5-22
私は、結局透明なマテリアの正体が何なのかもわからず、少々拍子抜けした状態でブーゲンハーゲン様の自宅を後にした。
確かこの後はみんなコスモキャンドルの周りに集まっていたはず、と記憶を掘り起こしながら歩く。
村の中心部に位置する大きな焚火の周りには、記憶と違わず仲間たちが円を作って集まっていた。
・・・が、思っていたよりもその表情は重い。
これは話の腰を折って話しかけるのも、気が引ける。と思うくらいに深刻な空気だったのだ。
声を掛けそびれていると、ナナキとクラウドが話す声が聞こえてきた。
「オイラはあいつを父親とは思わないよ」
父親・・・セトのことだろうか。
不機嫌そうな顔でそう言うナナキに、クラウドも疑問符を浮かべている。
「やはり、父親が許せんか」
私の背後から聞こえる声。
それは先ほどまで会話をしていた人、ブーゲンハーゲン様のものだった。
ナナキはその言葉を聞き、キッと目をすがめながらきつい口調で言い返した。
「当たり前だよ。ここにギ族が攻めてきた時、あいつは何してた? 谷の人や母さんを見捨てて、一人で逃げ出してたんだ!」
ブーゲンハーゲン様は怒りを滲ませるナナキを見つめ、そしてため息と共に言い放った。
「ナナキよ、お前に見せたいものがある。少々危険が伴う場所じゃから、何人か仲間も連れて来るがよい」
彼はそれだけ言い放つと、ふわふわ浮かびながら建物の方へと戻っていく。
ナナキはポカンと呆気にとられていたが、こちらを見ながらおずおずと言った。
「・・・奈々、一緒に来てくれる? それと、クラウドも」
私がナナキからの指名を断る筈も無く、一つ返事で快諾して歩き出す。
クラウドも同様に、一度頷いてから仲間に「行ってくる」と言い、立ち上がった。
***
コスモキャニオンの岩肌を削って造られた建造物。
その中を歩いて行くと、一枚の大きな鉄製の扉があった。
おそらくこれは、ギ族の洞窟へと続く扉だろう。
「さてと」
ブーゲンハーゲン様は、壁に付けられている非常ボタンのようなスイッチを押す。
すると、分厚い扉が音を立てながら上へとスライドしたのだ。
中からはかび臭く生暖かい空気が流れてくる。
端的に言ってしまえば、こんな不気味な所に入るのは遠慮したいところなのだが。
「ほれ、行った行った」
横に立っているブーゲンハーゲン様が私達を急かす。
「あれ? じっちゃんは入らないの?」
「ワシは後ろをついて行くよ。まさかこのじじいに戦わせるつもりでもあるまい?」
もちろんこんな、足場も悪くモンスターだらけの危険な洞窟で、ご老人に先頭を切らせるつもりは無い。
もっとも、ブーゲンハーゲン様に足場の良し悪しはさほど関係無さそうではあるが。
クラウドを先頭に、私、ナナキ、そしてブーゲンハーゲン様が洞窟の中へと進む。
入り口から続く長い梯子を降りると、あたりはだいぶ雰囲気が変わっていた。
緑がかった毒々しい岩肌。ぬめりけがあり歩きにくい地面。
赤く乾いた風土が特徴のコスモキャニオンとは思えない風景だ。
「不気味なところだね」
「ああ、まったくだ」
「ここは、昔コスモキャニオンを襲ったギ族という者たちが眠る場所じゃ。こやつらは亡霊になった今でも、怨念だけを抱いて彷徨っているのじゃよ」
私達の話し声が洞窟内で反響し、水の滴る音と共に返ってくる。
「奈々、クラウド、気を付けてね。やつらは毒を使うんだ。みんな石にされちゃうよ」
ナナキの忠告の言葉に頷いたその時、数歩前の方でガラリと何かが崩れる音が響く。
「ん?」
「クラウド・・・今何か蹴っ飛ばしたでしょ」
「ああ・・・何か、石が積んであったな」
クラウドの足元には、いくつかのいびつな石が転がっている。
積み石を崩すというのは、日本人の感覚からするとあまり良い事ではない。
その感覚が的中するかのように、その石から霧のような何かがぶわりと広がった。
「一体何なんだ?」
「あの姿は・・・ギ族じゃ・・・」
霧のようなものは次第にその姿を露わにする。
骸骨のように細い体に、ボロ布を纏ったそのモンスター――ギ族の亡霊がそこに浮かんでいた。
「構えろ!」
「ブーゲンハーゲン様は下がってください」
「うむ、頼むぞ」
クラウドとナナキが前線に、私は後列に下がってブーゲンハーゲン様を背にかばう。
「少し、数が多いな」
「グルルル・・・早く倒さないと囲まれちゃうよ」
クラウドやナナキの言うとおり、亡霊はいつの間にか4体にまで増えている。
クラウドよりも背丈のある亡霊が並ぶと、かなり威圧的だ。
ギ族の亡霊が手に持つ槍をこちらへと向けると、クラウドはその槍先を剣で弾き返して反撃する。
ナナキの話によるとギ族は石化毒を使うらしいが、ゲーム同様に金の針で治るものなのだろうか。
・・・もしもそうでなければ、ギ族の攻撃は一撃たりとも受けないで戦闘を終えたいところだ。
「しょうがない、毎回恒例の全体化ケアルラで一気に片付ける!」
「こいつらも回復魔法が有効なモンスターか」
「そう! とどめを刺しきれなかった分は頼むよー!」
クラウドとナナキに一言告げてから、かいふくマテリアに魔力を込める。
そのまま手を前にかざすと、ギ族の亡霊たちに向かって紫色の光が放たれた。
まるでその光に浄化されるように、声にならない断末魔を上げて消えゆく亡霊。
2匹はそのまま消えたが、もう半分はかろうじて消えずに居る。
だが、クラウドとナナキの電光石火の一撃によって、残りの二匹も早々に消え失せた。
「思ったよりも早く片付いたな」
「まぁ、そうだけど・・・クラウドは足元注意で進もうね」
「わ、わかった」
少しジト目でクラウドを見ると、彼はばつの悪い顔で頬を掻く。
ナナキと共に「やれやれ」と目を合わせつつ、再び私たちは歩き出した。
ガララッ
そんな、聞きたくもない音がしたのは、もしかすると私の足元か。
予想通り、私のすぐ後ろから何だかよからぬ気配がする。
「・・・・・・奈々、足元注意じゃなかったか?」
「ごめん」
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