詰め込み処


 第4話




ミーティングから5日後、降谷たち4人は黒塗りの車に揺られていた。
普段であればB.S.A.A.は軍用車を使用するが、今回は降谷が「ウィルス兵器の買い手」として現場に向かうため、カモフラージュ用にそれらしい黒い車を用意したのだ。
運転席には黒いスーツ姿の降谷が乗り、助手席に同じくスカートタイプのスーツを着用したみょうじが座っている。窓ガラスにスモークの貼られた後部座席には、クリスとピアーズが狭そうに並んで座っていた。

「今回の取引は、相手の指定口座にネット上で送金し、その確認が取れ次第商品の受け渡しを行うそうですが…そちらは大丈夫ですか?」
「売人が使用しているスイス銀行の口座ページのダミーサイトを作ってあります。事前に売人のスマートフォンをハッキングし、アクセス先をダミーサイトの方に切り替えてあります」
「用意周到だな、ハウンド」
「スマートフォンはガラケーやパソコンよりもセキュリティ機能が脆弱ですから、容易でした。降谷さんのフォローも頂きましたし」
「説明も無しに手伝わされたから何の作業かと思いましたが…これだったんですね」

こういった作業に関しては、元々情報収集を得意とする日本人コンビがその腕をふるったようだ。
降谷の安定した運転によって、何事もなく取引現場まで到着した4人。まず、日本人である降谷とみょうじが車を降りて倉庫跡地の中へと入って行った。クリスとピアーズは3分後に車を降り、それぞれ身を隠す手筈になっている。

降谷とみょうじが無言のまま待機し、15分ほど経った頃だろうか。倉庫の外に「キィッ」という車のブレーキ音が聞こえてきた。二人の間に緊張感が走る。姿は見えないが、息をひそめているクリスとピアーズも同様だろう。
それからすぐにザリザリという一人の人間の足音が聞こえ、ついに売人の男が姿を現した。
年は50代ほどだろうか。白髪交じりの金髪を後ろへ撫でつけた、身なりの良い男性だ。一見すると柔和そうな顔立ちをしているが、彼はテロリストに武器を売ろうとしている売人だ。

油断はできない、と降谷とみょうじはアイコンタクトを取る。

「やぁ、待たせたね」
「構いません。例の物はお持ちですか」

降谷が笑みを浮かべながら問いかけると、男は疑う素振りも見せずに「もちろんだ」と片手に持っていたアタッシュケースを持ち上げる。4桁のパスコードを入力して開ける仕組みになっているようで、男が数字を入力し終わると「カシュン」という滑らかな音と共にケースが開いた。ケースの内部はクッション材と白い煙に包まれており、その中心にひっそりと試験管のようなものが2本嵌まっている。
変わった形をしており、透明な筒の中にらせん状の細い容器が入っている。片方は青、もう片方は緑色だ。

「中は冷凍状態になっている。青がウィルス、緑がワクチンだ」
「確認しました。では早速ですが、お支払いをしましょうか」
「日本人は話が早くて助かるな」

ケースを閉じながら、男は満足げに頷く。交渉や探り合いは好きではないらしい。
相手に良い印象を与えたならば、それに勝ることは無い。それだけ取引が円滑に進むのだから。降谷はこれ以上のことは口にせず、みょうじもまた静かに口を閉ざしたまま微笑んでいた。
降谷がポケットからデバイスを取り出し、数度操作する。ダミーサイトの操作をしているのだが、相手からは振り込みの操作をしているようにしか見えないだろう。
そして、振込完了画面を売人の方に向け「完了しました、そちらで確認していただけますか?」と言った。
売人の男が自らのスマートフォンから口座ページの確認をする。数秒間、降谷とみょうじには再び緊張感が走った。しばらくして、作戦がうまく行ったことが判明した。男はダミーサイトとも知らず、銀行口座の残高を見てニヤリと笑ったのだ。

「確かに。ではこちらは受け取ってくれ」
「ありがとうございます」

降谷がそう言い、みょうじがアタッシュケースを受け取る。慎重にケースを持った彼女が降谷の一歩後ろまで下がった瞬間、売人の背後に忍び寄っていたクリスが姿を現した。

「B.S.A.A.だ、降伏しろ!」
「何だと?」

銃を向けられた売人が、初めて焦った様子を見せる。だが、やはり売人もこういった展開を警戒してきたらしい。手に持っていたスマートフォンで何らかの操作をし、怪しげに笑った。
すると、外から護衛役と思わしき男が7、8人姿を現す。どの人物も顔を布で覆っており、人相がわからない。
クリスは器用にも、売人の退路を断ったままの状態で交戦開始する。降谷もすぐに加勢に向かい、素手で男たちをなぎ倒していった。

みょうじはというと、戦闘には参加せず銃を片手に様子見をしていた。現在では彼女が最も重要な「ウィルスの確保」という任務にあたっているからだ。非常事態が発生すれば加勢するが、今はクリスと降谷の二人で戦力は事足りている上に、倉庫の上層階からはピアーズがこちらを伺っている。
しかし、一歩引いたところで状況を見ていたみょうじは一抹の違和感を感じ取った。護衛の男たちが、倒しても倒しても再び立ち上がって来るのだ。クリスもそれに気が付いたのだろう、彼は護衛の男たちから距離を取り始めた。

「クリス、どうかしましたか?」
「こいつら…人間ではなくB.O.W.かもしれない」

降谷の問いかけに、クリスがそう言った。その瞬間、降谷の脳裏には「感染」という二文字が浮かび上がる。そして、後方に控えていたみょうじが「確かめるならさっさとしましょう」と声をかけてから一人の男の肩目がけて発砲した。クリスが降谷の腕を引き、共に間合いを取る。と同時に、肩に被弾した男が苦し気な唸り声を上げてのたうち回る。
一見すると人間にしか見えない様子だったが、その男の肩からグジュグジュと嫌な音が響きだし、降谷も息を呑む。男の肩周りからは煙のような白いもやが発生し、数秒後には昆虫の足のような節の目立つ異様な腕が生えてきた。


「B.S.A.A.本部へ報告、バイオハザード発生。C-ウィルス投与済みB.O.W. ジュアヴォを8体確認、交戦する!」

クリスがすぐさま通信を入れると、ピアーズが狙撃を開始する。降谷は、数日前にみょうじから渡されたB.O.W.についてのデータを思いだした。
ジュアヴォ。セルビア語で「悪魔」という意味の名前が付いたB.O.W.
新種のC-ウィルスと呼ばれるウィルスを直接投与された人間が、このジュアヴォになる。T-ウィルスによるゾンビ化とは違い、身体能力や耐久力が格段にアップするのが特徴だ。
また、人間だった頃の知性が殆どそのまま残っており、凶暴性だけが増している。その為、こういった護衛任務にはもってこいのB.O.W.なのだ。

「ダメージを受けると変異すると聞いてはいたが、こう目の当たりにすると…」
「降谷さん! ジュアヴォの変異はワンパターンではありません、気を付けてください」
「ああ!」

ジュアヴォはウィルスの性質上、非常に体温が高い。ダメージを受ければ受けただけ、その部分の修復をするための新陳代謝によって体温が上限無く上昇していくのだ。修復が追い付かないペースでダメージを与えれば、自身の熱に耐え切れなくなったジュアヴォは焼死する。
だがしかし、自然発火するほどの高熱はこちらにとっても脅威だ。流石の降谷も肉弾戦から銃撃戦へと切り替えた。

交戦していくうちに、一体、また一体と焼死していくジュアヴォ。すると、胴体にダメージを受けていたジュアヴォが新たに変異を始める。
上半身に巨大な芋虫が巻き付いたような姿になったジュアヴォが、フラフラと覚束ない足取りで降谷の方へ歩み寄った。見たところ、攻撃の手段を持たないジュアヴォに、降谷は怪訝な顔をする。そんな降谷へ、クリスから「避けろ!!」という声が飛ぶ。しかし、何を避ければよいのか見当のつかない降谷がクリスを見た。
いまいちどの方向へ避ければよいのか分からないでいる降谷の腕を、みょうじが後方へと勢いよく引く。そのままの勢いで二人揃ってコンテナの裏側に倒れ込んだ瞬間だった。

先ほどまで降谷が立っていたあたりから「バァン!!」という破裂音が響き渡った。
あの芋虫の形をしたジュアヴォは、変異してから一定時間経過すると体内で生成されるガスに自らの熱が引火し、勢いよく爆発するのだ。その爆発は手榴弾程度のもので、至近距離でまともに受けたら深刻なダメージになっただろう。

地面のコンクリートを抉り、味方もろとも吹き飛ばすその威力に、降谷は一筋の冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「助かりました」
「いえ、間に合ってよかったです」

怪我のない降谷の姿を見て、ホッとした表情を見せるみょうじ。だが、何かに気付いた彼女はすぐさま立ち上がり「待て!」と声を荒げた。降谷もそれを追いかける。先ほどの爆発によって生まれた隙を突き、売人が倉庫の出口に向かって走り出していたのだ。
ハードル走をするかのように軽々と障害物を飛び越えていくみょうじと降谷。売人は隙をついて逃げ出しはしたが、所詮は50代の男性。若い二人の追跡を振り切れるはずが無かった。
降谷とみょうじのイヤホンにクリスから「こちらの殲滅はまかせろ、売人を頼む」と通信が入ったことで、二人は更に加速して売人に追いついた。
呆気なく追いつかれてしまった売人だったが、その顔には未だに余裕の色が見え隠れしている。これはどうやら、更なる脅威を隠し持っているらしい。


降谷とみょうじは共に顔を見合わせ、売人に銃口を向けた。二人の背後に、巨大な男の影が迫っているとも知らずに―――





***

第4話 補足

【C-ウィルス】
Cの語源は「Chrysalid-ウィルス」 Chrysalid=サナギという意味。
T-ウィルスの元となった「始祖ウィルス」にt-VeronicaウィルスとG-ウィルスという二種のウィルスを掛け合わせて作られた。
このウィルスは特殊な性質を持ち、空気感染か直接的な投与かで変異する姿が変わる。空気感染ではゾンビ化し、投与することでジュアヴォと呼ばれるB.O.W.になる。感染者は肉体の変異が可能になり、変異の途中ではサナギ化し、その中でさらに激しい肉体変異を行うことができる。

【ジュアヴォ】
ヒトにC-ウィルスを直接投与した、新種のB.O.W.
肉体の耐久力の向上や、狂暴性の増加が見受けられる。しかし、人間の時の高度な知性や多少の自我が維持されるため、言語能力もあり、ジュアヴォ同士での連携も取れる。また、人間だったころの知識が残るため、銃などの複雑な武器を使ったり、軍用ヘリやバイクの運転や電子機器の操作、薬品調合など専門知識の必要な行動も可能。
変異前の姿は人間だったころとあまり変化がなく、唯一見分ける方法は顔に昆虫のような複眼が現れる。これを隠すため、彼らはマスクや布で顔を隠していることが多い。





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