「沢田さんとこの赤ちゃん、男の子だって!」

おとこのこ。

 身勝手にも落胆した記憶がある。当時私は10歳。兄弟がいない私は、お向かいの家に生まれてくる赤ちゃんが女の子であればいいと願っていた。そうしたらいっぱい可愛がってあげるんだ。って。


 ふいにまとまった休暇が取れたので、実家に帰省した。数年ぶりのこの町は昔となんら変わらず。連日の友人たちとの外出もようやくおさまり、今朝は早起きして出勤前の父と朝食を取っていた。何気ない会話、ちょっとだけ老けた父。お味噌汁を口に運んだとき、ふいに大きな声が耳に飛び込んできた。


『・・・・・!』

なんだか外が騒がしい。


「あぁ、お向かいだわ。ツナ君のお友達がお迎えに来たのかしらね」

窓の外を覗きながら、洗濯をしていたはずの母がフフッと笑った。


「ツナ…」

最後に会ったのはツナがいくつの時だっけ?


「昔はよく家に遊びに来たなぁ。なまえをお姉ちゃんって呼んで」
「だねー。…小学校はもう卒業した?」
「やぁねぇ、もう中学2年生よ」
「えー…」

どれ、顔でも見てやるかと、食事途中だが玄関の外へ出る。


「ごめん。遅くなって!」

同時に聞き覚えのある、でも記憶より少しだけ男の子っぽくなった声が耳に届いた。


「10代目! お誕生日おめでとうございます!」
「よっ、ツナ。今日誕生日なんだってな。おめでとう」

そっと門まで出てみると、制服姿の男の子達と、相変わらずの、でもやっぱり少し大きくなったツナがいた。


(おめでとう)

そうか、今日はあの日なんだ。


「獄寺くん、山本。おはよう。…ありがとう…。あ、」

はにかんだように笑った後、ツナは向かいの家の門前に立つ私を見つけた。


「なまえ姉ちゃん!」

そうだこの笑顔。


「こっちに帰って来てたの?」

駆け寄ってくる仕草。


「ツナ!」

 思わず門を出てその懐かしい少年を抱きしめると、「恥ずかしいよ」と、顔を真っ赤にしてツナは笑った。あぁ、彼が生まれた日のことを。そして彼に初めて笑いかけられた日のことを思い出す。あんなに残念がっていたのに、この笑顔に私はすっかり負けてしまったのだ。


「誕生日だったね。おめでとうツナ」

抱きしめるのはダメらしいから、代わりにその両手をとった。あんなに柔らかく、私の指を握ったその手は、すっかり男の子のものになっていた。


「ありがとう…なまえ姉ちゃん」
「うん。じゃあ、いってらっしゃい」
「うん! いってきます!」

照れくさそうにお礼を言った後、元気よく手を振り、彼は友達の元へ駆け出した。姿が見えなくなって、私は家の中へ。


「お誕生日、おめでとう。ツナ」

 あのすばらしく希望に満ち溢れた瞬間を、私はきっと忘れない。自分が彼を守るんだ!と誓わせたあの笑顔を。時が経ち、それも今は必要ないだろうけど。それでもきっとキミを愛しく思う人たちの中の一人として、私はずっと生きていく。