二人だけの舞踏会
絢爛豪華なダンスホールは我が家の自慢の一つだ。
これほど大きな舞踏の間は個人の屋敷にはそうそうないと思っている。
バカラクリスタルの巨大なシャンデリアはホール全体に細やかで煌びやかな光を運ぶ。白を基調としたホールの壁や天井には淡く華やかな西洋画が描かれ、所々に金の装飾も施されている。
2人きりで独占するのは惜しいが、今夜は俺と綾人だけの舞踏会の会場となるのだ。
さすがにオーケストラを呼ぶことは出来ないので、コンポで曲をかけることにした。オーケストラのハーモニーが音響計算され尽くした空間に荘厳に響きわたる。
曲はワルツだ。ゆったりとした3拍子が耳に心地よい。フロアの中央を贅沢に使って綾人と一緒に音楽に合わせてステップを踏んでいく。右、左、右、右。
スイング、ライズ、ロアーにも綾人は苦もなくついてくる。慣れない女性パートなのに大したものだと感心してしまった。
教科書通りの完璧なダンスだった。だがダンスに必要不可欠な笑顔は欠けている。俺も人のことは言えないが、綾人がもう少し楽しそうに踊れたらいいのに。
綾人の手はこれまでパートナーとなったどの女子よりも冷たかった。血が通っているのか疑わしいくらいだ。
間近で顔を見つめれば白い肌がシャンデリアの光を反射しているのがわかる。触ると柔らかそうな肌だが、指先は意外と硬い。頬はどうなんだろう。
面白半分で母さんの部屋のクローゼットにあった子供サイズのドレスを綾人に着せてみたが、綾人は拍子抜けするくらい全く抵抗しなかった。似合っているから構わないということなのか。
薄い水色のロマンティックドレスの裾がひらめく。繊細なレースがナチュラル・スピン・ターンに合わせて揺れる。青みを帯びた黒髪をまとめた純白のリボンの端が視界に入るが気にならない。
まるで最上の画家が魂こめて描いた絵画を何枚も眺めているようだ。
「ありがとうございました」
曲が終わって俺は一礼した。綾人のダンスの実力を見るのが舞踏会の目的だから長時間踊るつもりはない。
「ダンスは…どうだった?」
綾人が首を傾げた。こいつから質問をしてくるのって貴重なんじゃないか。
「悪くなかった。もっと相手に合わせようとすれば見栄えがよくなるが」
「…悪くない?」
「あ、まあ…良かったぞ、お前のダンス。これなら万が一パーティーに出席することになっても大丈夫だな」
「…そう」
綾人はほっと息をついた。銀のアクセサリーがしゃらりと揺れる。
「にしてもお前、そこまで徹底しなくてもいいだろ。メイドが乗り気になって着付けしたって…かつらにブレスレットに化粧まで。女性パートのステップも完璧だったし…お前、女装趣味とかないよな?」
綾人にはまだ喉仏がないからこの胸元のあいたドレスでパーティーに紛れても可憐な少女にしか見えないだろう。
今は背中につく長さの髪がダンスのせいで少し乱れてしまっている。それを直す仕草も女のようだ。
「ない。それにブレスレットはいつもつけてる」
「え?そんなのつけてたのか?」
細い鎖のブレスレット。等間隔で鈍い光を宿す青色の石が並んでいる。男が身につけるものじゃないだろう。
「大事な品なのか?」
綾人は無言になった。俺は地雷を踏んでしまったかと不安になった。
「あー…言いたくないなら言わなくて良いから…そうだ、お前は踊ってみてどうだった?俺のリードは」
「上手かった」
「そ、そうか」
綾人は真っ直ぐに俺を見つめてきた。褒められると何故か照れる。綾人が世辞を言いそうにない世間離れした奴だからか。
「もっと踊っていたいと…初めてそう思った」
「う…」
綾人がそんな殺し文句を真顔で言うから恥ずかしくなってきた。なんかもっと踊らなきゃいけない空気じゃないか。
でも、悪い気はしない。
俺は綾人に手を差し出した。
「なら…もう一曲踊るか?」
「…うん」
右手と左手が重なる。綾人の手はさっきよりほんの少し暖かくなっていた。
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