5-17
私達が合流した時には既に、バレットとダインの戦いが終わろうとしていた。
両者ともに怪我を負い、まさに満身創痍で対面している。
先程まで銃撃戦が行われていたからか、あたりには濃い土煙が舞い上がっている。
視界の悪い荒野の片隅で、バレットの声が静かに響いた。
「ダイン・・・俺達は、こんな形でしか決着をつけられなかったのか?」
バレットがそう問いかけると、ダインは血で汚れた顔に薄く笑みを浮かべる。
「言ったはずだ。俺は全てを壊してしまいたいんだってな」
そしてダインは、何かを諦めたような顔をして「俺自身もだ」と続けた。
以前この場所で出会った時は、ここまで自我を失ってはいなかった。
バレットの存在が、ダインの心を揺さぶったのか。それともただ単に、時間が彼の心を変えてしまったのか。
それを見分けるだけの目を、私は持ってはいなかった。
「全部壊すだと? マリンはどうなる!」
「バレット、考えてみろ。マリンが最後に俺と居た時・・・あの子は何歳だった?」
ダインの言うとおり、彼とマリンが最後に一緒に居た時の記憶など、彼女には無いだろう。今更父親だと言っても、幼いマリンに混乱を与えるだけだ。
「それにな、俺の汚れた手じゃあ・・・あの子は抱いてやれねえ」
ダインは己の手を見つめながら呟く。
炭鉱夫だったころに染みついたであろう、石炭の黒い汚れ。その上に、赤黒い血染みがこびり付いていた。
その指で胸元を探ったダインは、きらりと光るペンダントを取り出し、バレットへと投げつける。
「マリンに渡してくれ。エレノアの・・・女房の形見だ」
息が荒くなってきたダインが、足をずるずると引き摺りながら宙を見つめる。
「そうか・・・あの子が、もう4つか・・・」
ダインは苦しそうだったが、どこか安らかな表情でもあった。
ロケットを返さなければいけないのに。
私には、この2人の会話に口を挟むことは出来なかった。手の中に握りしめたロケットが、じわりと体温と馴染んでいく。
私やクラウド達が口をつぐんでいるうちに、ダインは動かない足を引き摺り、崖の方へと歩いて行く。
「ダイン!!」
バレットの制止もむなしく、ダインは空から差し込む光を浴びて両腕を広げた。
すぐ後ろには断崖絶壁。先の物語を知らない人にも、これから何が起こるのかは容易に予想ができるだろう。
彼の視線がこちらへと向いた、この瞬間しかない。
そう思った私は、彼から見えるように腕を高く上げ、ロケットを掲げた。
陽の光を受けてキラリと光るロケットに、一瞬だけダインの目が向けられる。ただ、突然手を上げた私を反射的に見ただけかもしれない。
それでも、私の目には、彼がゆるりと微笑みを浮かべたように見えた。
音も立てず静かに落ちて行くダインと、そんな彼を止めきれず、その場に崩れ落ちるバレット。
「俺も同じなんだよ・・・俺の手だって、こんなに汚れちまってる・・・」
彼は地面にひれ伏し、生身のほうの手を強く握りしめた。
コレルに吹く強い風が、土煙も、血と硝煙のかおりも、バレットの叫ぶ声さえも、どこかへ運んでしまうような気がした。
***
バレットはあれから、すぐに立ち上がって私達の元へと戻って来てくれた。
頬に涙の痕を残しているくせに、何事も無かったかのような顔をして。
彼自身、態度で示しているのだろう。今は悲しみに暮れる時ではない、と。
私達もその意思をくみ取り、何も言わずに歩き始める。
そして今、私達はコレルプリズンから出るためのチョコボレースに参加すべく、交渉をしている最中だった。
「上へ行けるレーサーは一人だけだ。自分たちで選びな」
仲介役であるコーツという男がそう告げた瞬間、皆の視線が私に集まる。
まぁ、薄々は覚悟していた。
この中で一番チョコボに慣れているのは、間違いなく私だ。
今回は以前と違い、ゴールドソーサー側が用意するチョコボで走らなければならないが、大丈夫だろうか。
そう考えていると、コーツがまじまじと私の顔を覗き込んできた。
「な、何か?」
「・・・もしかしてアンタ、何ヶ月か前にもここへ来なかったか?」
コーツとは会った事が無いはずだが、どこから話が漏れたのだろうか。
「確かに、少し前に来た事があるけど・・・」
「ああ、思い出した! いかついバイクと黒いチョコボの姉ちゃんだろ!」
その2つを聞いてしまえば、彼の言っている人物が間違いなく私本人だという事がわかる。私は一度頷いて、彼の言葉を肯定した。
「あの時の盛り上がりはスゴかったぜ・・・何せ、ここのスタージョッキーであるジョーと同じ黒いチョコボに乗る女だ。目立たねえワケがねえ!」
確かに、彼の言うとおりだ。
山川チョコボはかなり希少なチョコボで、今までならそれこそジョーが操るトウホウフハイくらいしか世に出ていなかった。それを、ぽっと出の私が乗っていたのだから。
「俺はあん時、ラジオで実況を聞いてたんだよ。アンタの黒いチョコボが、他の雑魚共をごぼう抜きにする様をな」
彼はその時の感動を思い出すかのように目を閉じ「痺れたぜ!」と言う。
もっとも、あのレースは全てささみの采配によるものなのだが。
「ボクも覚えとりますよ〜! ホラ奈々さん、ボクと前に会うたん、覚えてはりますか?」
「あ、そういえばそうだ・・・いつの間にか居たね、ケット・シー」
「ええ、クラウドさんのお仲間に入れてもろて! まさか奈々さんも一緒だとは」
あれやこれやとイベントが相次ぎ、話す余裕の無かったケット・シーと挨拶を交わす。
ふわふわの手と握手すると、なんとも幸せな気分になる。
たとえ彼がスパイであっても、やっぱり好きな物は好きなのだ。
「あの時はゴールドソーサーじゅうで奈々さんに注目しとったんですよお」
「それは・・・どうもありがとう」
「だがな、残念なことにアンタをレースに出すことは出来ねえんだ」
彼の放った言葉に、全員が目を丸くする。
「レースで優勝経験のある奴は、3年間はここからのレースに参加できねえのさ。そうしねえと、良いチョコボを持ってる奴は何したって許されちまう」
確かに、彼のいう事はもっともだ。
もしもジョーとトウホウフハイに勝つほどのジョッキーが居れば、ゴールドソーサーは無法地帯になってしまう。
私に向けられていた視線は全て、クラウドへと向けられた。
勿論それは私も同様で、彼の肩に手を乗せつつ「じゃあ今回は、クラウドにお願いしようかな」と告げる。
「何故俺が・・・」
不満げにそう言うクラウドだが、私を含む全員からの視線を受けて黙り込む。
そして、渋々といった様子で「・・・分かった」と答えた。
大丈夫。君はそのうち、自らチョコボを育て上げ、レースに出場するくらいにドはまりするから。
今回はその第一歩ってだけだから。
そう念じながら、小屋から出て行くクラウドの背を見送った。
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