詰め込み処


 いち!



9月から3ヶ月に渡り■■町にて変死体が発見されている。
被害者はいずれも男性。音信不通になり、捜索の末にミイラ状態になっている遺体を発見。
遺体発見のタイミングには日付・曜日共に一貫性は無く、また遺体に水分が一切残らない呪殺方法であるため検死は困難を極め、詳細な事件発生日時は不明。
現時点で判明している6名の被害者は全員20代から30代の男性に限定されていることが判明。
調査の結果、被害者の死因は「淫魔・夢魔、若しくはそれに類する呪霊・仮想怨霊による呪殺」であると仮定。以降の調査は特級呪術師 五条悟に一任することとする。


そんな厄介な任務を言い渡されてから一週間。特級呪術師である五条悟は、ようやく見つけた犯人への手がかりをジッと見つめていた。

3ヶ月前から発生し始めたとある事件。それは、年頃の男性が次々と変死体で発見されるという凄惨なものだった。その遺体は体中の水分を奪われ、まるでミイラのように乾ききった状態で発見されるのだ。被害者が長期間に渡り行方不明であったならば「猟奇的殺人だ」と判断されたのかも知れないが、この被害者たちはいずれも失踪して5日以内には遺体となって発見されている。
たった5日やそこらで人の体をミイラにしてしまうだなんて、明らかに人知を超えた者の所業であるとしか言いようがない。
だがその元凶を追おうにも、被害者同士の繋がりは無く、変死体が発見された日時・曜日・場所にも一貫性は見られず、調査に難航する呪術師たちをあざ笑うかのように新たな被害者が見つかる…その繰り返しであった。

呪術高専の調査で、辛うじて残されていた痕跡や過去の文献を参照し「これは淫魔・夢魔、若しくはそれに類する呪霊・仮想怨霊による呪殺である」という仮説が立てられた。
夢魔、もしくは淫魔と呼ばれる呪霊…西洋では女性型がサキュバス、男性型がインキュバスという名称がある。かなりメジャーな呪霊であり、西洋だと下級の悪魔だと知られているようだ。
男夢魔は己の子種を撒き散らし、悪魔の子を孕ませる。女夢魔は男の精を吸い取り、死に追いやる。どちらも悪質な呪霊であり、その顕現が確認されればすぐに呪術師が飛んでくることだろう。
不幸中の幸いとでも言うべきか、夢魔は呪霊としてはさほど強い部類ではない。甘く見積もっても二級、大抵は三級にもなり切れない程度の呪力しか持たないことがほとんどだ。
だが夢魔は、それを差し引きするかのように厄介な能力を持っている。男夢魔も女夢魔も、どちらも夢の中で人を姦淫するのだ。
それ故、呪霊や呪詛師を追う際に目印とする残穢が殆ど残らない。あの五条が手こずるのにはこうした理由があった。

こうも長期的かつ不定期に行われる犯行――それも、殆ど残穢の感じられない周到な隠れ方をする呪霊相手では、流石の五条悟でも調査が進展しないまま時間が過ぎていく。
そんな折に、彼はついにとある少女の存在に行き着いたのだ。
血縁者に夢魔が居り、その血を受け継いでいる『新妻おなまえ』という少女…彼女は輝かんばかりの美貌、それから妖艶さと朗らかさを併せ持っており、男性であれば九割の人が「恋人にしたい」と口を揃えて言うような人物だった。
そんな彼女が、不定期にとある場所に出現することを突き止めた五条。彼が持つスマートフォンの画面には、およそ彼には縁のないもの…所謂『出会系アプリ』のプロフィール画像が表示されていた。

【優しくしてくれるパパ大募集中♪】

俗に言う「パパ活」の募集なのだろうか、そこには新妻おなまえ本人の鮮明な写真やスリーサイズなどが明け透けに書かれていた。プロフィール画像をタップすれば画面いっぱいにその写真が表示され、見た所何の加工も施されていない写真には薄い金糸の髪をした美少女が映し出されている。
これだけの美貌の持ち主であれば、こんなアプリなど使わずともいくらでもパトロンを捕まえることができるだろう。ならば何故、態々アプリを通して男性と会う約束を取り付けるのか…それは、自身がこれから呪殺する対象との関係性を目撃されないように、ではないか。以上、五条悟の推測はおよそこんなものだった。

「完全に呪霊ってわけじゃなく、ヒトも混ざってるってことか…分類的には呪詛師にあたるのかな」

呪詛師の定義としては、呪術師として修練を詰み、認定を受けた者が被術師――つまり一般人を呪殺した際に捺される烙印である。正確に言えば違うのかも知れないが、非術師を呪殺したことに変わりはない。その犯行が確定し次第、彼女の身柄は五条により拘束され、規定通り処刑の対象となるだろう。

待ち合わせ場所に指定したファストフード店で彼女の到着を待ち構える五条は、少しだけズレて来たサングラスを指で押し上げる。そして目の前のトレーに積み重なっているアップルパイの包みを剥がし、その口で食らった。普段あまり食べることのない油と糖のジャンクさと、中に入っている甘酸っぱい林檎ジャムの風味。彼はこれが嫌いではなかった。

「あ、お兄さん。見つけた」

五条がアップルパイをザクザクと咀嚼していると、彼の横側に一人の少女が立つ。写真で見たのと寸分違わない、それよりも輝いてさえ見える傾国の美少女…新妻おなまえその人だ。

「君がおなまえちゃん? ほんとに可愛いね」
「お兄さんも、生まれて初めて見るレベルのイケメン。何でアプリなんかやってるの?」
「それはこっちのセリフ」

指に付いたアップルパイの衣をパラパラとトレーの上にはたき落とし、五条は早速立ち上がる。少女は立ち上がった五条を見上げ、そして「うわあ、お兄さん大っきいね〜。駅弁できちゃいそう」と何食わぬ顔で言い放った。

初めて会う人物の前、それもこんなに長身で、服装の怪しい人間であるというのに、新妻おなまえは微塵も緊張している様子がなかった。単にそういう性格なのか、それとも今から殺す相手には何の感情も抱いていないのか。
五条は薄い笑みを浮かべて彼女との会話に花を咲かせながらも、そのサングラスの向こうから鋭い視線を向け続けた。


***


新妻おなまえと五条悟が邂逅してから5時間。五条はぼんやりと覇気のない顔でルームサービスのハニートーストにフォークを突き刺していた。少しきれいめなラブホテルなだけあって、ルームサービスは美味しいし部屋の中はオシャレだし、風呂場には薔薇の花弁がこれでもかと置いてある。
部屋の真ん中に配置されたフカフカのベッドの上で行儀悪くハニートーストを口に運ぶ五条。彼の頭の中にはただ一つ、戸惑いだけが浮かんでいた。

体はなんとも無いし、呪力のかけらも感じなかったし、普通に体の相性が抜群だった。

自分の体を証拠とするため、五条はあえて彼女に自身の生気を吸わせる腹積もりでおなまえと接触した。しかし、その結果、自分の身を持って彼女が無害な存在なのだと証明してしまったのだ。
あっけらかんと朗らかなおなまえが、その身を包む衣を脱いだ瞬間に醸し出す色香。それを目にした五条は内心ほくそ笑んで「本性を見せたか」と思った。目の前の彼女が何らかの力を使い、五条を誘惑して我が物にせんと行動を起こすだろう、と。
しかし、だ。蓋を開けてみれば五条はこうして五体満足でピンピンしているどころか、久々の行為の後の爽快な気分まで味わっている始末。

「もしかしてだけど…まさか…当てが外れた…?」

もう一口、溶けたバニラアイスが染み込んだハニートーストを咀嚼する。口の中でじゅわりと染み出す甘い蜜に、五条は軽くため息を吐いた。
その時、シャワールームで身を清めてきたおなまえが下着姿で部屋に戻ってきた。少々あどけなさの残る相貌とは裏腹に、若々しくありながら完成された体。均整の取れた体躯は細すぎず豊満過ぎず、彼女の可憐な色気を際立たせるに十分すぎる役目を果たしていた。

「はぁ、程よい疲労感…サイコー…ほんとにお泊りしてもいいの? 五条くん」
「ン、良いよ。手加減できたかったから、疲れたでしょ」

こうして大人ぶって笑う五条であるが、行為の最中はそれはもう凄かった。色事を覚えたての男子学生のような余裕の無さで、この華奢な少女を抱き続けたのだ。ようやく冷静さを取り戻した五条は「こんなはずでは」と己が信じられなくなった。
彼女と出会ってから今に至るまで、新妻おなまえに不審な様子は一瞬たりとも見られなかった。ということは、だ。五条は彼女に姦淫されたのではなく、ただ純粋に彼女の魅力にノックアウトされたことになる。

せっかく掴んだと思った手がかりが、まさか思い違いだったとは。そんな落胆を胸に秘めた五条は、真横でベッドに寝転びながらスマートフォンを弄り回すおなまえに問いかけた。

「ねえ、君。適当な男引っ掛けて一発ヤッて、かぴかぴのミイラにしてる呪霊の子じゃないの?」

あまりにも明け透けなこの質問。果たしてどんな反応をするかと伺っていた五条の目に写ったのは「え…なに…じゅれい…? ミイラ…?」と質問の意味すら理解していないおなまえの、怪訝な表情だった。

「そう、おなまえって呪霊と人間の合いの子でしょ? 何か悪いこと、してるんじゃないの?」
「呪霊? ああ、うちのジイちゃんのこと知ってるの? ちなみに直近の悪いことは、怪しくてイケメンのお兄さんとワンナイトラブしたことかな」
「ソレに関しては否定できない」

しかし、彼女はたしかに言った。うちのジイちゃん、と。彼女の言葉をそのまま信じるのならば、新妻おなまえの祖父は夢魔や淫魔といった呪霊ということになる。

「最近ここらへんで生気を吸い取られた変死体が発見されててね。僕はてっきり君が犯人だと踏んでいたんだけど」
「なにそれ、マジきもい。何でそんな勿体ないことしなきゃならないの?」
「それがさあ、僕も困ってるんだよね。自分が生き証人になろうと思ってここまで来たのに、結局思う存分セックスしてすっきりして終わっちゃってさ」

五条は極度の興奮状態の中でもしっかりと思考の網を張り巡らせていた。新妻おなまえが呪術界最強と謳われる五条悟だと知って、あえてその力を使わなかったのか。それにしては初対面から動揺する様子が全く見受けられなかった。
それに、彼女が本当に犯人であるならば自身や祖父の血筋についてこんなにサラサラと語るだろうか。五条の脳内はもう「まるで分からない」の一言で埋め尽くされた。

「…そもそも、私、そんなにコスパ悪くないよ? お兄さんのおかげで2週間はシなくて良いくらいお腹いっぱいだし」

おなまえはごろりと横向きに寝返りながら「別に隠すことでもないし、私のこと知りたそうだから教えてあげるね」と自身の体質や血縁について事細かに話し始めた。
確かに祖父が夢魔であることは否定しないが、四分の一しかその血は通っていない。それ故、夢魔としての性質は弱いものである。更に人間としての性質のほうが強く出ているため、ごく普通に食事を取れば大抵のエネルギー補給ができるということも。

「コスパが良いっていうのは?」
「そんなに精を吸わなくても満腹になれるの。うーん、わかりやすく言うとね…オナ禁三日目の人と3ラウンドで一週間は持つよぉ」
「わー、分かりやすい」

何食わぬ顔で言い放たれた言葉は、確かに理解するには実に容易いものだった。おなまえはそのまま続けて「それに私、無理くり吸い取ったりしないし」と言った。

「私はあくまで排出されたものを摂取してるだけだし? ちょ〜っと射精のお手伝いしてるだけだし?」

五条の顔を見上げながら説明するおなまえの表情に、一切の嘘偽りは見受けられない。何より、今しがた実際に体を重ねた五条だからこそ「確かにその通りだ」と否が応でも納得させられてしまった。
五条は、おなまえの主張と自身の実体験に基づいて、新妻おなまえは犯人ではないという結論に至った。しかし、それをそのまま上層部に報告したところで納得してもらえるはずがない。
どうせ「お前も姦淫されたのか」「あの五条悟が取り憑かれたのか」と自分まで糾弾されるのが落ちだ。五条が事情を包み隠さず愚痴ったその時、おなまえから「真犯人捕まえたいの? 手伝ってあげよっか?」という問いかけが返ってきたのだ。

「手伝うって、おなまえちゃん呪術師じゃないでしょ」
「私は普通のえちえち女子高生だけど、五条くんが追っかけてるのが本当に夢魔とか淫魔なら…お手伝いできるかも」

まさしく、彼女のその言葉は地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸だった。五条は微塵も迷わずその糸を掴み、おなまえに詰め寄りながら「ほんとに?」と聞き返した。

「良いよぉ。五条くんがイケメンでエッチも上手だったから、私、今ごきげんなの」
「アハ、自分の顔にこんなに感謝するのは初めてかも」

おなまえと五条はこうして共同戦線を張り、正体不明の呪霊を追うという目標を共にすることとなった。二人は何も言わず互いにスマートフォンを出し合い、そして「直電」と「直LINE」を交換し合うのだった。

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