詰め込み処


 一発目








壊れゆく歴史を守るために設立された、時の政府。
彼等は様々な場所から、敵勢力と戦うための戦力である「審神者」なるものを集めていた。

そして、ここでもまた一人。
新たな審神者となる一人の女性が、お供を引き連れてとある本丸へとやって来ていた。




「あのさぁコマさん、なんかここボロくない?」

低くドスの利いた声で、隣の女性に話しかける彼女。
身長は170p近くだろうか、女性にしてみるとかなり大柄な方だろう。
ギロリと音のつきそうな三白眼で、鋭く眼前の本丸を睨みつけている。

そんな彼女の隣には、もう一人小柄な女性が身を縮めて立っていた。


「で、ですから、先月お話したように、ここはブラック本丸と呼ばれる場所で・・・」

コマさん、と呼ばれたその女性。
彼女は時の政府に身を置く一人で、数人の審神者を束ねてサポートする、通称「担当」と呼ばれる役人だ。
通し名は、小町。小柄で素朴な外見をした彼女にピッタリの名なのだが、当の審神者にはコマさんなどという仇名を付けられているようだ。








三ヶ月前。審神者としての潜在能力を見出された女性をスカウトしてきて欲しい。
そう、上司から言われたのが、このコマさんの運の尽きだったのかもしれない。

押しに弱く、前々から一癖も二癖もある審神者ばかりを押し付けられてきた小町。
そんな彼女に舞い込んだスカウトの指令。
彼女は「こんどこそまともな審神者さまと、一緒に仕事ができるんだ」と希望に満ち溢れた目でスカウトに向かった。


向かった先は、無駄に広い空き地だった。
指定されたその場所に訪れると、そこはけたたましい程の轟音で満ち溢れていた。

「うわっ・・・」

ドドドド、パラパラ、ブオォン、と様々な音が響くその空き地。
そこには、特攻服やら何やらを身に纏った若い男女が、自身でカスタムしたであろうバイクに跨って大集合していたのだ。

小町は一目見て、彼らの属するジャンルが何なのか分かった。暴走族だ、と。
人の迷惑を顧みず、好き勝手に暴れまくり、チーム同士で敵対したり、気の合う仲間を集めたり。
ここはそんな活動の拠点にされているのだろう。


色とりどりの特攻服の中に、一人ぽつんとスーツ姿の女性が現れた瞬間から、それは見事に目立っていた。
只でさえ小心者の小町は、こんな状況下で「ああ、私は今ここで死ぬのか」などと勝手に走馬灯を見ているらしい。

明らかに淑やかではなさそうな女性数人に囲まれた小町。
彼女が両親に先立つ不孝を詫びているちょうどその時、轟音の中心部に一人の女性が現れた。


「おめーら、小っちゃい女の子苛めてんじゃないよ」
「姉御!」
「ウッス! 姉御、お久しぶりっス!」

ガツガツと乱暴にヒールを打ち鳴らしながら歩くその女性。
彼女は周り中から呼びかけられる声に返事をしながら、小町のすぐ前に立ちはだかる。
現実逃避していた小町は我に返り、己に助け船を出してくれた彼女を見ようと顔を上げた。

だが、何かが視界を遮り、彼女の顔を見ることができない。


「え・・・なん・・・なにが、あ、おっぱい・・・?」

何を錯乱しているのか、小町は自身の視界を妨げるものの正体を口にする。
それは確かに、女性の胸元に下がるふたつの球体だった。
ぽよんと柔らかそうなそれは、実に元気の良い角度をしていたのだ。

加えて、145cmほどしか身長の無い小町と、靴のヒールを含めて175cm以上は確実にあるだろうその女性。
同じ性別なのに、身長差はおよそ30cm。小町の目線には、丁度彼女の胸元が位置しているくらいなのだ。


「いきなりおっぱいって・・・」
「えっ、あ、スミマセン!」

一歩下がり、その女性の顔を改めて見る小町。

ギラリと鋭い三白眼に、短く剃られた上向きの眉毛。
黒いストレートの髪は高い所で束ねてあり、所々に剃り込みが入っている。

先程の挨拶といい、彼女は救世主などではなく、間違いなくここのいる人種と同じ人間だった。


だが、彼女の顔を目視した小町は、腕に何とか抱えていた書類を確認する。
そこにあったスカウト用の書類、そこに、確かに彼女の顔写真が載っているのだ。

「あっ・・・! あの、私、あなたを探しに来たんです!!」

心臓をばくばくと跳ねあがらせながら必死に語りかける小町に、怪訝そうな顔をしながらも黙って話を聞いているその女性。

この人は意外に優しい人なのかもしれない・・・雨の日に捨て犬を助けるヤンキーのように・・・
そんな淡い期待を心の支えにし、小町はその女性を何とか説き伏せることに成功したのであった。








それから三ヶ月がたった今日。
ついに彼女が審神者として行動を開始する、晴れやかな日になるはずだった。


「いや、そんな一ヶ月前の話とか覚えてねーわ」
「覚えててくださいよう! 審神者さまの一生がかかっているんですよ!?」

これまで、人格に難有り・性癖に難有り・対人能力に難有りといった問題児と呼ばれる審神者ばかりを押し付けられてきた小町。
彼女も性格に少々難はあるが、ようやくまともに話せて、戦場でも怯むことなく戦ってくれそうな人なのだ。
そんな彼女をみすみす死なせてなるものか。と、この三ヶ月間の間、小町は散々注意を促していた。


その結果が、これである。


「いやまあ、なんとかなるしょ」
「なんとかなったら死人なんて出ません! あ、間違えた、殉職者です」
「コマさん死人っつったろ今」


この本丸は、過去に二人も審神者が殉職した場所だ。
先代とその前の審神者が何をしたのか、詳しい内容は明らかになっていない。
もしくは、明らかになってはいても、末端の役人である小町まで情報が来ていないだけかもしれない。

兎も角、その本丸をどうにか立て直し、荒ぶっている刀剣男士たちを鎮めてくれと。
そんな厄介な任命を受けてしまったのだ。


「今ここには強固な結界が張ってあり、中に刀剣男士が閉じ込められています。結界を解いたら、最悪中の数十人が一斉攻撃してくるかもしれない・・・」
「へえ」

だから慎重に。小町がそう続けようとした瞬間だった。
痛んだ門に手を当てていたおなまえが、その結界とやらに触れたらしい。
パキパキ、と薄い氷が割れて行くような音が響いたと思うと、本丸から黒い靄のようなものが一気に湧きはじめたのだ。

「うわっ、なにアレ臭そう」
「何で壊したんですか! 危ないって言ったのに! 言ったのに!!」
「触っただけだよ」
「あのですねぇ! 政府の役人が張った結界ですよ!? 霊力なんてよわよわなんです、もろもろのぐずぐずなんです! それを、審神者さまの中でもアホみたいに力の強い貴女が触れたら、どうなるか分かるでしょう!」
「こうなった」

半泣きどころではなく、もうガン泣きである。
小町はおなまえの腕にしがみ付きながら、ワァワァと泣き声を上げていた。

「・・・もうおしまいだ・・・私は半ば荒御霊と化した刀剣男士にズタズタにされるんだ・・・」
「あらみたま? 悪霊みたいなモン?」
「貴女いったい三ヵ月間何してたんですか?」

事の重大さがわかっていないのか、彼女の生来の性格なのか。
おなまえは小町に合図すると、勝手に本丸の中へと踏み込んでいく。


「待ってえぇ! 置いてかないで! これ、ここにっ・・・鞄の中にブラック本丸遭遇時対策マニュアルがあるからっ・・・それで予習してから・・・」

小町の悲痛な叫びも空しく、おなまえはずかずかと土足で建物内に入ってしまう。
守り護符を身に付けているとはいえ、只の人間である小町が、こんな邪気の中で審神者と離れることはあまり宜しくは無い。
彼女は震える手で「ブラック本丸遭遇時対策マニュアル」と書かれた紙束を掴み、泣きながらおなまえの背を追いかけた。





「まず刀剣男士に会ったら・・・こちらに敵意が無いことを伝えましょう・・・そして・・・出来る限り刺激しないよう・・・」
「オイ!! 誰か居るんだろうが! コソコソ逃げ回ってねえで出てきやがれ!!」
「刺激しないようにって言ってんでしょ!!」

腹の底から大声を出して刀剣男士を呼び寄せるおなまえと、そんな彼女を裏返った叫び声で止める小町。
小町は既にガチ泣きすら通り越し、鼻水は垂れるわマスカラは溶けるわと、まさに大号泣だ。

対極的な二人の女性が、ギィギィと嫌な音を立てる床板の上を歩く。
すると、正面の通路からも同じような音が近づいてくるのだ。
先程から狂ったようにマニュアルをめくっている小町も、顔面蒼白といった様子で動きを止める。


二人の目前にゆったりと姿を現した人影。
和服を身に纏ったその青年は、紺色の髪を揺らしながら妖しく笑みを浮かべていた。


「みっ・・・三日月、宗近・・・よ、よ、要注意刀剣男士第一位の三条派・・・」
「ほう? 俺を知っているか」
「マニュアル・・・三日月宗近に遭遇した時の・・・行動・・・」

表情をピクリとも動かさず、ただ三日月宗近とにらみ合うおなまえ。
不気味なほどに静まりかえったその空間で、小町がぐしゃぐしゃの紙束を捲る音だけが響く。



その膠着した空気が、突如動いた。
おなまえが、三日月宗近の胸ぐらを捕まえたのだ。
蛇のように素早く伸びてきた腕に、三日月はハッと目を見開く。が、彼が身を翻すよりも先に、襟元を彼女の手が捉える。

「てめーがここの親玉か?」
「審神者さま・・・どうか刺激しないで・・・マニュアル見て・・・ねっ、ここの一行だけでいいから見て・・・!」
「コソコソとゴキブリみてえに逃げ回ってねェで、全員出して来なよ。どっか広い所で殺り合った方が、手っ取り早いんじゃない」
「マ ニュ ア ル ウゥ!!」
「うっせえぞコマ!!!」

ぼろぼろと大粒の涙と鼻水を垂らしながら、小町はおなまえへと縋り付く。
それに気を取られたおなまえは、三日月に向けていた意識を小町へと向けてしまった。

三日月はその隙を見逃すほど、弱くは無かった。
太刀だと言うのに瞬きの間に素早く抜刀し、おなまえの腕目がけて刃を振るう。



ガギィン!と硬質な音が響く。

金属同士がぶつかり合うその音に、三日月は不可解な顔をした。
確かに彼の刃は、おなまえの腕を真っ直ぐに捉えている。
某ウルヴァリンよろしく、骨が超合金に挿げ替えられていない限り、こんな音がするはずもない。


一瞬、驚いた顔で抜身の刀を見ていたおなまえだったが、なんとも意地の悪い顔でニタリと笑う。

「びっくりした? 手甲ってやつなんだけどさぁ、これがもう重いわ分厚いわって」
「手甲か。いやはや、おまえのような女子が、そのように物騒な物を身に付けるべきではないぞ」
「生身のまま来てたら、今頃片腕がアダムスファミリーだっつの」

吐き捨てるように言ったおなまえは、懐から自身の武器を取り出す。
短い棒のようなそれを勢いよく振ると、中に収納されていた金属部分がシャキン、と飛び出す。ある程度太さのあるそれは、ロッドだった。
そのロッドを、躊躇いなく三日月の鼻っ面目がけて振るう。

三日月も喰らってはたまるか、と避けるが、この狭い通路では小回りの利くおなまえの方が断然有利であった。
これが短刀や脇差相手であればそうもいかなかっただろうが、相手が刃渡りの長い太刀であった以上、おなまえは負けるつもりなどさらさら無い。

そもそも、彼女の辞典に「負け」の二文字があるかどうかも謎だが。



ガン、ギィン、と鈍い音が何度も響く。
刀の刃に対して横殴りに薙ぐようにロッドを振るうおなまえに、三日月は何やら嫌なものを感じたらしい。
ハッとした顔で数歩後ずさり、自身の持つ刀の刃を指で撫でた。


「お前らってさ、その刀が本体なんだって?」
「・・・少しは学んできたらしいな」
「じゃあ、刀折ったらどうなんの? お前の上半身が後ろ向き直角体勢になるってこと? それとも上下に分断される? 都市伝説でそんなやつあったなぁ」
「試してみたらどうだ」

三日月の煽るような文句に、おなまえは再びニヤリと笑みを浮かべる。
そして、一歩踏み出したかと思えば、すぐ隣にあった襖を力の限り蹴り飛ばしたのだ。


「がふっ」
「新キャラみーっけた」

襖の向こう側に潜んでいたであろうその少年は、おそらく絶好のタイミングで奇襲を仕掛けようとしていたのだろう。
細い体躯をした、黒髪の少年。手に握っている刀の刀身は細く、三日月のそれよりも大分短い。

「コマ、これ誰」
「えええ、えっと、その刀剣男士さんは、あっ・・・堀川国広です!」

地に伏せる少年を一瞥したおなまえは、通路の隅でしゃがみ込んでいた小町に名を訪ねる。

「へぇ、脇差。細かったから、思った以上にぶっ飛んじった」

奇襲が失敗したことよりも、偵察能力の高い脇差を出し抜き先手を打たれた事が驚きなのだろう。
三日月は床に倒れ込んだまま動かない堀川を、茫然と見つめていた。


「お前、何よそ見してんの?」

おなまえは三日月にそう話しかける。
我に返った三日月が彼女を視界に入れるが、そんな反応ではもう遅い。

開いていた左手に何かを握ったおなまえが、勢いよくその腕を振った。


新手の武器か。そう判断した三日月は、咄嗟に刀を構えて攻撃を防ぐ。
構えた刀身に、何かがぶつかる衝撃はするものの、それは思っていたよりもずっと弱い。
未だ相手の武器がなんなのかも把握できていない三日月は、その手元を一目見ようと目を見開いた。

その瞬間、頬のあたりをとてつもない衝撃が襲う。
頭全体をゆすぶられるかのような感覚に合わせ、体ごとバランスを失っていく。

ドタァン!と音を立てながら、三日月の体は床板に打ちつけられた。


「あれェ、どうしたのかなぁ。お月さまが地面におっこっちゃったねー、不思議だねー」

上から思い切り煽りかけるおなまえの腕に握られた武器。
それは、極太の鎖に繋がれた大きな錠前だった。

刀身に当たったのは鎖の部分のみ。そこを起点にして、錠前が三日月の顔面目がけて飛んで行ったのだろう。
それをもろに喰らった三日月の顔は痛々しくはれ上がり、白い肌に鼻血が垂れていた。


「悪ぃね。イケメンと戦う時は顔をやれって、兄さんに教わったんだよ」
「ぐっ・・・」
「とりあえず、お前とさっきの細い子は負けだね。敗者は大人しく私に従えよ」

くらくらと揺れる頭、薄れていく意識。
三日月は己に伸びてくる腕を振り払う気力も残っていなかった。


「良い子にしてないと廃品回収に出しちゃうぞ〜」
「審神者さま、それ、国宝です」
「まじか。賠償金いくら?」
「とりあえず、審神者さまのお給金ではとても払えませんよ。マジですからね」

三日月の意識がブラックアウトする直前。
彼女らはそんな、緊張感のかけらもない会話を繰り広げていた。







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