消える天使
以下の文章は残虐な表現を含んでいます。苦手な方はブラウザバックしてください。
どうすればいいんだ。こんなときの対処法は習っているのにいざとなったら身体がぴくりとも動いてくれない。
フロントガラスの向こう側には運転手の遺体、さらにその奥には白のワゴン車だ。俺の目の前で銃をつきつける男の後ろにも車がある。
逃げられない。
腹を押さえてうずくまっている綾人の側のドアも開けられた。ごつい顔の男が何人もいる。
「この黒髪のがきはあんたの家の住人だな?調べはついてるんだ、嘘はつくなよ」
俺に銃を向ける男が聞いてきた。喉が引きつって声が出せない。
「おい、人の質問には答えろよ」
「…あ、綾人は、関係ない。こいつだけは、解放しろ」
「駄目だ。もう顔を見られちまってるからな、殺すか一緒に連れて行くかだ」
一人が綾人の後頭部に銃口を当てた。ごりっと嫌な音がする。
「ひっ…」
綾人の身体がびくりと震えてますます縮こまった。
「やめろ!こいつが死んだら俺は舌を噛み切ってやる!」
「そうかい。なら2人一緒に車からゆっくりと降りてもらおうか。周りにはスナイパーが何人も隠れてるからな、抵抗すればそこの運転手みたいに頭ぶち抜くぜ」
外に出ると、3台のワゴン車がこの車の前後と横に止まっているのがわかった。運転手の状態もはっきりわかる。こめかみから出ている血が地面に滴り落ちて、両目は見開かれたままだ。
本当に、死んでる。ほんの数分前は生きてたのに。
「あの…」
「なんだぼっちゃん」
「せめて、あいつの目ぐらい閉じさせてくれ…このままじゃ…」
「お優しいな、じゃあ望み通りにしてやるよ、ほら」
男の一人が近づいて乱暴に運転手の顔に触れた。
「…申し訳、ない…」
こんなことしか出来なくて。俺のせいで。
俺達はワゴンのうちの1台に乗り込むよう命令された。両手には手錠をかけられた。
綾人はずっと俯いている。俺の服を掴んでいる手はわずかに震えている。俺は綾人の耳元でそっと囁いた。
「大丈夫だ、きっと助かるから」
屋敷の使用人は俺達が帰って来ないことにすぐ気付くだろう。そうなれば…
座席を倒して作った広めの空間で、俺達を取り囲んでいる数人の男達が口を開いた。
「さて、そろそろだな」
「ああ、がき共服を脱ぎな」
「なっ…なんでそんなことしなきゃならないんだ!」
「いいとこの坊ちゃんなら発信機やらGPS搭載の携帯やら持ってるもんだろ?お前らの持ち物や服は全てこの袋に入れろ」
男は大きなポリ袋を出した。
「ふ、服なんて、手錠がついてたら脱げないだろ」
「ああ、それもそうか」
俺がほっと息をついたその瞬間、一人の男が綾人の胸倉を掴んでナイフで服を引き裂いた。
「なっ…何してる!?」
綾人は恐怖のあまり声も出せなくなっている。
「さっきからぐだぐだうるせえぞ!自分が人質だってこと忘れてんのか!?」
「おい、落ち着け。黒髪はともかく、御堂のガキに傷はつけるなよ。毛布はかぶせてやるから抵抗すんなよ」
服は無残に破られ、所持品は全て没収された。これでは俺の居場所がわからなくなってしまう。
車の窓はカーテンで覆われてどこを走っているのか全くわからない。さらに目隠しをされて視界はついに真っ暗になってしまった。
これから俺達はどうなるんだろう。こいつらの言いなりになって大人しく縮こまり、警察の助けを待つしかできないのか。
綾人は隣で毛布にくるまりうずくまっている。こいつだけは守ろう。今の俺にできるのはそれしかないんだ。
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