「一緒に遊ぼう」

 なまえという女の子は、俺にしか見えない特別な存在だった。初めて出会ったのは四歳の頃。あの空き地の隅で一人遊んでいた俺に、なまえが話し掛けてきたのが始まり。人見知りの激しかった俺になまえはにこにこ笑ってくれて、心を開くのに時間は掛からなかった。


「こうえんに行こうよ」

 ある日、俺は空き地に飽きてなまえを近くの公園に誘った。手を繋いで空き地から出ようとする俺に、なまえは首を振った。


「綱吉は公園で遊びたいの?」
「うん、だってここには何もないもん」

そう言って俺は空き地へと振り返る。するとそこは公園だった。何もなかった空き地が、遊具が一通り揃った公園へと変わっていたのだ。


「ほら、此処も公園だよ」

俺はその時、なまえは魔法使いなんだって思い込んでた。だから空き地が公園になったり、俺にしか彼女が見えない。そう、思い込んでた。
 結局、俺は今でも彼女が何者だったのか、何処に行ってしまったのか分からない。こうしてマフィアのボスになりイタリアに来ようとも、なまえを忘れた事なんて一度も無かった。たったの一度だって。


「………何これ」
「見て分かんねえのか?同盟マフィアのご令嬢達のリストだ」

 俺の家庭教師はいつだって唐突だ。察しはつくがあえて俺はずらりと並んだリストを閉じた。


「俺、まだ二十そこそこなんだけど」
「マフィアのボスはいつ暗殺者に殺されるか分からねえんだ」
「不吉な事言うなよ」

実際、リボーンの言う事は正しい。ボンゴレを継いでからというものの、様々なマフィアから命を狙われる毎日。いつ、殺されたっておかしくなくて。


「だからって、好きな人くらい自分で決めさせてくれないかなあ…」

 おもむろに、溜め息と共に本音が出る。その言葉に運転している隼人が俺を宥めるように笑った。


「十代目の事を気にかけている証拠ですよ。リボーンさん、ああ見えて世話焼きですから」
「アイツが世話焼きだなんて悪い冗談……、」

頬杖を着いて窓越しから街頭を眺めていた俺は、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。そして次に発したのは制止の言葉だった。


「止めて…」
「十代目?」
「車を止めて!」

隼人は何が何だか分からないと言った表情で車を歩道に寄せて止めた。俺は直ぐさま車から出ると、全速力で来た道を走る。後ろから隼人が制止の言葉を叫ぶが構ってられない。だって今、確かに見たんだ。


「……っなまえ!」

 彼女の後ろ姿が見えて思わず名前を呼ぶ。すると、彼女はやっぱりこちらを振り向いた。なまえだ。幻でも、夢でもない。今、目の前になまえが居る。


「なまえ、だよね?本当に、本物の…」
「…あの、   」

彼女に触れようとしていた手が動きを止める。なまえの声が木々のざわめきにより掻き消された。だけど、唇の動きで分かってしまった。


「………そ、っか。そういうのも、一応想定はしてたけど…」

彼女は、俺の事を知らなかった。今だってほら、困った顔で俺を見てくる。なんて説明しようか。ずっと前から君の事を知っています、とか。嗚呼、せめて今はこれだけ言っておこうと思う。


「俺は沢田綱吉って言います。君を、ずっと探していました」

まるで昔のドラマに出てきそうな歯の浮く台詞。だけど俺にはなまえみたいに物知りじゃないから、それしか言葉が見つからなかった。引いちゃうかなって思ったら、なまえは無数の涙を頬に伝わせながら俺を真っ直ぐに見つめて 、


「…どうして、かな」
「?」
「私も、貴方を探していたような気がするの。ずっと、前から」

涙が 、 零れ落ちた。