詰め込み処


 五発目









「さて謀反人諸君、タコさんになる覚悟は良いかよ?」



死刑宣告のような言葉と共に、両手の骨をパキパキと鳴らしながら仁王立ちするおなまえ。
昨日中に自主的に手入れ部屋へと現れなかった刀剣達に、とうとう鉄槌が下される時が来たのだ。

彼等は「彼女を審神者とは認めない、そんな人間の霊力など要らない」そう言い、仲間の説得までも突っぱねていたようだ。
しかし、そんな言葉を尊重してくれるような優しい審神者など、ここには存在しない。
居るのは「逆らうやつは全員折る」というスタンスのスパルタ審神者のみ。

勧告に応じなかった和泉守兼定、山姥切国広、蜂須賀虎鉄、そして、頭上に疑問符をたっぷりと浮かべたへし切長谷部が、そこに居た。


「あ、あの、主、何故俺がこの場に」

無理やり自室から引きずり出された面々と共に、何故か正座させられている長谷部。
周りで見守っている刀剣達も「何で長谷部がそこに?」と首を傾げている。

「あ? テメーも昨日来なかっただろ」
「いえ! 俺は、怪我などしておりません、それに、謀反を企てようなどとも思っておりませんので、俺が伺っては貴方様に徒労をお掛けしてしまうのではと」

どうやら彼は、妙な意地を張って現れなかったわけではないようだ。
無傷状態の自分は手入れも必要ない、むしろ自分が手入れを受けに行っては、審神者が余計な力を使ってしまう。
そう、危惧した上で身を引いていたようだ。

訳を聞いてみれば、なんと主思いの刀剣なのだろうかと感じる長谷部の気遣い。
だが、悲しいかなその言い訳はおなまえには通用しなかったらしい。


「私、昨日言ったよな? 霊力流し込むのが目的だってよ。んで全員来いとも言ったよな。お前、それ守らねえで来なかったな」
「おお、俺は決してそんな、主に逆らおうなどとは」

必死に弁解する長谷部。
彼は既に本丸が浄化されたことで正気を取り戻していた一員だったようで、既に彼女を新たな主として認識していたようだ。

しかしこの本丸では、彼女の言葉こそが絶対的な法である。それは、彼女にしばき倒された者ならば身に染みている。
長谷部は、人知れず正気を取り戻したからか、その恐ろしさをいまいち理解していないらしい。

だが、流石にこのまま叩き折られてしまうのは哀れと言うもの。
誰しもがそう思っていたようで、見かねた小町がおずおずとおなまえへと声を掛ける。


「あのう、審神者さま、長谷部さんは一応、審神者さまの為を思ってのことでしたし、大目に見てあげてくださいませんか・・・?」

そんなフォローを受け、長谷部はむしろそれが恥であるかのような顔をする。
情けをかけられるくらいならば、甘んじて罰を受ける。彼ならばそう言いだすだろう。

「いえ・・・主命に背いたことは紛れもない事実・・・この不肖者を、煮るなり焼くなりご随意に」
「は? お前を煮ても焼いても、結局私がアチチッてなって終わりじゃねーか馬鹿か?」
「審神者さまそういうことじゃありませんよお!」

長谷部の言葉に、謎のコントを繰り広げるおなまえと小町。
するとおなまえは長谷部の顔をじっと見つめ「まあ・・・そういう事ならお前はいいや。コマさんに感謝しろよ」と言い放った。



「よ、宜しいのですか・・・」

煮るなり焼くなりとは言ったものの、彼女が怒っていないと分かるや否や明らかにほっと安堵の息を吐く長谷部。

長谷部の問いかけにひとつ頷いてから、おなまえはおもむろに長谷部の胸ぐらをつかみ、反対側の拳を硬く握り込む。
突然攻撃体勢を取り始めたおなまえに、長谷部も小町も、周りの刀剣達も言葉を失う。



「えっ・・・、え、主何を、待ってください、俺は従い、従いまっ、ブホッ」

ごっすり、と長谷部の頬にジャストミートする拳。
その端正な顔を歪ませながら、長谷部はゆっくりと床に身を投げた。


「長谷部さぁぁぁぁん! イヤー!! ご乱心なさらないでください、審神者さま〜!!」
「うっせえぞコマ」
「ハイ」

一睨みで小町を黙らせたおなまえは、驚愕と痛みで唖然と固まる長谷部に話しかける。


「お前、今度から私の言葉の裏を読み取るんじゃなくて、真意を読み取れよ」
「はっ・・・?」
「自分で考えて行動はいいけどさ、それが私の目的に沿ってなかったらどうすんの」

もっともらしいその言葉に、長谷部は自身が受けた拳の意味を悟ったようだ。

「畏まりました。主が下さったこの痛みを、常に教えと心得ます」
「は? 何で? お前、痛いがの好きっていう、そういうやつなの?」
「えっ?」
「ん?」

向かい合って疑問符を飛ばしあうおなまえと長谷部。
どうも、意思の疎通がうまく行っていないようだ。

二人を交互に見ていた小町だけが、ハッとした表情で会話の食い違いに気づいた。


「あの、差し出がましいこととは思いますけど、ご説明させてくださいね。長谷部さん、審神者さまが貴方をお殴りあそばしたのは、おそらく手入れするためでございます」
「えっ・・・手入れするために殴る・・・?」

通常手入れとは、傷を直すために行うものである。それは、全ての刀剣と全ての審神者に共通する認識だろう。
しかしこのおなまえは、あろうことか「手入れを行うために必要な傷を作る」という名目で、長谷部の横っ面を殴りぬいたのだ。

小町の解説に、長谷部は首をひねり、おなまえはうんうん、と頷いた。


「私の霊力を入れるには手入れが必要なんでしょ。手入れするには傷が必要じゃん」
「確かにそうですが・・・では、あの、先程の拳は、俺に対する罰ではなく?」
「はぁ? 罰ゥ? 私、さっき『お前はいいや』って言ったよな」

確かに言った。その上で殴られたので、長谷部は疑問符を浮かべていたのだ。

小町は次に、おなまえに対して長谷部の心境を説明した。
長谷部に・・・というか刀剣に「手入れするために傷を作る」という発想がなかったので、これを罰としての拳と受け取ったのだと。

おなまえは小町からそう説明されて、ようやく状況を理解したらしい。


「ああ、そういうことなの。別に、もういいっつったら良いんだよ」
「はっ・・・お、俺はまた、主の真意をお察しすることが出来ずに」
「精進しろよ。コマさんみたいに察せるように」
「わた、私はそんな、あのスイマセン」

解説し終わり、ほっとした表情の小町に刀剣達の視線が向く。
すると彼女は再び小さく縮こまり、申し訳なさそうに両手を振った。


「コマさんは良いぞー。あの気ん持ち悪ぃ狐みたいに説教くさくねーし、可愛いし、チビだし」
「まさか派遣されたこんのすけを、出会って五秒で即破壊されるとは思っていませんでした」

チビというのは果たして褒め言葉なのだろうか。当の小町はあっけらかんと気にしていないようだが。
どうやらこの審神者、各本丸に派遣される政府公認のナビゲーターこんのすけを、あろうことか一言二言交わしただけで破壊してしまったのだ。


「出会って五秒で即破壊って、なんかそんなAVあったよな。アッチは出会って五秒で即合体だったっけ」
「ちょっとやめっ、やめてくださいよぉ!」

突然振られた下ネタに、小町は冷や汗を流しながら顔を真っ赤にして叫ぶ。

その初心さに、多くの刀剣がこう思った。こいつ生娘だな、と。



「出会って五秒とかどんだけだよって思うよね。普通に痛いっつの。あ、もしかして予め慣らしといたとか? 痴女なら有り得る」
「やーめーてーーー!!」

耳に手を当てながら「あーあー聞こえない聞こえない!」と大声を上げる小町。
頬を見事に染め上げてそっぽを向く彼女の姿に、なんだかほんわかとした空気が広がっていく。

先程まで鋭く刀剣達を睨みつけていたおなまえも、愉しそうに小町を眺めているのだ。


ずっと様子を静観していた刀剣達も、これで穏便に事が運ぶ。と安心したように笑みを見せた。





「さて、じゃあ全員両手両足出せな。順番に叩き折る」

そう言いながら、ロッドを構えて立ちはだかるおなまえ。

その顔はまるで怒りなど浮かんでおらず、まるで「給食配るから並びな」とでも呼びかけていそうな顔だ。
心配そうに和泉守を見守っていた堀川が、おなまえを凝視しながら顔を引きつらせる。


「えっ・・・だって、えっ、主さん、今・・・」
「ん?」
「兼さんたちのこと、許したんじゃ」
「許すっていうか、昨日叩き折るって言ったじゃん。私、嘘つくの嫌いなんだよ」

昨日の言葉を嘘にしたくないから、とりあえず叩き折っておくか。そういうことなのだろう。
勿論主命に逆らった事へのペナルティもあるだろうが、どちらにせよ叩き折られる側からすればたまったものではない。

おなまえの前に座らされていた三振りは、すっかりおびえた様子で彼女を見上げている。
既に、彼女をどうにかしてやろうなどという意思も消え去っているように見受けられる。



そんな彼らを哀れに思ったのか、静観していた刀剣がおなまえへと声を掛けた。


「まあまあ、主」

そう言っておなまえへと歩み寄ったのは、石切丸。昨日、彼女にこっぴどくやられた傷も綺麗に直っている。
しかし、ギロリと音の鳴りそうなほどに睨み上げられ「あ?」と不機嫌そうな声を聞いた瞬間、彼は自身の男の象徴付近に「ひゅん」としたすくみ上るような感覚が蘇った。

そのまま言葉に詰まった石切丸に代わり、今度は獅子王と鶯丸が、彼女の背後から近づき、その肩に手を乗せた。


「落ち着いてくれよ、あいつらも反省してるって!」
「そうだ、茶でも飲まないか?」


だが、その瞬間だった。

おなまえの腕が二人の頭を掴み、そのまま腕力を唸らせ、自身の正面でガツン、と激突させたのだ。

勿論その鈍く痛々しい音は、目の前の二振りから鳴ったもの。
獅子王と鶯丸は、揃って「うおおお・・・」と唸りながら、床の上をのた打ち回った。


「勝手に私の後ろに立ってんじゃねーよ」
「審神者さまはゴルゴか何かですか」

背後に立つ者は倒す。まだ「殺す」じゃないだけマシだと感じている刀剣達は、既にこの審神者のペースに慣れつつある。

「私の後ろに居ていいのはコマさんだけだ」
「えっ、あっ・・・ふ、不覚にもときめいた!」

ポッと頬を桃色に染めながら、限りなく平たい胸元を押さえて小町は呟く。
そんな可愛らしい彼女をからかうように、おなまえはニヤリと人相の悪い笑みを浮かべた。

「コマさん何を胸押さえてんの。その絶壁、何も入ってないでしょ」
「キイィーっ!! なんてこと言うんですか! 審神者さまの・・・さ、審神者さまの、ミサイル!!」
「あ? 私の何がミサイルだ?」

ブニィ、と両頬を指で挟みこまれる小町。
頬の柔らかい肉が中央に寄り、女性にさせるには少々可哀想な顔に成り果てている。

「あうぅ・・・審神者さまの輝く握りこぶしが飛ぶ様は、さながらミサイルのごとしでふぅ・・・」
「よーし」


小町とじゃれ合いながらも、おなまえは怯え切って大人しくなった刀剣を手入れ部屋へと引き摺って行く。

ちなみにこの際、件の三振りがボキボキのグニャグニャにされたかどうかは、この本丸に住む刀剣と小町のみが知る事となる。







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