ロマンティックバス停
最近俺はあるドラマの再放送にはまっている。学校でちょっとした話題になっていたのでなんとなく鑑賞してみたら秀逸なストーリーと魅力溢れる登場人物に釘付けになってしまった。
以来、毎週金曜日の9時から11時を娯楽の時間と決めてテレビの前に座っている。録画もばっちりだ。
今日も居間でリアルタイムでの鑑賞を終えて録画を見返そうとしたときに、玄関の呼び鈴が鳴った。誰が来たのかはわかりきっている。
俺は腰を上げて玄関まで綾人を迎えにいった。
「今日は遅かったな。こんな時間まで学校に残って何をしてたんだ」
「補習。通信教育とのずれを修正している」
綾人の携帯の電話帳には俺の携帯とこの家の固定電話の番号しか登録されていない。携帯を買ったときに俺が登録してやった。
綾人はきちんと言いつけを守っており、帰宅時間が6時を超えそうになったら律儀に連絡を入れてくる。今日は元々かなり遅くなると聞いていたから驚きはしない。
「何かしていた?」
「は?」
「玄関に来るの早かった」
俺が普段いる私室は2階にあるから、そこから降りてきたにしては時間がかかっていないということか。
「居間でドラマを見てた」
「ドラマ?」
「今流行りの…」
錯覚かもしれないが、綾人の目が輝いているような気がした。
「…お前も見るか?」
「見る」
―――――――――――――
2人の若い男女が雨の中を歩いている。
「どうして傘を一つしか差さない?」
画面を見つめていると、綾人がぽつりと呟いた。いや、疑問を俺にぶつけてきたのか。
「相合傘してるんだろ」
「相合傘?」
「2人で1つの傘を使うことだ」
「どうして?」
「どうしてって…そりゃ傘が1つしかないからだろ」
「この女性も傘持ってる。鞄から柄が出てる」
「それはだな…あー…相合傘すると身体が密着するだろ。この2人は恋人だからくっついていたいんだよ。わかったか?」
「…?」
画面の中では2人がバス停に着いたところだ。雨はどんどん強くなっていく。
傘に隠れて2人の顔は見えないが、身体は向き合い近づいていく。
空想的な音楽が耳に響く。
「何をしてる?」
「察しろよそれぐらい…はっきり見せない演出がいいんだろ」
この甘く切ない雰囲気を感じ取れない綾人は大物かもしれない。
「恋人同士が顔近づけてすることっていったら一つしかないだろ」
綾人は首を傾げた。
「キス?」
「う…まあ、それだな」
綾人が答えを知っていることが意外だった。キスについて話すのが気恥ずかしくなってしまう。
「どうして恋人はキスしたくなる?」
「…お前は難しい質問をするんだな。恋人ができたら自然にわかるだろ」
「恭はわからない?」
「…悪いかよ」
綾人は首を横に振ったが、どうもすっきりしない。
「俺はまだ11歳だ。恋人作ったことなくて当たり前だろ。大体、俺はあと何年かで婚約するんだから恋人なんかいらないな。興味もないし」
父さんは既に婚約者の候補リストを作っている。いずれ良家の令嬢の親から見合い話も大量に持ち込まれるだろう。その中の誰か一人と結婚して防衛大臣となるための後ろ盾になってもらう。将来を考えれば歓迎すべきことだ。
「じゃあどうしてこのドラマを見てる?」
「は?」
「人は興味のないものは視界に入れない。入ってもそれを継続して見ようとしない。恋に興味ないと言う恭はずっとこの恋愛ドラマを見てる。どうして?」
綾人の声に責めるような響きはない。単純な疑問なんだろう。
俺は答えに窮した。
「別に、気まぐれだ。恋したいなんて…思ってない」
「そう」
男女はバスが到着するまでずっと熱いまなざしで見詰め合っていた。羨ましいなんて、これっぽっちも。
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