FF夢


 8-27



Side 【Nanaki】

静まり返った祭壇で一心不乱に祈りを捧げるエアリスと、それを見守るナナキ。いったい何時間そうしていたかナナキには分からないが、既に丸一日が経過したことだけは分かった。この水の祭壇に足を踏み入れた時にはあった地上へ繋がる階段が一度消え、再び現れたからだ。あの階段は夜間にのみ現れる。既に外では陽が落ち、夜のとばりが降りている頃だろう。
ナナキは祭壇の上にいるエアリスの額から一筋の汗が流れたのを見て、彼女の体力も限界に近いことを悟った。

「エアリス、そろそろ一度休憩しようよ」
「ナナキ…うん、そうだね」

余程集中していたのだろう、エアリスは一度その場で深呼吸してからゆっくりと歩き出した。そして、地上へ続く階段が現れていることに気付くや否や「もう、そんなに経ったの?」とこぼした。

「すごく集中してたよ、エアリス。でも、あんまり頑張りすぎて体調悪くしないようにね」
「ありがと。一回、上で休もっか」

ナナキとエアリスは疲れた体を休めるため、一度地上に戻ることにした。階段をゆっくりと上がり、エアリスは巻貝の家の中で「ふぅ…」と息を吐いた。ナナキはエアリスが寒さを感じないようにと、部屋の中を暖めるための炉に火を入れたり、彼女に毛布を渡したりと動き回っている。
次第に家の中には暖かな空気が満ち溢れ、ようやくナナキもエアリスのすぐそばに腰を落ち着けた。

「あの、エアリス、ごめんね。オイラこんなことしか出来なくて」
「どうして謝るの?」
「オイラ、奈々みたいに色々知ってるわけじゃないし、ヴィンセントみたいに冷静でもないし、クラウドみたいな強さだって持ってないんだ、きっと、みんなの方が上手にエアリスを支えてあげられると思う…」

そう言って肩を落としたナナキの目には涙が溜まっており、今にも雫となって零れ落ちそうだった。ナナキは自らのことを無力だと言うが、エアリスは微塵もそうは思っていない。彼女はハッキリと首を横に振ってナナキに声をかけた。

「何言ってるの。ナナキはナナキ、でしょ? 誰にもならなくていいの。わたしの知ってるナナキはね、誰よりも優しくて、頑張り屋さんで、みんなの事をずっと暖かく見守ってくれる。わたしもみんなも、そんなナナキだから大好きなの」

優しい声色で告げられた言葉に、ナナキの瞳からぽろりと一粒の涙が落ちる。
仲間の前では明るく振舞っているナナキだが、一昨日に突然訪れた大切な人との別れに心を痛めていた。クラウドたちには話していないが、ナナキが幼いころからずっと慕っていたブーゲンハーゲンが、その生涯を終えて静かに星へと還ってしまったのだ。
ナナキの心の拠り所であったブーゲンハーゲンとの別れは、ナナキにとって予想を遥かに上回るダメージだった。しかし、この大事な局面で仲間たちに心配をかけるわけにはいかないと、彼は自分の心の中に悲しみを封じ込めていた。

「実はね、昨日の夜…ブーゲンハーゲンさんがわたしに語り掛けてくれたの」
「じっちゃんが?」

生涯を終えて星に還ったブーゲンハーゲンであれば、水の祭壇に居たエアリスと何かしらの会話を交わしていても不思議ではない。星命学の嗜みがあるナナキは自然とそう思い、エアリスの口からブーゲンハーゲンの言葉が紡がれるのを待った。

「わたしがやろうとしている事、間違ってないんだって教えてくれた。それと、ナナキのことをよろしく頼むって」
「じっちゃんが、オイラのことを…」
「うん。自分はこれから星を巡る旅に出るからって、後のことを頼まれたの」

星を巡る旅に出る。なんともブーゲンハーゲンらしい言い回しだと、ナナキは少しだけ笑みを浮かべた。そして最後の最後まで自分の事を案じてくれていたのだと知り、寂しさに埋もれていた心に暖かな火が灯るような感覚を覚えた。

「精神エネルギーになったら個は溶けて無くなってしまうかもしれないけど、確かにそこに存在するから。これからずっとナナキの傍に居て、ナナキを見守っていられるんだって…ブーゲンハーゲンさん、笑ってた」
「そっかぁ…じっちゃんらしいや」

皆が一度故郷へと帰ったあの日、ナナキはブーゲンハーゲンとのあたたかい日々に別れを告げた。ブーゲンハーゲンがナナキに与えてくれたものは数え切れないほどに多く、それ故に喪失感も大きなものだった。唯一、ブーゲンハーゲンの最期を傍で見届けたナナキは、あの日彼が遺した言葉をもう一度思い出した。
「コスモキャニオンに留まらず、旅をしろ。そして多くを見届けよ。お前の守るべきものは、今やコスモキャニオンだけではない筈だ」
そう語り掛けられた時は、ブーゲンハーゲンとの別れで頭が一杯だった。そして時間が経つにつれ、その言葉が枷のようにナナキの胸に重く圧し掛かった。「戦士セトを超える偉業を成し遂げてこい」と言うかのようなブーゲンハーゲンの願いを感じ取ったナナキだが、それを達成するのにはどうすれば良いのか、見当がつかなかったのだ。

「オイラは強くないし、エアリスみたいに星を守る方法を持ってるわけじゃない。どうしたらじっちゃんの願いを叶えてあげられるんだろう」
「うーん…きっと、ナナキが選んだ道そのものが答えなんじゃない、かな」
「どういうこと?」
「例えばね、奈々はこう言ってた。『自分は直接星を救うことは出来ないけど、その力を持つエアリスのことなら守れる』って。わたし、その言葉にどれだけ救われたか」

エアリスが胸に手を当てて微笑む。ゆっくりと開かれた瞳に、恐れや躊躇いは少しも浮かんでいなかった。

「今も同じ。ナナキがわたしを守ってくれるから、傍に居てくれるから、寂しくない」
「そうなの?」
「うん! ナナキが約束通りここまで来てくれて、わたしを守ってくれること、すごく嬉しいの。わたし、一人ぼっちが苦手だから」

幼い頃から常に誰かが傍に居たエアリスは、孤独に慣れていない。そんな彼女が一人で何かを成し遂げようとするのは、とても覚悟のいることだろう。そしてエアリスはナナキが抱く無力感が理解できるからこそ、自分が彼をこの場所に縛り付けてしまっているという申し訳なさを感じていた。

「わたしがもっと強ければ、ナナキに『わたしの事は気にしないで、みんなと一緒に戦ってきて』って言えるんだけど…ごめんね、わがまま、言わせて? ナナキ、最後までわたしと一緒に居てくれる?」

エアリスも、ナナキが表情を曇らせるたびに葛藤していたのだ。わたしは一人で大丈夫だと彼を送り出すことができれば、きっとナナキは思う存分その力を発揮して達成感を得られることだろう。しかしエアリスにとって仲間と再会した後の孤独は、何よりも耐え難いことだった。一度は別れを覚悟した彼らと再び会うことが出来た今、その温もりを手放す決意ができずにいる。
だがエアリスの葛藤とは裏腹に、ナナキはエアリスの口から零れ出た「一緒に居てほしい」という願いを聞いた瞬間に、頼りにされているのだという高揚感で胸が満たされたのだった。ナナキは先ほどとは打って変わって、晴れやかな笑顔で「オイラでよければ、ずっとここに居るよ」と言った。

「へへ…頼りにされるって、嬉しいことなんだね。ありがとね、エアリス」
「わたしの方こそ。ナナキ、ありがと」

外界と隔絶されたかのような忘らるる都に、穏やかな空気が流れる。遠い昔にセトラたちが暮らしていたこの都に、こうして再び明かりが灯ると誰が予想できただろうか。
エアリスとナナキ。どちらも稀有な存在として孤独に悩んできた種族だからこそ、通じるものがあるのだろう。二人は束の間の休息を、穏やかな気持ちでじっくりと噛みしめた。


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