バシュル山の逃亡戦 6/7
ひんやりとした空気が身にしみた。馬のひづめの駆ける音がひびく。もうすぐ夜が明ける。空が、白々とした明るさをはらんできた。
ナーマエはじっと黒衣の騎士の後ろ姿を見つめていた。バシュル山での若き騎士の勇猛な姿が目に焼きついていた。
このダリューンというパルスの将は、なんてたけだけしいのだろう。
これまで強い戦士はたくさん見てきた。日の国も手練れがそろう。けれど、これほど勇者と呼ぶにふさわしい人はいなかった。
その圧倒的な強さを目の当たりにして、ナーマエは思わず感心のため息をもらす。
「げがはありませんな」
そのときダリューンが、こちらに気づいて急に声をかけてきた。ナーマエは面食らった。
手慣れたものなのだろう。早々と包囲線を突破したダリューンは、約束の集落にたどりつく前に、アルスラーンたちと合流した。
おそらくダリューンがいれば、すぐそこにルシタニアの軍勢が迫っていても、大丈夫だと思える。
このパルスの騎士は、単騎で戦況をひっくり返すほどの勇者なのだ。