「わたし、彼と結婚する事にしたの。」

そう言ってはにかみながや笑った彼女はとても綺麗だった。今まで見てきた彼女のどんな顔よりも、綺麗だった。羨ましいと思った。それは結婚と言う未来を約束するものにではなく、頬をピンクに染めながら美しく笑う事のできる彼女が。


「よかったね、おめでとう!」

そう言ったわたしはうまく笑えていただろうか?少し不安になったけど、目の前の彼女は結婚式には挙式から参加してほしいこと、その他諸々、彼女は次から次へと話し続けたので、たぶんわたしは上手く笑えていたのだろう。
すっかり温くなってしまったカフェオレをぐっと飲み干した。カフェオレと一緒に鉛のような物がわたしの胃の中に広がっていったのは何故だろう。嫉妬?いや、違う。カップルや友達同士で賑わう週末のカフェ。わたしだけがひとりぼっちの様な感覚に襲われた。


目の前には幸せそうに笑う友人がいるというのに。



〈ある週末の話〉



 幸せそうな彼女と別れた後、サロンへと向かいながら考えていた。

わたしとボスの関係に、ついて。

 ボスと秘書は大前提としてあって、身体を重ねた事は何度となくあるけれど恋人ではない事は確かだ。だってセックスはするけれど、それ以外はしたことない。かといってセフレって訳でもない、と思う。だってわたしはボスと身体を重ねる事を自分から望んだことはないし、欲しいとも思わない。パワハラ?いや、違うな。愛人…これも、違うのかな。というか、愛人ってなんだろう。帰ったら辞書でも引いてみよう。

カツカツと下ろしたてのルブタンのピンヒールを鳴らしながら歩く週末の午後。やっぱりわたしはひとりぼっちなのかもとしれない。ボスとの関係にきっと未来はないし、どうしようとも思わない。

 マフィアの一員となった時から、普通の女性が望むような幸せを求める事は諦めている。そうすると必然的にひとりぼっちなわけで、マフィア関係の男性との結婚ならあるかもしれないけど、同業者が人生の伴侶だなんて絶対に嫌。明日命があれば万々歳、そんな生活を送っているのだから。

 幸せそうに手を繋ぎながら歩くカップル、親子連れ。自分から手放してしまった未来なのに、幸せそうなその姿を見ていたら左胸の奥がチクリと痛をだ。今日のわたしはどうかしているのかもしれない。そう云えば、ボスの身体を欲しいと思ったことはないけど、嫌だと思ったこともない。という事は、この関係はボスがわたしに飽きるまでだらだらと続くのだろう。

先行き不透明どころか、未来なんてこれっぽっちも見えないこの関係が。わたしもいつか、彼女の様に笑える日が来るのだろうか。無意識についた溜息にまた、左胸の奥がチクリと痛んだ。


 気付いたら予約をしているサロンのすぐ近くまで来ていて、とても憂鬱な事を思い出した。
わたしの頭の中に浮かんでは消えるあいつのバースデーパーティーに出席しなくてはならないのだ。


*****


「Buon Compleanno、X世。」

 よそ行きのセリフと笑顔で目の前の彼にそう伝えると、ボスはありがとう、と言って小さく笑った。彼の笑顔に黒い笑みが含まれていたのをわたしは見逃さなかった。
あぁ、やばい。わたしの第六感が警笛を鳴らすけど、どうすることもできないんだろう。


「これが終わったら、いつもの所に来て。」

...ほら。

ボスはわたしの耳にそっと囁いてどこかへ行ってしまった。彼が言ったこれはパーティーの事で、いつもの所と云うのも、彼の部屋、ボンゴレ本部の彼の執務室ではなく彼のプライベートスペースという事だろう。

早く、早く終わればいい、何もかも。


*****


 ボスの広過ぎるプライベートスペースは何度来ても落ち着かない。高そうなソファでぐだぐだしながらなかなか来ないボスを待っていると、本日の主役が疲れた顔で部屋に入ってきた。


「ねぇ、プレゼントは?」

わたしの横に腰を下ろしたボス。何を言ってるんだろう、意味が分からない。プレゼントはパーティーの時にしっかり受付に預けたはず。


「あげたでしょ?何言ってんの。」

「あんな誂え向きなプレゼントなんていらないよ。」

ひどい。わたしが今日一日、友達を引き摺り回して休日を潰して選んだプレゼントをいらないだなんて。そりゃ、そんなに高価なものじゃないけど、それなりに真剣に選んだっていうのあに。


「じゃあ返して、プレゼント」

「イヤだね。」

「いらないって言ったじゃない。」

いつの間にか腰に回されていた手がやわやわとわたしの身体を弄っていて、反抗の意味を込めて逃げようとしたらぎゅっと抱きしめられた。


「ね、苦しい、ボス。」

「違う。」

身体を話してわたしを見つめる彼の目は不機嫌な色に染まっていた。彼が不機嫌になった理由をわたしは知っている。だって、態とやったんだもの。


「ボスがいけないんだからね、」

「怒るよ。」

そう言ったボスはもう既に怒っていた。なによ、もう。


「ツナ、ヨシ。」

「よろしい。」

綱吉は満足そうに笑うと、わたしの唇に触れるだけのキスを一つ落とした。


「ねぇ、」

「なに?」


「終わりに、しようか。」

 どきり、心臓が跳ねた。彼が何を終わりにしたいのか、その意味を理解してしまったから。どうしてわたし、泣きそうなんだろう。

これじゃわたしが綱吉のこと好きみたいじゃない。

結局愛人の意味は調べられなかったけど、わたし達の関係を表すのに一番相応しい言葉をわたしはこれ意外に知らないから、きっとわたしは愛人なんだと思う。綱吉がわたしを必要としなくなればその時点でこの関係は終わるのだ。そんなこと初めからわかってたじゃない。これでいいんだ。


「そうだね。」

「そう、よかった。」

泣いて縋ったって何も変わらない。そもそもそんなつもりはないけれど。

これでサヨナラだ。




「君の未来を頂戴。」

こんな関係、終わりにしよう。
綱吉はわたしをぎゅっと抱きしめながら、優しく囁いた。