「ドン・ボンゴレ。おめでとうございます」
「おめでとうございます」 

 様々な来客人からお祝いの言葉をすれ違い様に言われる。本当は一人一人に対して立ち止まって「ありがとう」と感謝の気持ちを述べるべきなんだろうけれど、今は一刻も早く彼女に会いたい。きょろきょろと辺りを見回すが、彼女の姿はない。おかしいな、招待状はちゃんと渡したから来ている筈なのだけれど。当てもなく、ただ自分の超直感を頼り外へと続くエントランスに向かう。すると、屋敷の庭に一人ぽつんと佇む女性が居た。俺は存在に気付いてほっと、安堵の息を漏らす。


「なまえ」
「わ、」

ぽん、と肩を叩けば弾かれたように此方に振り向くなまえ。その仕草に思わず笑うと、ほんのりと頬を赤めて「そんなに笑わなくても…」と呟いた。


「ごめんね、だけどどうして会場に入らないの?」
「だって、なんだか私場違いな気がしてならないの」
「そんな事ない。そのドレスだって、今日の為に着てくれたんでしょ?」
「それはそう、だけど…」
「今日の誕生日パーティーだって、なまえに来て欲しくて開いたようなものだし」

俺の言葉になまえは「そんな事言って」と笑うけれど、結構本気。なまえと再会する前は、こんな大規模な誕生日パーティーは絶対にしなかった。
 この場合、俺にとっては『再会』という言葉が当てはまるけれど、なまえは『出会い』が当てはまるのだろう。彼女は俺と過ごした日々を忘れてしまっていた。確かにそれはとても哀しかった。だけどそれを埋めるかのように、俺はなまえと少しずつ関わっていった。なまえは昔から病弱で、イタリアで手術を受けた事により今の生活を手に入れられたのだと知った。俺と出会っていたなまえは幻だったのかもしれない。だけどこうしてまた出会えた事が、奇跡のようで。


「綱吉くん?」
「…なまえ、呼び捨てで良いのに」

 ぼんやりしていた俺になまえが我に帰させる。未だに彼女は俺の事を呼び捨てには呼んでくれないが、これでも進歩した方なのだ。


「でも、なんだか慣れなくて…」
「今日は何の日?」
「…綱吉くんの、誕生日」
「うん、だから呼んで?」

我ながら狡いなって思っていると、なまえも「狡いなあ」ってさして怒った様子もなく言った。


「じゃあ、綱吉」
「…はい」
「…恥ずかしがらないでよ、私の方が恥ずかしい」
「いや、だってなんだか不思議な感じがして…」
「じゃあ戻す?」
「是非呼び捨てで」
「もう、」

可笑しいなあ。昔はずっと呼び捨てで呼ばれてきたのに、いざ彼女に呼ばれたら心臓が狂おしい程跳ね上がる。嗚呼、彼女の言動一つに反応して喜んでいるんだ。


「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう。今日言われた中で一番嬉しい」
「ふふっ、お世辞が上手いんだから」
「本当だよ」
「じゃあそういう事にしておく。それでね、プレゼントなんだけど」

珍しく、なまえは恥ずかしそうに言葉に詰まっている。そして秘め事を話すように、そっと呟いた。


「ごめんなさい、ずっと考えていたら何も思いつかなかったの」

だから、綱吉に直接聞こうって思いまして。語尾がだんだん小さくなるなまえに俺は耐えきれず大きな声で笑ってしまった。なまえらしい。ひとしきり笑って、俺はなまえを見やる。


「何もいらないんだ」
「え?」
「俺が欲しいものはね、普通だから」

 ずっと前に、なまえに言われた事がある。将来の夢は何か?って。あの時俺はマフィアのボスを継ぐ手前で、それをなまえに言おうか迷った。だけど俺は「普通が良い」とだけ言ったんだっけ。ボスになった今でも、その気持ちは変わらない。


「それに、もうなまえからは貰ってるんだよ」
「何もあげてないのに?」
「こうして、隣に居て話している事が俺にとってのプレゼント」

そっと、なまえの手に触れてみる。昔と違って、その手は温かくて優しい。


「だから、どうもありがとう。なまえ」

本当にありがとう。今はこれだけで十分。離したくないけれど、なまえが困るだろうからと手を離す。すると、今度はなまえから握ってくれた。驚いて顔を上げれば、なまえが微笑んで いて、


「私もね、決まったよ。将来の夢…綱吉と一緒に居たいな」

これ以上のプレゼントは、ないと思った。