FF夢


 8-21



Side 【奈々】

まんまとタークスの2人に連行された私は、ルーファウスと共に治療を受けることになった。
ルーファウスに比べれば比較的軽症だと思っていた私も、医師から「頭の傷を自己治療で済ませたんですか? はぁ?」と謎の圧力を受けた。まぁ、たしかに、改めて考えてみると前の世界だったら考えられないことをやってますよね。
あちらの世界で言うMRIのような検査を受けて、ようやく異常なしの診断をもらった私は、とりあえずルーファウスの病室でぼうっと外を眺めていた。
ここで私が勝手に席をはずした結果、ルーファウスの身に何かあってみろ。私が彼らに作った『貸し』が全てチャラになってしまう。
しかしこの病室、気を紛らわすものが何も無いばかりか窓だってカーテンで閉め切られている。病室に居る人物がルーファウス神羅だからか、それとも怪我人にメテオなどというものを見せないための配慮なのかは分からないが、あまり触らない方が良さそうだ。

「はぁ〜…こんな所で座ってる場合じゃないのに」
「何か、気がかりでもあるのか」

私の発した独り言に、ベッドで横たわっているルーファウスから返答が来る。いつの間に意識を取り戻していたのだろうか。動揺した私は、とりあえず「おはこうございます」と挨拶をした。

「気がかりも何も、気がかりしか無いですよ。メテオもウェポンもセフィロスも!」
「何かしらの策は講じているのだろう?」
「いや…うーん…良く言えば成り行き任せ…悪く言えば、ノープラン? と言いますか」
「…どちらも大差無いが」

もしかしてルーファウスは、私が全てにおいて周到に対策を用意しているとでも思ったのだろうか。甘い、甘すぎる。基本的に私はこの世界の運命の流れに乗ってサーフィンしているだけの存在。
私が知っている未来が確実に訪れるかどうかなんて分からないし、メテオなんてスケールの大きな問題はもう祈るしかないのだ。

「逆に聞きますけど、1年後にこの星にはメテオが降り注ぎます! って言われて、どうにかできます? 確証のある対策を用意できますか? あんなもん、超常現象ですよ」
「この世に100%など存在しない、という意味に取っておこう」
「そもそもミッドガル市民の避難誘導も全然進んでないし、メテオを回避できたとしてもミッドガルは大損害を受けているし、その後に来る災害だって…」

矢継ぎ早にやらなければいけないことを羅列すれば、ルーファウスは何やら頭を抱えて首を振った。

「分かった、君は君のすべき事をして来るといい」
「良いんですか? 護衛とか、誰か来させた方が…」
「私を舐めるな」

そう言ったルーファウスは胸元から小型の拳銃をチラつかせた。備えあれば憂いなしとは言うが、備え方が実に物騒だ。しかし、ルーファウス本人がこう言うのだからきっと大丈夫だろう。私はお言葉に甘えて避難誘導に加わることにした。

「星が滅んでしまえば何もかも無くなってしまう。そうならないよう、1%でも可能性を上げて来たまえ」
「はーい、行ってきます!」

そうと決まればすぐに神羅ビルへ向かおう。医師や看護師たちの「何してるんですか! 安静にしてください!」という声を右から左へ受け流し、私は院外へと飛び出す。
そして街の中心に聳え立つ神羅ビル目指して走り出した。



ダイヤウェポンの襲撃を受けた神羅ビルだったが、社内には思ったよりも多くの人が戻ってきていた。
ルーファウスが居なくなったとはいえ、まだこの会社には統括であるリーブがいる。きっと彼が各分野に指示を出してくれているのだろう。

神羅ビルのエントランスで忙しなく行き来する兵士や社員を見ているとエレベーターの方から「奈々さん!」と私の名を呼ぶ声がした。

「リーブさん! …と、ツォンさん!」
「奈々、元気そうだな」
「よかった、どうやって連絡を取ろうかと悩んでいたところだったんですよ」
「何かあったんですか?」

リーブが私を探しているということは、何か事件でも起きたのだろうか。
そう思って問いかけてみると、彼は笑いながら首を緩く左右に振って「いえ。でも、大切な用事です」と言った。

「実は、クラウドさんが奈々さんに会うためにミッドガル周辺までいらしているんです。差し支えなければ行ってあげてください」
「く、クラウドが!?」

あまりにも衝撃的な一言に、私は何故か全身の毛穴が開いて冷や汗が吹き出すかのような
感覚に襲われた。だって、予想だにしていなかったのだもの。
ダイヤウェポンの一件の後、クラウドたちは「自分たちが戦う理由」を探すために一度解散するのだ。そして各々が故郷や縁の地へと赴き、自分を見つめなおすというイベント。
しかし故郷を無くしてしまったクラウドとティファだけはどこにも行かず、人の居なくなったハイウインド付近で一夜を明かすはずなのだが。

しかし、クラウドが態々私に会いに来てくれたのだ。行く以外の選択肢はない。
2人に「今から行ってきてもいいですか?」と問えば、リーブが何だかやたらとにこやかに「ええ、もちろんですよ!」と言ってくれた。

「外まで送っていこう。電車も止まっているから、外に出るのに苦労するぞ」
「ありがとうございます、助かります!」

私の返答も聞かず、ニコニコ顔のリーブは「では、私はやる事がありますので」と去って行った。
この緊急事態に私だけ私用で出掛けてもいいのだろうか。いいか、リーブが言うのだし。
顔色ひとつ変えずに「こちらだ」と言うツォンの背を追って、私は神羅ビルのヘリポートへと向かった。


「君には、また助けられてしまったな」
「いえいえ、また何かしらの形で"恩返し"して頂ければ」
「貸付けが上手いことだ」

スキッフの操縦席に座ったツォンは、離陸準備の片手間に「これを君に渡しておこう」と何かを投げ渡して来た。薄い板状のそれは、元居た世界で使っていたスマートフォンのような形状の機械のようだった。
適当にボタンを探して押してみると、パッと画面が点灯したので操作はできそうだ。

「神羅が開発していた最新式の通信端末…なん、だが…君は使い慣れてそうだな」
「へっ? ああいや、何となくですよ! 触ってみたらどうにかなりそうだなーって」
「なるほど。何となく、か」

どことなく訝しげな視線を受けながらも、私は懐かしのタッチパネルを指でさらりと撫でた。

「説明は不要そうだな。その中に音声データが入っているだろう、移動中にでも聞いておくといい」
「音声データ…あ、これかな」

一体何の音声データなのかは分からないが、端末と共に渡されたイヤホンを耳に嵌めて音声データを再生する。イヤホンから聞こえて来たのは複数人の話し声だったが、それが誰のものなのかはすぐに分かった。

『奈々に伝言、伝えてくれるんだって!』
『アタシ! アタシからはね〜、早く帰ってきなよって言って!』
『オイラ、とにかく奈々に会いたいよう…』
『おう、神羅なんかぶっ飛ばしてやれって言ってくれ!』

エアリス、ユフィ、ナナキ、それからバレットの声だ。もしかしなくても、これは私へのメッセージだろうか。
久々に聞く仲間たちの声に、私の喉が切なくギュウっと苦しくなったような気がした。

『ほら、他には? 早く早く!』
『お前が戻って来たら、オレ様のハイウインドに乗せてやるからな! 迎えにだって行ってやるぜ!』
『飛空艇ハイウインドは君のものではなく、あくまで我が社の財産なのだがな』
『奈々、私をあの屋敷から引き摺り出した罪は重いぞ。責任は取ってもらう』
『ヴィンセント、それ…脅し?』

ひときわボリュームの大きいシドの声と、冷静に突っ込みを入れるツォンの声も混ざっている。
そしてヴィンセントまでもがこうして言葉をかけてくれるだなんて、驚きだ。

『奈々さ〜ん! 教えてくださった情報のおかげで、ミッドガルの避難がスムーズに進んどります! ホンマ、感謝しかありませんわ!』
『ケット・シーの伝言、ただの業務連絡じゃんよ』
『しゃーないやろ! あのハゲのせいで奈々さんに成果報告すらでけへんねん!』
『ハ…ルードか』

同じ社内の人間だと言うのに、ルードをハゲ呼ばわりしているケット・シー。何か恨みでもあるのだろうか。

『ティファとクラウドは? 何て伝えるの?』
『私は…うん、話したいこと、沢山あるから。早く会いたい。あと、私も奈々のことが大好きだよって、伝えて』

沢山傷つけてしまったはずのティファから、会いたいと言ってくれるとは思っていなかった。
つい目頭が熱くなり、じんわりと視界が滲んでいく。
そして一瞬の静寂のあと、ずっと聞きたかったクラウドの声がした。

『怪我をするな。それから人の事ばかりでなく、自分の事も大切にしろ』

奇しくも、クラウドはザックスが普段私に言うようなことばかり口にした。私はそんなに捨て身で活動しているイメージなのだろうか。散々怪我をした後にこのメッセージを聞いてしまうと、病院で巻かれた包帯を全て取り払っておきたくなってしまう。気まずい。

『あとは…俺もお前と同じ……いや、これは直接会った時に伝える』
『お前と同じ、って? なんかちょっと怪しくない? ね〜クラウド! ねえねえ〜、何なのさ! お前と同じって、どういう意味〜?』
『うるさい』

クラウドに茶々を入れたユフィが勢い良く切り捨てられている様子に、今度は口角が勝手に上がって行ってしまった。でも、確かに気になる。「お前と同じ」とは一体なんのことなのだろう。

『エアリス、君は何と伝えて欲しいんだ?』
『う〜ん…ありがと、って。それだけ伝えて』

最後に優しい声のエアリスがそう告げる。ああ、彼女は本当に生きているんだ。
人づてに聞くことしか出来なかったエアリスの生存。こうして実際に声を聞くと、彼女が生きているのだという実感が波のように押し寄せてきた。
エアリスに会いたいなぁ。会って、今までのこと、これからのこと、色々話をしたい。

あと少し、もう少しだけ頑張れば。きっと私が待ち望んだ結末が待っていることだろう。
はらはらと両目から流れていく涙が、なんだか今は温かく感じた。


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