えるとしよう」
そう応じて、言葉の余韻を部屋に残したまま、ぱたんとドアを閉めた。
窓の外で風の音がした。木々が風に吹かれて、森が揺れている。
廊下を歩きながらパルスの軍師は考えた。ナーマエが、あの若い娘が、今後、我らに手を貸してくれるのであれば、アルスラーン殿下は強力な助っ人を得たことになる。
しばらくは、その動かし方は自分の裁量によるだろうが、ダリューンの武勇に然り、日の国の使者もまた、己の知恵もそうである。それらはすべて王子の器にかかっている。
殿下の器量を軽んじてはいない。そこに王としての資質を少なからず認めている。
外を吹く風が勢いを増して森を吹き上げた。
とはいえ、この局面はすこし厳しいか。カーラーン戦での対する千騎の局面で味方の力をいかに活かせるか。ナルサスとしては腕の見せ所である。
ああ、面白くなってきたぞ。
風が木々をさざめかして、空高く森の葉を舞い上げていた。窓の外は黒々と闇に沈んでいる。ナルサスにその様子はわからない。