ナルサスの思惑 3/7
「書物が欲しい?」
ナルサスは組んでいた腕をゆるめ、湖のような深い色の使者の瞳を見た。
「はい。パルス国の書物が」
「そういわれても、今はおぬしが言うようなものはないぞ」
「それなら、王都の図書館に向かおうかな」
「あえて止めはせぬが……おぬし、さっきの話を聞いていたか?」
あり得ない。とナルサスは額を押さえた。
王都は今、大変な騒ぎである。
エラムのようにすばやい身のこなしと短剣の扱いで大の男を負かせられればよいが、この使者がひとりで王都に潜入するのは無理があった。
「では、ナルサスの知識を私にください」
ナルサスは額から手を離して、異国の使者の顔を見た。
それはまったく問題なかった――。
しかし予定外の相談だったので、ナルサスは返答に窮した。
ナルサスはそのときアルスラーンらと行動を共にし、事を有利に運ぶように王子に協力をしていた。
ついで、ナーマエは異国の学者であるので、いい意味で教えるのに骨が折れるのであった。
ふと彼は顎に手をやる。
ちょうどその時分、カーラーンとの戦いの策を思案していて、その内容は――
決戦の日、この使者を殿下のもとに置き、道しるべとするか、それとも自分のもとに伴うか。敵の進軍の状況が手に取るようにわかるのなら、自分が伴うべきか。
――というものであるが、それを思い起こしたのである。