「――以前お話した件ですが」

 なまえはペラリとファイルをめくる。
 ボンゴレボスの執務室にて、なまえは十代目ボス――沢田綱吉と向かい合っていた。綱吉は一瞬不安げに眉を寄せたが、無言で先を促す。なまえは彼を安心させるべく、結論を口にすることにした。


「例の抗争は、こちらで諌めました。死人もありません」

 綱吉があからさまに安堵したのを見てから、なまえはいくつか事務的な諸々を口にして、「――以上が概略です。詳細は追ってご報告致します」と話を結ぶ。


「うん、ご苦労様」

 読み上げていたファイルを閉じるなまえへ、綱吉はホッとしつつ労いの言葉をかけた。なまえは微笑んで、「ありがとうございます」とそつなく返す。他人行儀な彼女に、綱吉が苦笑した。


「もう仕事の話は終わりだろ? なまえ」
「本日の用件は以上ですね。ああ……執務に戻られるのなら、早急に退室致します」
「……わざと言ってる?」

 胡乱な目つきでなまえを睨む綱吉に、なまえは吹き出した。


「そう拗ねないでよ、――綱吉」

 二人はいわゆる古なじみで、綱吉がボンゴレを継ぐ少し前から親しい友人である。当然のごとく公私を分けて、仕事のときは私情を切り捨てて接するようにしているのだが、どうも綱吉は居心地が悪いらしい。なまえは溜め息をついてから、常套句を口にした。


「でもね、綱吉。あなたはボンゴレファミリーのボスなんだからそうやって言えるんだろうけど、私はあなたたちと比べて格下ファミリーのマフィアなんだから、そういうわけにもいかないんだよ。わかるでしょ?」

 言われて、綱吉は唇を引き結ぶ。そう、たしかに彼女は、ボンゴレと同盟を結んでいるファミリーに所属しているマフィアのうちの一人にすぎない。
 綱吉は、ふと視線を彷徨わせた。


「――ねぇなまえ、今日なんの日か、覚えてる?」

 唐突に話題を切り替えられ、なまえは戸惑った。なにを言い出すのかと思えば。


「……もちろん。綱吉の誕生日でしょ。ちゃんとプレゼントも用意してるよ」
「そっか、ありがとう」

 謝辞を口にするものの、当人はちっとも嬉しそうではなかった。むしろ、どこか緊張しているように見える。その雰囲気が伝播したかのように、なまえは身を固くした。


「――なにか、心配ごとでも……あるの?」

 おずおずと訊いてきたなまえに、綱吉は落ち着きなさそうに頬を掻いてあらぬ方向に目をやった。


「あー……うーん、えっと。――あのさ、なまえ、勝手だけどオレ……欲しいものがあるんだ」

 その言葉に、なまえは首を傾げる。プレゼントの催促がしたかったのだろうか。


「なに? 用意できるものなら、プレゼントするよ。――あ、もしかして、かなり貴重なもの?」
「貴重っていうか、この世に一つしかないというか」
「ええ!? な、なにそれ! そんなもの、私に用意できるわけないよね!?」

 こうしてなまえに頼むということは、綱吉自身では手に入らなかったということだろう。ボンゴレのボスでも入手困難なものを、財もコネも劣るなまえが果たして手に入れられるのか。――当然、導き出される答えは否だ。
 けれども綱吉は、深刻そうな面持ちになって首を振った。


「いや、なまえにしか用意できない」
「は?」

 いよいよ混乱してきたなまえに、綱吉は居住まいを正して「なまえ、」と名を呼んだ。訳も分からぬまま、なまえは間抜けに「は、はい?」と応える。


「――なまえが、欲しい」

 ぽかん、とほうけるなまえへ、綱吉は真剣な顔つきのまま口を開いた。


「なまえを……、正式にボンゴレファミリーとして受け入れたい。これはオレの私情で言ってるんじゃなくて、なまえの能力を買ってるからこそ、ボンゴレのボスとして引き抜きたいと思ってる」
「……私を? 引き抜く?」
「か……、勝手だとは思ったんだけど、そっちのボスとは話も済んでるんだ。あとは、なまえが、――頷いてくれれば」
「いつの間に……」

 なまえが弱々しく呟いた。それを聞いた途端、綱吉は眉尻を下げて情けない表情になる。


「あの……、なまえ? やっぱり怒ってる?」
「……ううん、驚いてるだけ」

 そう答えたなまえは微笑んでいて、綱吉はホッと息をついた。


「急な話だし、もちろん、今すぐに返事しなくてもいいから」
「…………」

 目を落として黙りこむなまえに、綱吉は努めて明るく言葉を続けた。


「一応言っておくけど、なまえ」
「――うん、なに?」

 なまえが目を上げる。綱吉は、ただ直向(ひたむ)きに彼女を見つめた。


「さっきの言葉――、オレ、本気だからな」
「? う、うん……」

 込めた下心に、なまえは気付きそうにない。綱吉は苦笑して、「まぁ、今はいいや」と呟いた。なまえはさらに首を捻るばかりだ。


「引きとめちゃってごめんね、なまえ。それじゃあオレ、執務に戻るから」
「あ、――っ、綱吉!」
「え?」

 高価そうな椅子に腰かけようと、椅子を引いていた手が止まる。綱吉はきょとんとしたまま、口元を引き締めたなまえを眺めた。そして、意を決したかのごとく唐突に頭を下げた

なまえを呆然と見る。


「――プレゼント、私で、いいなら、……その、ボンゴレに入りたい、です!」
「っ!?」
「あと、綱吉っ、誕生日おめでとうっ。……そ、それじゃあ、失礼します!!」

 パッと身を翻して執務室を出て行くなまえを、綱吉はたまらずに追いかけた。

 ――やっぱり、今すぐにわからせてやらないと。