FF夢


 8-30



Side 【奈々】

長い戦いを終えた私たちは、一晩ゆっくりと眠った。クラウドと思う存分時間をかけて避難所まで戻り、私たちは避難所に居る人たちの無事を確認してから仮設住居で眠りについたのだ。極限まで疲れた体は数秒のうちに意識を失い、私もクラウドも泥のように眠っていたに違いない。
それから何時間が経過したかは分からないが、日が昇ったと同時に私の意識は浮上した。頬を撫でる風の感触が心地よく、深呼吸をすると砂っぽい香りが鼻腔に広がる。

そして、私は違和感に気が付いた。
何故、窓を閉め切っているはずの部屋の中で風を感じるのか? この砂っぽいにおいは何なのか?
勢いよく目を開いて飛び起きると、私は荒野に一人ぽつんと座り込んでいる状態だった。

「…は?」

寝ぼけているにしては洒落にならないが、どうやらこれは現実の出来事のようだ。私の手に触れるザラザラとした砂の感触、乾いた空気、どれもが間違いなくリアルのもの。
そして私は、最初にこの世界に来た時の事を思い出した。まさか、私はまた別の世界に放り出された…とか?
嫌な汗がドッと噴き出すのを感じて、私は当りを見回した。すると少し離れた場所にボロボロになったミッドガルが見える。私はまだ、この世界に存在している。それが分かっただけでも幾分安心できた。

立ち上がり、体中についた砂埃を払う。向こうにミッドガルが見えるのなら、私が昨晩眠りについた避難所もそう離れてはいないことだろう。なぜこんなことになっているのか分からないが、歩いて戻るとしよう。
そう思って足を踏み出した瞬間、後方からピキピキと聞きなれない音がした。例えるならば、水が冷えて氷になる瞬間の音のようなものだ。
不可解に思って振り返れば、巨大な氷の塊のような透明で美しい「何か」が形成されている最中だった。

「なっ、なに〜!?」

私がアワアワとパニックに陥っているうちに透明な「何か」はどんどん大きくなっていく。そして、1分も経つ頃には透明で硬質な表皮を携えたウェポンのようなものがそこに完成した。なんだか肌がぞわぞわと粟立ち、この謎の物体から一刻も早く離れた方が良いような気がしてくる。
そんな私の直感は正しかったようで、いつぞや北の大空洞で見たウェポンのようにギョロリと目を見開いた「それ」と目が合ってしまった。

「ゲッ…」

目の前の、生命体なのかどうかも分からないウェポンに似た未知の存在。仮定して『ウェポン』と呼ぶことにしよう。
これは私のデータベースにも一切情報が無い、元々存在しないものだ。ただ、ファイナルファンタジー7という作品は運命の日にライフストリームが噴き出してくるシーンで物語が終わるため、それ以降にどういった出来事があるのかなんて私には分からない。ただひとつ分かるのは、目の前のウェポンが私に対して並々ならぬ敵意を持っているという事だけだ。

…もしかしたら、これは星が私という異物を消すために作り出した新たなウェポンなのだろうか。悪い方へと物事を考えてしまい、胃のあたりがぎゅるりと音を立てて痛んだ。
このウェポンが本来であれば存在しない筈の「イレギュラー」であることに変わりはない。ならば、同様にイレギュラーたる私が決着を付けなくてはならないのかもしれない。ウェポンのような人知を超えたモンスター、私一人で倒せるとは到底思わないが。これは星が私に与えた試練なのか、それとも処刑であるのかは分からない。

私に対して敵意を持っているウェポンを引き連れてミッドガル方面へ行く訳にはいかないし、兎に角私は、今ここでウェポンに抗わなくてはならないようだ。
腰に差し込んである剣を握り、引き抜く。刃こぼれも無く美しい銀色に輝く剣は、すっかり私の手に馴染んでいた。


「はぁ…ヤダなぁ、ようやく色々終わったっていうのにさぁ…私、そもそも戦うのも怖い思いをするのも、大っ嫌いなんだから!」

心臓の鼓動が震えとなって手に伝わっているような感覚がする。カタカタと揺れる剣を何とか抑え込み、意を決してウェポンの正面に立った。その時、私の両脇から「ざり」と砂を踏む音が聞こえて来たのだ。

「朝っぱらから楽しそうじゃないの〜。また抜け駆けかぁ?」
「ザックス!?」
「ふふ、奈々ってホント、懲りないね」
「エアリス!」

バスターソードを構えるザックスと、金の美しい装飾がついたロッドを握りしめるエアリス。あれは彼女の最終武器であるプリンセスガードだろうか。私が言葉を失っていると、二人は顔を見合わせてくすくすと笑い声を上げた。

「ハハハ! なんか、チョコボが豆鉄砲食らったみたいな顔してるぞ!」
「ビックリした? まさか、奈々を一人で戦わせるわけ、無いでしょ」

私よりも数歩前に出た二人の背中を見ていたら、なんだか涙が出そうになってしまった。そうだ、こうして実際にザックスとエアリスが並んで立っているところ、初めて見たなぁ。
彼らが来てくれたことで、孤独に怯えていた私の体がピタリと震えを止める。何故二人が駆けつけてくれたのかは分からないが、元々居ない筈の存在と言う意味ではザックスとエアリスも同様に「イレギュラー」であることは間違いない。強力な助っ人が現れた今、私の心に恐怖心はもう存在しなかった。



ウェポンがゆっくりと動き始め、トゲトゲとした表皮が目立つ腕を勢いよく振りぬく。すると、表皮だと思っていた無数の棘がこちらに飛んでくるのが見えた。
私とザックスが剣で棘を弾き飛ばす。ザックスは顔色ひとつ変えていないが、私は剣の柄を握る手にジーンという衝撃が伝わり、もう既に少し涙目だ。
棘と一言で言っても、一つ一つが人間の腕ほどある。割れて鋭利になったガラスのような棘は、私たちの周りの地面に深々と刺さった。あれが体に直撃したら大惨事になること間違いない。

私は気を引き締めて剣を握り直し、ウェポンへと魔法を放つ。まずはサンダガ、次にファイガ、ブリザガと違った属性の魔法を連続して放ってみる。どの魔法もウェポンの表皮を少しずつ傷つけており、ダメージにはなっているようだ。これといって吸収される属性は無いのだろうか。とりあえず、ルビーウェポンよりは戦いやすそうだ。そう考えると幾分気持ちが楽になった。一瞬の間の後、ザックスが果敢に剣を振り上げて接近戦を挑みに行く。ガギン、と非常に硬質な音が響いたが、日の光に照らされた体から削り落とされた表皮がキラキラと飛び散るのが見えた。

「意外と手応えあるじゃねーの! 楽しくなって来たぜ!」
「んもう、あんまり近寄ったら危ないわよ!」

エアリスが困り顔をしながらザックスにバリアをかけた。流石はエアリス、回復魔法が通りにくくなるマバリアは使わないでいてくれている。私も負けていられない、とウェポンに向かってコメテオを放つ。大きな隕石がウェポン目掛けて降り注ぎ、その体に無数の傷をつけた。
次の瞬間にウェポンの反撃を受けて宙へと放り出されたザックスだったが、空中で猫のように体制を立て直して着地をする。すかさずエアリスのケアルガがザックスの体を包み込み、色とりどりの光がザックスの傷を癒した。

「ザックス! 無茶は禁止!」
「悪い悪い!」
「ザックスってば、私にばっかり無茶するなって言うくせに!」

自分は中々の捨て身で飛び込んで行っているように見えるが、当の本人はへらりと笑って私とエアリスの小言をはぐらかした。
私はザックスにばかり特攻させていられないと思い、魔力を込めた掌で刀身をさらりと撫でた。私の手が触れた所から火が点き、剣全体がメラメラと燃え盛ったのを確認してからウェポンへと接近する。

「おい、奈々! あぶねえぞ!」

どの口が言うのだろうか、という突っ込みはとりあえず置いておく。何もノープランで敵の懐へ飛び込んで行く訳ではない。
私はウェポンの動きを伺いながらある程度接近したところで、ウェポンが腕を振り上げるのを見届けた。

「よし、今! トルネド!」

ウェポンが私目掛けて腕を振り下ろすと同時に竜巻を起こし、自分の体を上空へと舞い上がらせる。ふわりと胃が浮くような浮遊感を受けながら、私は身を捩って剣を思い切り振った。
高密度の魔力が込められた剣からは、炎を纏った斬撃が放たれる。私の剣術は拙いものだが、魔法を掛け合わせれば多少こういった技も使えるのだ。私の剣から放たれた斬撃はウェポンの頭部に直撃し、ウェポンの体勢が大きく崩れた。

「やるじゃねえか!」
「さっすが、奈々!」

私を褒めてくれる二人に応えたかったが、真っ逆さまに近づいてくる地面に「ひゃあああ落ちるううう!」というあられもない叫び声を上げるので精いっぱいだった。おかしいなぁ、着地点にクラウドが居れば少しも怖くなかったのに。やっとの思いで得意のエアロを唱え、なんとか無事に着地を決めた。この瞬間になると屈強な体を持つソルジャーが羨ましいと感じる。

私が与えたダメージによって数秒間動きを止めたウェポン。その隙を逃すザックスではなく、彼は勢いよく飛びあがったかと思いきや、空中で体をくるりと一回転させながらバスターソードを振り抜いた。地面に対して垂直に振られたバスターソードからは地面を走る衝撃波が放たれ、今度はウェポンの足元を思い切り砕いた。
おそらくあれは破晄撃だ。クライシスコアでは使用していなかったが、確か別タイトルのゲームにゲスト出演した時に使用していたはず。
ぐらりと倒れそうになったウェポンに、ザックスは小さくガッツポーズをする。だが、油断はできない。手負いの獣ほど恐ろしいとよく言うが、まったくもってその言葉は正しかった。
ウェポンは全員を戦慄かせた次の瞬間に凄まじい咆哮と共に非常に強い風を起こした。その突風は私の体を容易に飛ばしてしまいそうで、私は剣を地面に突き刺しながら片膝をついて何とか堪えた。

「きゃあっ!」

すると、後方からエアリスの悲鳴が聞こえる。何事かと振り返ると、エアリスが耐え切れずに倒れこんでいるのが見えた。「エアリス」と呼びかけようとした矢先、自分の腕に鋭い痛みが走ったのを感じた。
突風が止んだ瞬間に痛みを感じた個所を確認すると、二の腕がざっくりと切れてしまっていることに気が付いた。結構深いところまで切ってしまったらしく、どくりと腕全体が痛みと熱を訴えた。

「何で…」
「奈々、避けろ!」

ザックスの声につられて、とりあえず横っ飛びでその場から離脱する。すると、今まで私が立っていた場所に透明な棘が深々と刺さった。そうか、あの棘を突風と共に放つこともあるのか。
心配になってエアリスに駆け寄れば、彼女は風にあおられて倒れこんだだけだったようだ。私はホッと安堵の息を吐いてから再びウェポンへと向き合った。私とエアリスを庇うように立つザックスを伺えば、小さな傷こそあるものの大きな裂傷は見当たらない。流石の動体視力だ。

ようやくウェポンの攻撃がひと段落したが、たったひとつの技でこうも形勢逆転されるとは、実に恐ろしい。あれが連続したらちょっとキツイ。そんな私の思考がフラグとなったかのように、ウェポンは再び体をブルブルと震わせはじめた。

「まずいぞ、ありゃ予備動作だ!」
「発動する前に叩く!」
「うん!」

まずエアリスがウェポンの頭部目掛けてサンダガを落とす。剣を構えてウェポンへと接近するザックスを巻き込まないように、私は全力を込めて最も高威力の魔法を放った。

「アルテマ!」

魔法を唱えた瞬間、キラキラと眩い緑色の光が広がり始める。ライフストリームそのものを凝縮したかのような光はどんどん密度を増して行き、やがて大きな光の波となる。ウェポンを包み込んだ緑色のエネルギーは「キュウゥ…」という特徴的な音と共に爆ぜた。辺りに吹き荒れる爆風にすら魔力が籠っているかのような究極魔法に、ザックスは「すっげえ!」と声を上げた。緑色のエネルギーが晴れるころ、ウェポンのすぐ近くまで接近したザックスが思い切り剣を振りぬき、とうとうウェポンの片腕を切り落とすことに成功した。

苦し気に動きを止めるウェポンを前に、私たちは一瞬だけ勝利を期待してしまった。その瞬間…たった数秒の油断を、ウェポンは見逃さなかった。
ウェポンは残った片腕を目にも留まらぬ速さで振り、長く鋭い棘を此方に向かって飛ばしてきたのだ。
先ほどよりも遥かにスピードを上げた無数の棘に、私たちは反応することができなかった。私は足と脇腹に激しい痛みが走り、その場に崩れ落ちてしまった。ザックスに至ってはエアリスを庇いながら最前線で攻撃を受けたからか、体中傷だらけだ。
不幸なことに足の腱が傷ついてしまったようで、私はすでに立っている事すらままならない状態だった。

「エアリス、奈々、大丈夫か!」
「ザックス! わたしのこと、庇って…」
「うぐ…まだ、倒れられない、のに…立てない…!」

痛みなら歯を食いしばって耐えられるが、人間の構造的に腱が切れてしまったら動かすことは不可能だ。片足が動かない状態でこのウェポンとまともに戦うことは可能かどうかなんて、子供でも分かる問いかけだろう。
それでも立たなければ。そう思って必死に体を持ち上げるが、腕も足も震えるし、地面には血溜まりが出来てしまって尚更踏ん張りが利かない。ぜぇはぁと呼吸をしているはずなのに頭がボーっとするのは、出血多量で酸素が十分に行き届いていない可能性も考えられる。

満身創痍とはまさにこの事だ、と頭のどこかで冷静な私が笑った。眼前では、徐々にウェポンが体勢を立て直しているのが見える。薄暗い空からはポツポツと雫が降り始めて私たちの肌を濡らす。ああ、雨は嫌だ。ザックスが命を落とした時のことを思い出してしまう。肌に触れる冷たい雫に泣きそうになっていると、私とザックスの前に躍り出たエアリスが天を刺すかのようにロッドを掲げた。

「わたし、諦めないよ」

ふらふらとした足取りのエアリスだったが、彼女の瞳は未だに強い意志を携えていた。凛々しい声で諦めないと言ったエアリスの手から、ふわりとロッドが離れていく。
真っ直ぐ空を見上げたエアリスが両手を握りしめ、そして祈りを解き放つかのように両腕を空に向かって広げた。

すると、彼女の立っている場所から暗く厚い雨雲がみるみるうちに晴れていき、雲の切れ間から陽の光が差し込んでくる。キラキラとまぶしい日光が私たちに降り注いだかと思えば、体中を純白の光の粒子が包み込む。そのきらめきは傷を癒し、疲れを癒し、精神を研ぎ澄ませてくれた。
どこからか鐘が鳴るような音が聞こえている気がする。そうか、これは大いなる福音。彼女の最終リミット技だ。

「ね? まだ、大丈夫」

きらりきらりと淡い金色の光をまとったエアリスが、私とザックスに向かってニッコリ微笑んだ。彼女の笑顔に救われたのはこれで何度目になるだろうか。

「ザックス…勝利の女神って、ホントに居るんだね」
「居るんだなぁ。なんか、勝てる気がして来たぜ!」
「さ、二人とも、反撃しよ!」

エアリス同様に、私とザックスの体も金色の光で包み込まれる。胸を躍らせるような高揚感と同時に、驚くほど身が軽く感じる。
最初にザックスが剣を片腕で振り回しながら走り出す。私とエアリスはそんなザックスを補助するために魔法を放ち、ウェポンの動きを封じ続けた。

グオオォォ、と苦しそうな声を挙げるウェポンに向かって走っていたザックスは、寸前のところで高く飛び上がった。そして再び空中で一回転し、勢いをつけて剣を振り下ろす。

「いらっしゃいませぇーっ!」

こちらにもハッキリと聞こえる程の大声で言った彼は、残っていたウェポンの腕を思い切り斬り落とす。両方の腕を失ったウェポンがとうとうその場に崩れ落ちた。
斬撃の反動と共にこちらへ帰ってきたザックスが、着地を決めて誇らしげな顔で「どーよ!」と笑みを浮かべた。ちょうどその時、私たちを覆っていた金色の光がきらりと最後の輝きを放って消えて行った。多分ではあるが、あの金色の光があるうちは無敵状態だったのだろう。敵の攻撃を受けないまま無敵状態が終了してしまい、なんだか惜しいことをした気分になる。
今度こそ倒したものと思ったが、このウェポンのしぶとさは私たちの予想の範囲を超えていた。両腕を無くしているというのに、必死に顔を持ち上げて再びあのすさまじい咆哮を放ったのだ。

「ゴアアァァァ!」

再び襲い掛かってくる突風と鋭い結晶。私は反射的に全身に魔力を込めた。すると、私の周りに散らばっている無数の棘がそれに呼応するかのように輝きを放ち、私の背後には無数の透明な壁が出現したのだ。ピキピキと氷が凍てつくような音を立てながら広がる壁は、ザックスとエアリスを包み込んでウェポンの攻撃を全て防いでくれた。私はと言うと、透明な壁の外側に居たせいでまたもや全身ズタズタだ。

ザックスとエアリスを護る壁は、セフィロスの刃に貫かれたエアリスを包み込んだクリスタルと酷似している。そのことに気づいた次の瞬間には、あの時と同じように私は謎の体調不良に襲われた。酷い頭痛と眩暈に立っていることもできなくなり、私は力を失ってその場に倒れこんだ。
ぼやけてブラックアウトしていく視界の中で、こちらに手を伸ばすザックスとエアリスの姿と、私の体からふわりと放たれた緑色の光だけが脳裏に焼き付いた。



***



『目を覚ませ、迷い子よ』

真っ白な私の意識の中に不思議な声が響いてくる。低く深く、体中に響いてくるような声。CV誰だろう、良い声だなぁ。
ずっしりと重い瞼をなんとかこじ開けると、目の前には先ほどまで激闘を繰り広げていたウェポンが鎮座していた。
いや、正確には「鎮座していた」なんて次元ではない。私が、そのウェポンの掌の上に転がされていたのだ。まさか自分が手乗りサイズを体験するなんて予想だにしないじゃないか。ああ、ミニマムという魔法は確かにあるのだが、あいにく私は自分が状態異常にかかっているかどうかくらい判断できる。ちなみに今は何のデバフもかかってはいない。

「ていうか、今喋ったの…きみ?」
『我が名はベリル 覚醒と神判を意味するウェポン』

ベリルウェポン、随分と格好いいお名前ではないか。確かレッド・ベリルというダイヤモンドよりも希少価値の高い鉱石があったが、そこから名付けられたのだろうか。

『貴様がこの世界に降り立ったその時からずっと 我は傍らで眺めていたのだ。異界より出でし迷い子が一体何をするのかと』
「眺めてって…どこから? 天から?」
『貴様が持っていた結晶。貴様は「それ」をマテリアと呼んでいたが 別物だ』

ベリルウェポンが指すのは、私がこの世界に来た時に入手したあの透明なマテリアのような欠片のことだろうか。確かにマテリアにしちゃあ魔法が発動しないし、何なんだろうなとは思っていたけれども。

「マテリアじゃないの?」
『アレは我の体の一部。貴様があの場で結晶の力を使ったが故に 我と貴様の意識が結びついた』

ここは言うなれば精神世界のようなものなのだろうか。そうならば、この不可解なサイズ差にも納得がいく。

「ちょっと待って、じゃあ、私達がさっきまで戦ってたのは? ベリルウェポンじゃないの?」
『アレもまた 我の欠片のひとつ』
「私たち、欠片ごときにあんな大苦戦してたのか」

まさかここで、強制ボス戦なんてことにはならないだろうか。そう思ってビクビクしながらベリルウェポンの言葉を待っていると、彼は丁寧にも説明を続けてくれた。

『我は裁く必要があった。運命を歪め 己が意志を貫いた貴様を』
「裁く…あ、やっぱり何らかのペナルティはあったんですね…」
『大いなる意思が我に命じたのだ。異界の迷い子を"赦す"為に裁くのだ と』

今まで不思議だったくらいだ。元からある流れを壊しまくっておいて、何のお咎めもなかったのだから。溜まりに溜まったその罰を与えに来たのが、先ほどのベリルウェポンの欠片とやらなのだろう。

『そして 運命を歪めし大罪は貴様の血によって償われた』
「え、いつの間に」

ベリルウェポンが空いている方の手を上げると、爪先に3つの赤い結晶が浮かび上がった。

『一つ目 運命を切り開く男を救った償い。二つ目 星の加護を受けた娘を救った償い。三つ目 優しき老女を救った償い』

あの赤い結晶は戦いの最中で私の体を貫いた棘なのだと、ようやく合点がいった。私はザックスとエアリス、それからルヴィの命を救ったから、三度の償いをする必要があった。
一度目の攻撃は兎も角として、二度目と三度目は体中無数の棘に貫かれていたが…まぁ、一回は一回というカウント方法なのだろう。

『貴様の旅は愉快であった 我の力を人間如きが使えるとは思わなんだ』
「エアリスや、私達を守ってくれたクリスタルはあなたのものだったの?」
『我の意志ではない。貴様がこの結晶を通じて 強制的に我が外皮を使役したに過ぎない』
「無断利用でしたか」

無断でこんな存在の外皮を使役していただなんて、むしろ体調不良で済んだのが奇跡的だ。命を取られないで良かったと思う。

『いたずらに運命を歪めるものは 死を以てその罪を償わなければならない。だが 貴様は救われるべき命を救った。大いなる意思は 我を通じてそれを視た。そして 貴様を赦すと云った』

このベリルウェポンの更に上位の存在が全ての決定権を握っていて、彼は実行と伝達を担当しているに過ぎないという事なのか。私が根っからのスクエニ脳だから理解できたが、これを他の人に言ったら疑問符しか浮かばないことだろう。何せ私は、初見で「パルスのファルシのルシがコクーンでパージ」を理解できた女なのだから。

「大いなる意思、って何者なの?」
『世界を創造せしもの』
「つまり、神様?」
『貴様がそう思うのならば そうであろう』

要は解釈次第で何者にもなり得る存在ということか。これは問答をしても結論は出なそうだ。

「スケールが大きすぎて、何だかよく分からないなぁ」
『人間に理解できるものではない』
「じゃあ、あなたは?」
『我は覚醒せしもの』

要領を得ない返答に、流石の私も「もういいです」と会話をぶった切った。彼らの概念を理解するのは諦めよう。ベリルウェポンが言っていた通り、人間におよそ理解できるものじゃないようだ。


『さあ 還るがよい。異界の迷い子よ』

ベリルウェポンがそう言った瞬間、目の前にふわふわと浮かんでいた3つの結晶が光を放ち始める。

「ちょっと待って! 還るってどこに!? どっちの世界に?」
『行先は貴様が選ぶことだ』
「あ、選択権あるのね…オーケー…最後に二つだけ!」

私が大声を上げると、ベリルウェポンが顔をこちらに向ける。意外とこちらの意見を聞いてくれるのが少し可愛らしく感じて来た。「迷い子っていう呼び方、なんか格好悪い気がするの。もうちょっと格好いいのがいい」と我儘を言ってみると、ベリルウェポンは数秒間の沈黙の後に小さな声で『残る要件は何だ 特異点』と言った。めっちゃ要望聞いてくれるじゃん…

「あとね、ボロボロに攻撃しちゃってゴメンね。あ、腕切り落としたのはザックスだけど! アルテマ痛かったでしょ? もう大丈夫?」
『アレの痛みは我には伝わらぬ アレは欠片に過ぎぬ』
「それでも。あ、あと、その大いなる意思? に許してくれてありがとう、って伝えといて!」

言い終わるころには、既にベリルウェポンの視線は私から離れていた。徐々に結晶が光を強めていき、もう既に目を開けている事さえままならない。ぎゅっと目を硬く閉じていると、先ほどのように意識が遠のいていくのを感じた。



『償いの結晶と貴様の言の葉 確かに預かった。特異点の娘よ』


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