FF夢


 6-13




ケット・シーの協力のおかげで、私たちは無事に古代種の神殿から脱出することができた。

外から神殿を見守っていると、次第に神殿がその姿を変えていく。ゴゴゴ…と地響きがしたと思うと、神殿の周りに黒いモヤのようなものが広がり始める。
そのモヤがどんどん濃くなっていき、そしてみるみる内に神殿ごと圧縮されていくのだ。
地響きが収まる頃には、神殿は跡形も無く姿を消していた。

神殿があった場所にはぽっかりと深い穴が開いており、十数メートル下った先の地面に何かキラリと光るものが落ちていた。

「あれが…」
「黒マテリア、ね」

クラウドとエアリスがそう呟くと、2人はするすると穴の中へと降り始めた。
私は2人ほど身軽にこの絶壁を降りていける気がしなかったので、退路の確保という名目で地上に残らせてもらった。
クラウドは地面に転がっている黒い球体を手に取り、大切そうに仕舞った。確かここでは、クラウドがエアリスに「黒マテリアはどうやって使うのか」という疑問を投げかけているところだったか。
黒マテリアには究極魔法・メテオの力が込められているが、その魔法を発動させるためには大量の精神エネルギーを必要とする。
なにせ、地球めがけて辺りの星を引き寄せるのだ。引き寄せるものが大きければ大きいほど、莫大な引力が必要不可欠だ。人間では到底賄いきれないコスト、それを解決するためにセフィロスは精神エネルギーが大量に放出されている「約束の地」を捜し求めているのだ。

穴のそこでクラウドとエアリスが話し込んでいるその時、私の背後から突然「クク…」という笑い声が聞こえた。

「ギャア!」

不意を突かれ、つい叫び声を上げながら振り返る。振り返った先にはニヤリと笑みを浮かべたセフィロスが佇んでいた。
正確には、これも今までに出会ったのと同じ、ジェノバがセフィロスの姿を模倣している物体に過ぎないが、頭で理解していても心臓に悪い。
穴の底からは私の叫び声に反応したクラウドとエアリスがこちらを見上げている。

「セフィロス!」
「大変…奈々、気をつけて!」

エアリスがそう呼びかけてくれたので、一応ポーズとして剣を構える。
確か、この時のセフィロスは攻撃をして来なかった筈。その記憶通り、セフィロスの攻撃の意思は無いようだ。

この場での彼の目的は他にある。
クラウドに呼びかけ、セフィロス・コピーとしての意識を強めること。
そして何より…今しがた私たちが手に入れた黒マテリアを奪うことだ。
セフィロスは「黒マテリアを使うためのエネルギーは既に見つけた」と言いながら、クラウドへと近づく。そして「さぁ、目を覚ませ」と呼びかけたのだ。

するとクラウドの様子が明らかにおかしくなった。先ほど、古代種の神殿の中で自我を失った時のように頭を抱え、ヨロヨロとセフィロスの方へとにじり寄っていく。

「クラウド…!?」

エアリスがクラウドの名前を呼ぶが、彼はもうその声には反応を示さなかった。
やはり、ジェノバを目の前にして彼の中のジェノバ細胞が抗うことを許さないのだろう。
私やエアリスの制止もむなしく、クラウドはようやく手に入れた黒マテリアをセフィロスに手渡してしまったのだ。

「ご苦労」

セフィロスはそれだけ言うと、北の方角に向かって飛び去っていった。
流石にこの状況下でエアリスをクラウドと2人きりにはできない。と、私は心臓をバクバク言わせながらも岩肌を降りた。
半分滑り落ちるようにして穴の中へとたどり着くと、クラウドがようやく口を開いた。

「クラウド、大丈夫?」
「俺は…セフィロスに…黒マテリアを…?」

彼は、自分が何をしたのか理解できていない様子だった。

「一体何を…教えてくれ、俺は何をしたんだ」!」

混乱するのも無理はない。セフィロスの野望を阻止すべくここまでやってきたのに、その鍵となる黒マテリアを自分から渡してしまったのだから。
私もエアリスもどう声をかけていいのかが分からず「クラウドは悪くない」と伝えるので精一杯だった。

クラウドは「俺は…俺は!!」とうわ言を放ちながら、酷くうろたえ始めた。
彼を宥めようと私が一歩あゆみ寄ると、錯乱したクラウドが反射的に私の首を正面から掴み、私の体ごと勢い良く地面に叩きつけた。
頭からお尻まで、体の背面全域を強い衝撃が駆け抜ける。息が詰まり、一瞬にして視界が白く染まりかけた。
遠くなりそうな意識を何とか堪えていると、遠くの方でエアリスが「クラウド! やめて!!」と叫んでいるのが聞こえた。

「俺は違う! クラウドじゃない! 僕はクラウドだ! ちがう、俺じゃない!」

支離滅裂なことを叫びながら私に殴りかかってくるクラウド。正直、馬乗りされてしまうと女の私には成す術もない。
無抵抗のまま殴られ続けるしかない状況に、いよいよ命の危機さえ感じてきた。
体中に激痛が走り、そろそろ意識も持っていかれそうだな…とどこか他人事のようにぼんやりと考えている時だった。地上の方で他の皆と待機していたヴィンセントが、騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたようだ。
視界に赤い布がチラついたかと思うと、上に馬乗りになっていたクラウドがあっという間に姿を消した。

「奈々! 奈々、大丈夫!? 回復、すぐにするから、待ってて!」

ぼろぼろと涙を流すエアリスが、私の手を握って語りかけてくれる。その声のおかげでなんとか意識を保ち、目を開くことができた。
口の中も鼻の中も血生臭いにおいで満ちているし、目の中に血液が入っているようで視界も悪い。
喉のほうに溜まっていた血が少し気管に入り込んでしまったらしい。呼吸をしようとするとゲホゲホと咳き込んでしまう。

「気道を確保したい、一度起こすぞ」

ヴィンセントが私のことを抱かかえるようにして支えてくれる。私はヴィンセントに寄りかかることで、ようやく上体を起こすことができるようになった。
しばらく必死に咳き込んで、呼吸を邪魔していた血液が排出される頃。エアリスの回復魔法が効いてきたようで、体の痛みがだいぶ引いていた。

「話せるか?」
「う、げほ、うん…なんとか。クラウドは? 大丈夫?」
「壁に向かって放り投げた。今は気を失っている」

ヴィンセントの視線の向こうに目をやると、少し離れた場所でぐったりと岩壁にもたれかかっているクラウドを見つけた。

「それよりも、まず自分の心配をしたらどうだ」
「そうよ、他に痛いところ、ない?」
「うん、2人ともありがとう。大丈夫だよ」

心配させまいとにっこり笑って見せたが、どうやらそれは逆効果だったらしい。エアリスもヴィンセントも不満げに顔をしかめた。

「平気だとお前は言うが…一般的に、顔中から血を流している人間を”平気”とは言わん」
「エアリスが回復してくれたから、本当に大丈夫だよ。血さえ綺麗に拭ければ…」

確かに彼の言うとおり、私も顔中から血を流した人に「大丈夫です!」と言われたところで絶対に信じない。
とにかく、皆に心配をかけないためにも一刻も早くこの悲惨な顔面を洗いたいなぁ、と思った。


とりあえずではあるが、私たちはクラウドの意識が回復するまで最寄のゴンガガに身を寄せることにした。
仲間たちと合流したはいいが、顔中が血でデロデロな私を見た時のドン引きの表情は少しだけトラウマになった。


だが、ユフィが「だいじょーぶ? ホントに全部ケガ治ってる? 他に痛いトコは? アタシがおんぶしてやろーか?」と優しい質問攻めにしてきた事で、私の心が少し癒された。やはり根がいい子である。





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