FF夢


 9-09



 忘らるる都を出発してから早数時間。クーちゃんが驚くべき速さで走ってくれたおかげで、予想していたよりもずっと早くエッジに到着することが出来た。
クラウドはマリンをセブンスヘブンまで連れて行くので、私は先に広場へと向かうことになったのだ。クーちゃんの背に乗って街中を疾走していると、遠くの空がゴロゴロと雷鳴を轟かせている事に気が付いた。
空を覆う分厚い雲が渦を巻き、その中から黒い物体が姿を現す。

「やばっ! もうバハムート出てきちゃってる!」

私の焦りを察したのか、長距離の走行で疲れている筈のクーちゃんが更に走るスピードを上げてくれる。なんて頑張り屋で、物わかりの良い子なのだろうか。
戦いが終わったらクーちゃんの好きなシルキスの野菜を山ほどプレゼントしてあげよう。
 すると、突然地面を大きく揺るがすような激しい地響きと轟音が伝わって来た。街全体が振動しているかのような激しい揺れは、おそらくバハムート震の技である『ペタフレア』だろう。字面は少し可愛く見えるが、あの青い炎は街も人も吹き飛ばしてしまうほどの威力を持つ。
バハムート震がペタフレアを放ったということは、ティファとデンゼルがピンチだ。仲間が駆けつける筈ではあるのだが、私も早く合流しておきたい。

「クエェーッ!」
「ど、どうしたのクーちゃん」

 突如、怒りの満ちたような鋭い鳴き声を発するクーちゃん。彼はいつも高くて愛嬌のある声で鳴くのに、何か良くないものでも見つけたのだろうか。進行方向を見て目を凝らしたその時だった。クーちゃんが勢いよく跳び上がり、何者かの頭目掛けてチョコボキックをお見舞いしたのだ。
跳躍している間に両足を使って三回の蹴りを食らわせたクーちゃんは、誇らしげな顔で着地して再び走り出す。
何が起きたのかも分からなかったが、すれ違いざまに私が見たのは後頭部を押さえてキョロキョロと辺りを見回すロッズと、ポカンとした表情でこちらを見つめるルードの姿だった。

もしやこの道は、レノとルードがヤズー、ロッズと戦闘を繰り広げている場所だったか。
きっとクーちゃんは私や自分に対して執拗に攻撃を繰り出してくる彼らを完全に敵と見なしたのだろう。いつも温厚な人を怒らせてはいけないとよく言うが、それはチョコボに対しても同じらしい。


 中央広場に辿り着くと、そこは既に大混乱を極めていた。
逃げ惑う人々、その間を縫うように走り回って誰彼構わずに襲い掛かるシャドウクリーパー。広場の中心にあったはずの記念碑は粉々に砕け、その瓦礫の中を探るような素振りでほじくり返すバハムート震の姿が目に飛び込んでくる。
やはり画面で見るのと実際に目の当たりにするのとでは、あまりにも迫力が違う。正直言ってウェポンと戦った時と同じくらい嫌だ。クーちゃんの背から降りてバハムート震を見上げたまま固まっていると、広場の中心部付近で倒れ込んでいた少年がむくりと起き上がるのが見えた。あれはデンゼル…ということは、彼の傍に倒れている黒い服の女性がティファで間違い無さそうだ。
デンゼルはバハムート震をキッと睨みつけ「このやろー!」と叫びながら走り出す。あと少しでデンゼルがバハムート震の元まで到達するという瞬間、別方向からデンゼルに接近していたバレットがデンゼルの肩に手を置いて歩みを止めさせる。
バレットは新たな銃を構え、バハムート震へと攻撃を仕掛けた。猛烈な勢いで撃ち込まれる銃弾の雨に、バハムート震は仰け反って苦しみながら上空へと舞い上がる。意識を取り戻したティファがバレットとデンゼルに駆け寄る姿を眺めていると、このまま彼らの登場をずっと見守っていたい気持ちで胸がいっぱいになる。だがしかし、今の私はモニターの前の傍観者ではなく当事者としてこの場所に立っているのだ。大した戦力にもなれないが、少しくらい働かなくてはいけない。

早歩きでバレットたちのもとへ歩み寄り、バハムート震が射程範囲に入った瞬間にフレアを詠唱する。バハムート震の巨躯を覆いつくすほどの大爆発にバレット、ティファ、デンゼルが驚きの表情を浮かべた。バレットとティファは二人で顔を見合わせてからハッとした様子で辺りをキョロキョロとと見回し始める。もしかしたら、私のことを探してくれているのかもしれない。
数秒後。彼らとの距離も残り五メートル程という所まで近づくと、バレットもティファも目を見開いて私のことを凝視した。
「奈々!?」と声を上げる三人に向かって「久しぶり」と声をかければ、バレットが大声で「久しぶり、じゃねーよ!」とツッコミを入れてきた。

「奈々、無事だったのね…!」
「うん、心配かけてごめんね。戻りました!」

 感動の再会と行きたかったが、バハムート震が咆哮を上げたことで会話が中断される。今度は張り切ってアルテマでもぶち込んでやろうかと思った時、私たちの後方から軽やかな足音が聞こえてきた。
 猛スピードで接近してきた足音はすぐに私たちを追い越し、鮮やかな朱色の毛並みが視界の中に入って来た。背にケット・シーを乗せたナナキが低空飛行をしているバハムート震に突進し、その牙でガブリと喰らい付く。
ナナキの攻撃は着実にダメージを与えているようで、バハムート震はナナキを振り落とそうと空中で激しく頭を振った。ケット・シーの「敵わんな〜!」という叫び声と共に遠心力で吹き飛ばされたナナキは、高所から落下したにも関わらずクルリと上手に回転して体勢を整えた。ナナキがあざやかな着地を決める傍ら、ぼすんぼすんと跳ねながら転がったケット・シーがナナキの背中の上に再び座り込む。ケット・シーはナナキが跳躍するタイミングに合わせ、バハムート震目掛けて強力な魔法を放った。

「ナナキー! ケット・シー! 久しぶりー!」
「いや〜、お久しぶりですなぁ、奈々さん」
「ホラ! オイラさっき『奈々のニオイがする』って言ったでしょ? ケット・シーは気のせいって言ったけど」
「そら、二年間居なかった人が突然現れるなんて思いませんやんか」

ナナキとケット・シーに向かって手をブンブン振れば、二人とも嬉しそうに手と尻尾を振り返してくれた。デブモーグリに乗っているケット・シーも可愛いが、ナナキの上に乗っている姿も非常に可愛らしい。可愛いの二乗だ。
 いつの間にかバハムート震に接近し「うおおー!」と雄叫びを上げて撃ちまくるバレット。バハムート震に近接攻撃を仕掛けているナナキたちに着弾しそうでハラハラするが、流石に狙いはしっかりと定めているようだ。
しかし、すぐに弾切れになってしまったバレットが動きを止めるや否や、彼の焦りを読み取ったかのようにバハムート震がバレットを標的にする。鋭い口でバレットに喰らい付こうとしているバハムート震に、今度は大きな手裏剣が弧を描くように飛んできた。
その手裏剣によりバハムート震が怯み、バレットから距離を置くように離れていく。バレットがニヤリと笑って空を見上げると、空からはパラシュートで降下してきたユフィが軽やかに着地し「うぇっぷ」と吐き気を耐えた。
そして開口一番に「アタシのマテリア使ってるの、誰!?」とティファに問いかける。微笑んだティファの「もちろん、悪者」という返答も、人生で何度目にしたかわからないやり取りだ。それが今、目の前で繰り広げられているのだから、私の胸中は大騒ぎ状態である。
ユフィとティファの会話を見届けていると、私に気付いたユフィが「うえ!? 奈々ー!?」と大声を上げる。

「久しぶり、ユフィ」
「えっ、久しぶりっていうか…ええー!? と、とりあえずアイツ倒してから! 話、しっかり聞かせてもらうからねー!」

驚きながらも手裏剣を振り回してバハムート震に突撃して行くユフィを見送っていると、デンゼルがティファに「誰?」と問いかける声が聞こえた。そういえば、彼らの事を知らないデンゼルは仲間が登場するたびにこうして問いかけていたなぁ。
ユフィに次いで広場に現れたのは、彼女同様にパラシュートで降下してきたシドだ。彼はニヤリという笑みを浮かべながら「新型だ!」と誇らしげに言って上空をホバリングする飛空艇を指さした。

「シエラ号ってんだ。後で乗せてやるからな〜!」

彼らと別行動していたがために飛空艇ハイウインドにもあまり乗ることができなかったし、シエラ号に乗せてもらうのが楽しみでしょうがない。床面がガラス張りなのは非常に恐ろしいが、慣れればきっと楽しいだろう。
 ガニ股で走り去っていくシドを見送れば、最後に訪れるのは勿論彼。赤い布をはためかせて現れたヴィンセントが喧騒に掻き消されてしまいそうな低い声で「電話屋はどこだ」と言い、私たちを一瞥もすることなく悠然とバハムート震が暴れている方へと歩いて行った。
バハムート震に戦いを挑む仲間たちやヴィンセントをキョトンとした顔で見ながら「あの人は?」と聞くデンゼルに、ティファは微笑みながら「みんな仲間だよ」と優しく答えた。

「奈々、少しみんなをお願い。デンゼル、店まで走れる?」
「うん」

ティファに先導してもらいながらセブンスヘブンへと戻ろうとするデンゼル。彼は広場の地面に倒れ込んで苦しんでいる人々を見ると、途端に体を硬直させてしまった。彼は七番街プレートの崩壊以来、人間が苦しみ、命尽きる瞬間を幾度となく見てきた子だ。誰かが傷つく姿は彼の傷を抉るに充分すぎる。
しかし、今のデンゼルには心強い味方が沢山いるはずだ。ティファ、クラウド、マリン、それから私も。彼が私の「星痕の治療法を必ず持ち帰る」という言葉を励みにしてくれていたのなら、私の事を僅かでも頼りにしてくれるのなら、私はその期待に精一杯応えるつもりだ。
ティファがデンゼルの手を握るのと同時に、私も彼の小さな背中に手を添えた。カタカタと小さく震えていたデンゼルが目を開けば、ティファが彼の顔を覗き込んで優しく笑いかける。次に私の方を見るデンゼルに「大丈夫、私たちが居るよ」と声をかければ、彼の震えは次第に収まった。
 先頭で数歩進んだティファが突然、険しい表情でデンゼルを背中側に庇う。そういえばここで一体のシャドウクリーパーが襲い掛かってくるんだったなぁ。
記憶を呼び起こしながら振り返れば、勢いよく飛びかかって来る二匹のシャドウクリーパーの姿が。予期せず増えていた敵の影に、私は反射的に手のひらに魔力を込めた。

「しつこいッ!」
「燃えろ!」

ティファの回し蹴りが炸裂するのと同時に、私が放ったファイラがシャドウクリーパーを弾き飛ばす。その向こうでバハムート震がペタフレアの予備動作を行っているのが分かったが、地面から勢い良く飛び出してくるシャドウクリーパーの群れに対応するので精いっぱいだ。いくらストーリーの流れを熟知しているからといって、このハイスピードバトルの中で私が自由自在に動けるかどうかと言えばハッキリと「否」である。
空中へと跳躍したティファが三匹同時に攻撃して消し去るが、黒い靄となったシャドウクリーパーが一斉にデンゼルへと襲い掛かる。ティファがデンゼルに気を取られたその一瞬で、バハムート震がとうとうペタフレアをこちらに放って来た。
青いエネルギーがティファを掠め、すぐ傍のビルに当たって爆発を引き起こす。至近距離で爆風を浴びたティファは吹き飛ばされ、これでもかと地面に叩きつけられてしまった。
私は寸前のところでシールドを張り、衝撃波やら飛来してくる瓦礫を防ぐ。そして、全力でデンゼルの元へと走りながら腰の剣を引き抜いた。

「久しぶりに出しちゃおっかな、私の必殺魔法剣!」

右手で剣の柄を握り、左手の掌から刀身に魔力を送る。手が触れたところから刀身に炎が宿り、あっという間に刀身全体が赤い炎で覆われた。思い切り剣を振れば、私の拙い剣術に魔力が宿って炎を纏った斬撃がシャドウクリーパーに向かって飛んだ。
斬撃によってデンゼルを取り巻いていたシャドウクリーパーは姿を消したが、次の瞬間には再び黒い靄が私とデンゼルに襲い掛かって来る。

「復活すんのー!? 無限沸きイベントバトルとか負け戦じゃん!」

デンゼルの手前、泣き言は言わないようにと思っていたのだが私の口を突いて出たのはヘタレな叫び声。全方位から飛び掛かられてしまうと、下手に全体化魔法を使えばデンゼルもろともダメージを受けかねない。しかし今から彼にリフレクを施す猶予も無いので、仕方なく私はデンゼルを覆い隠すように抱きしめる。

「むりむり助けてクラウドー!」

デンゼルを抱きしめながら叫べば、ずっと待ち望んでいたバイクの音が広場に響き渡る。そして次の瞬間には私とデンゼルを取り囲んでいたシャドウクリーパーが飛んできた巨大な剣によって一網打尽に倒された。

「クラウド!」

デンゼルが嬉しそうな声でクラウドの名前を呼ぶ。よ、よかった、ギリギリ間に合ってくれた。
このタイミングでクラウドが現れることは勿論知っていたが、それでも恐ろしいことには変わりない。
クラウドはブーメランのように飛ばした剣を見事にキャッチし、そしてバハムート震のペタフレアによって崩れ落ちるビルの瓦礫を吹き飛ばしながらティファを救出して見せた。本当に何度も思うが、二年前に比べて戦闘能力が向上しすぎではないだろうか。
その勇姿を見ていることしか出来ない私とデンゼルのもとに戻って来たクラウドとティファ。そして、いつの間にか私の傍を離れていたクーちゃんが遠くでシャドウクリーパーを突きまわしている姿が目に飛び込んできた。クーちゃんは一体、いつの間にあんなに強くなったのだろうか。
クラウドも合流したことだし、私もバハムート震との戦いに参加しなくては。そう思ってクーちゃんを呼べば、クーちゃんは「クェッ!」と可愛く鳴いて僅か数秒のうちに私の元まで戻ってきてくれた。

「よし、クーちゃん、私を向こうまで連れて行ってくれる?」
「クエェー!」

 デンゼルをクラウドとティファに託し、一足先にバハムート震が暴れている工事現場まで向かう。クラウドを待たなくて良いのかと自分でも思うが、今回ばかりはそれを上回る欲求が私を突き動かすのだ。皆の戦闘シーンを、どうしても見たい…!
その一心で仲間たちが戦っている場所へとたどり着いた私とクーちゃん。太い鉄骨がむき出しになっているそこは、何度繰り返して視聴したかも分からないほど見てきた場所だ。この世界に来てから何度も何度も「まさか自分がここに立つなんてなぁ」と思ってしまうが、アドベントチルドレンのストーリーに突入してからは更にその思いが強い。
やはり、元々の媒体がゲームであるか映像作品であるかの違いがそう思わせるのだろうか。

 クーちゃんに鉄骨の上まで運んでもらい、高所に目が眩みながらもなんとかその場に立つ。そしてバハムート震を目で追った。フラフラと危うげに飛び回るバハムート震の背中から、シドとナナキが飛び出してくるのが見えた。よし、あのやり取りで今がどのシーンなのかは把握できた。
しかし、先ほどのシャドウクリーパーの件もあるし、何もかも映像のままに進行するとは限らない。私も油断せず身構えていよう。
鉄骨にぶつかりながら飛び回るバハムート震にサンダガを唱えると、猛烈な雷が迸る。やばい、あまりサンダー系を乱用すると鉄骨に通電して誰かがダメージを負いかねない。
かと言ってブリザド系だと、足場が凍り付いてしまって自分のデメリットになるかもしれない。ならばファイア系で攻めるとしよう。
私はバハムート震に属性防御や吸収といったスキルが無いことを願いながら、再びこちらに向かって来たバハムート震の顔を狙ってファイガを放った。
 バハムート震は一度私たちから距離を取ることを選んだようで、今度は鉄骨の間をすり抜けながら上空を大きく旋回した。しかし、ヴィンセントは誰よりも身軽に鉄骨の頂上へと舞い上がり、ふわふわと重力を感じさせない動きでバハムート震を追撃していく。

「かっこいいー! ヴィンセントー!」
「奈々、相変わらずそんなカンジなの〜?」

呆れたようなジト目で私を見るユフィだったが「ユフィもかっこいいよ! 最高! めっちゃ身軽!」と褒め称えれば「へへ、まあね」と自慢げに笑って鉄骨をぴょんぴょんと飛び移って行く。
その頃バハムート震は何とか反撃をしようとヴィンセントに襲い掛かるが、ヴィンセントの人ならざる身のこなしによりバハムート震の攻撃が彼に当たることは無かった。そればかりか、鉄骨を垂直に走って来たユフィの攻撃がバハムート震に更なるダメージを与える。
ヴィンセントと同じ高度で驚くほどのアクロバットな動きや手裏剣による投擲を行うユフィも、実はとんでもない逸材なんだよなぁ。そう思いながら、彼らの邪魔にならないように気を付けてファイアを飛ばし続ける。
やがて至近距離まで差し迫ったバハムート震の攻撃を見事に躱したヴィンセントが、とうとうバハムート震の体に乗って至近距離からの射撃を行う。硬い装甲の隙間からダイレクトにダメージを与えられたバハムート震は成す術もなく防戦一方になっていた。
 ヴィンセントとユフィがバハムート震から離れたその瞬間、私はようやく訪れたチャンスに思わず心が躍った。思い切り魔力を込めると、どこからかシドが「全員離れろー! デケエのが来るぞー!」という喚起の声を張り上げてくれた。

「流石シド、分かってる〜! フレア!」

もう一度フレアを唱え、赤と白が入り混じった炎でバハムート震を攻撃する。高威力の魔法を脅威と判断したのだろう、ダメージを受けたバハムート震がギロリと私の方を睨んできた。
やべ、これ、一転集中で狙われるのでは。
ひくりと口角が引き攣ると同時に、私の不安を掻き立てるかのように暗い空から雨粒がポツリと落ちて来る。おかしい、このシーンに雨が降る描写など無かったはず。
アドベントチルドレンにおいて「雨」とは癒しの象徴であり、病と苦痛からの解放を意味する。バハムート震との戦闘中に雨が降るなんてことはあり得ない。私の思考を否定するように徐々に雨量は増し、サァサァと降り注ぐ雨が私の肌を滑り落ちた。

「奈々、危ないよー!」

 遠くから聞こえるナナキの声にハッと我に返る。突然の雨に混乱していた私は、戦闘中でありながら思考の海にトリップしてしまっていたようだ。目の前には既にバハムート震が迫っており、あっという間に私とバハムート震との距離がゼロになっていた。
鉄骨を積み木崩しのように片腕で崩すバハムート震。足場を失った私はガラガラと崩れ落ちて行く幾本もの鉄骨の間を勢いよく落下し、頭の中で「ああ、これは流石に風魔法でどうにかなるレベルじゃないな」と重傷を覚悟した。

 その時だった。落下する私の視界に広がる雨雲が、ぱかりと割れたのだ。分厚い雲の合間からは光が漏れ出し、その光は私を真っ直ぐに照らす。
体の周りにチカチカと金色の光が迸ったかと思えば、ついに私の体は上から降り注ぐ鉄骨の中に紛れ込んでしまった。このままの勢いで鉄骨の下敷きになったら、流石にミンチになってしまうだろう。
鉄骨に覆われる視界の中で必死に目を開いていると、ふいに私の周りにあった鉄骨や瓦礫が勢いよく吹き飛んでいくのが見えた。何が起きたのかも分からないまま、地上に限りなく近づいた私の体が何者かによって受け止められる。むぎゅう、と力強く抱きしめられているのか、何も見えない。そんな私の耳に「よっ、毎度おなじみってカンジ?」と軽い調子の声が聞こえてきた。

「ザックス…!」
「お前、ほんとよく落っこちるよな」

 ようやく開けた視界には、ザックスがにんまりと笑みを浮かべている姿が飛び込んできた。彼にこうして助けてもらうのは一体何度目なのだろうか。ザックスが言う通り「毎度おなじみ」になりつつあるが、そろそろもう落下癖をどうにかしたいものだ。
しかし、あの速度で落下していながらどこにも痛みを感じないというのはおかしい。ザックスに降ろしてもらいながら首を捻っていると、私の体の周りを緑色の美しい光がきらきらと瞬いた。

「奈々、だいじょうぶ?」
「エアリス!」
「ふふ…元気そう。久しぶり、だね」

 ロッドを両手で握りしめるエアリス。見慣れた服装ではなくなっている彼女は、薄いピンク色のシフォンワンピースを身に着けている。風にふわりと舞うスカートが、戦いの中で綺麗に微笑むエアリスが綺麗で、私は涙腺がじわりと緩むような気がした。
そうか、先ほどの雨は彼女のリミット技である「大いなる福音」だったようだ。無敵状態が付与されていたのならば、私があれだけ鉄骨にぶつかりながら無傷でいられたのも納得だ。

「エアリス、ザックス、ありがとう」
「おう」
「わたしたちも一緒に戦うから、奈々、無理しないで」

 ベリルウェポンと対峙した時にも感じた、この安心感。ザックスとエアリスが今この場に居るという事実が私の心を上限無く奮い立たせてくれる。
私を見つめてくれる二人に頷き返し、私は再びバハムート震へと視線を向けた。
ここさえ乗り切れば私の出番は終わる。あと少し頑張って、バハムート震に少しでも多くのダメージを与えてやろうじゃないか。そう意気込み、私は剣の柄をギュッと握りなおした。

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