FF夢


 8-14



Side 【Cloud】

ブーゲンハーゲンと共に忘らるる都に訪れたクラウドたちは「白の間」と呼ばれる場所に居た。
白い色の石で造られたその場所は、かなり変わった構造をしているようだ。
空間の中心部には青白く光り輝く巨大なマテリアが鎮座しており、そのマテリアをぐるりと囲むように足場ができている。
少し離れた場所には大きな巻貝に似た民家や、白い石でできた円柱がいくつも建っている。

クラウドたちが二の足を踏んでいると、ブーゲンハーゲンが何かを発見したようで「おお…これは…」と声を上げながら青白いマテリアのもとへと向かった。
マテリアを始め、白の間の床や装飾に至るまで全てに目を向けるブーゲンハーゲン。
はるか昔に古代種が暮らしていた都なのだ、星命学者である彼にとってこの場所は刺激と魅力に満ち溢れた情報の宝庫なのだろう。

「俺たちも向こうに行こう」

空中浮遊によって道のりをショートカットできるブーゲンハーゲンとは違い、複雑な構造をした白の間を進み始めるクラウドたち。
何本もの柱を通り過ぎ、入り組んだ細い階段を上った末にようやく、ブーゲンハーゲンが先行していた青白いマテリアのもとへと辿り着いた。

「この場所には、古代種の意識が漂っている。そのどれもが『星に危機が訪れた時にはホーリーを求めよ』と訴えておる」
「ホーリー?」

聞きなれないワードに首を傾げるクラウド。
そんなクラウドに、ブーゲンハーゲンはホーリーという魔法についての説明も付け加えた。

「究極の白魔法じゃ。究極の黒魔法であるメテオと対を成す魔法で、メテオから星を守るための最後の望みである」

宇宙から着々と近付くメテオを防ぐ手段がまだ残されていたのだと、僅かな希望がクラウドたちの胸に芽吹いた。

「ホーリーを発動させるには、願うこと。願いが通じれば、星に害をなす全ての物が消えてなくなるじゃろう」
「メテオも、ウェポンもか?」
「ああ。もしかしたら、我々人類もな」
「俺たちも?」
「星にとっての良いもの、悪いもの…それは星が決めることじゃ」

人間としての視点では、自分たちが星にとって益であるか害であるかなんて判断できないだろう。星を破壊せんとするメテオはもちろん、星から精神エネルギーを吸い上げて消費している人類だって害とみなされる可能性は大いにある。
ひとつだけ確かなことは、ホーリーがメテオに対して有効であるという事実だけ。

リスクはあるかもしれないが、ホーリーに頼るしか方法は残されていなかった。

「ホーリーを発動させるには、具体的に何をすればいいんだ? 何が必要なんだ?」
「なに、普段魔法を使う時と変わらんよ。星と人を繋げてくれる白マテリアを身につけ、そして星に語りかける。兵器として加工されていない分、少しばかり扱いが難しいかもしれんがな」

ホーリーが発動すると、白マテリアが淡いグリーンに輝くらしい。と、そこまで聞いたクラウドががっくりと肩を落とす。

「白マテリアはエアリスが持っていた。でも、ジェノバに襲われた時に祭壇の遥か下に落ちてしまったんだ」

水の祭壇でエアリスがジェノバ扮するセフィロスに刺されたとき、彼女が母親から譲り受けた白マテリアがゆっくりと落ちて行ったのを思い出すクラウド。
あの水深では、取りに行くこともままならないだろう。

ブーゲンハーゲンは「ふむ…」と小さく呟き、そして突然話題を変えた。

「白マテリアの件はまた後で考えるとしようかの。これを見てみよ」

そう言って床を指差すブーゲンハーゲン。指し示された先には複雑な模様のようなものが彫ってあった。

「これは…」
「古代文字じゃな」
「読めるのか?」
「まったく読めん! ワシは古代種でも考古学者でもないからの〜」

あっけらかんと言い放たれた言葉に、クラウドたちが一斉に頭を抱える。
しかしブーゲンハーゲンは、何も冗談を言うために古代文字を指したわけではない。その古代文字の下を指して「ここを見るがよい」と告げた。

複雑な古代文字のすぐ下にうっすらと残るチョークのあと。「カギを」「オルゴールに」という二言が書き込まれている。

「かつて、この場所を発見した学者がいたのじゃろうな」

人里離れたこの場所で、その学者は古代文字の解読に挑んだのだろう。
難解な古代文字の解読を試みた末にたった二言を解読し、その後この場所を去ったか、もしくは力尽きて星に還ったか。
たった二言とはいえ、今のクラウドたちにとってはかなり重要なヒントだ。
「オルゴール」という言葉に心当たりのあるブーゲンハーゲンが、ふと顔を上げて「あれがオルゴールじゃな」と指差した。白い石で造られた円柱にほとんど隠れてしまっているが、クリスタルで出来ているかのような透明な物体がちらりと見えた。

「あれがか?」
「うむ。あとは"カギ"じゃが…」

すると今度は、青白く巨大なマテリアに見とれていたユフィが「あっ!」と大きな声を出した。

「ねえ! カギってあれじゃない? 細い貝みたいなふっる〜〜いカギ!」
「あっ、海の底で拾ったヤツ? じっちゃんに見てもらうの、すっかり忘れてたよ!」
「確かに拾いましたなぁ。ボクあの後、ハイウインドの倉庫に運んどきましたよ」

ユフィ、ナナキ、ケット・シーがうんうんと頷き合い、最後にヴィンセントが「見たところ、素材も形状もここの建造物と酷似しているな」と冷静に告げた。

「アタシ、ちょっと取ってくる!」と言って走り出したユフィと、それに着いて行くナナキ。2人はこの広い都を驚くほどの速さで駆け抜け、数分と経たないうちに白の間へと戻ってきた。

「どれ、ワシがカギをさしてこよう」

ブーゲンハーゲンがユフィからカギを受け取り、オルゴールのもとまでフワフワと飛んでいく。
彼が辿り着いた先にあるオルゴールは、まるで水の祭壇を模したミニチュアのような形をしていた。
鍵穴に白いカギを差し込むと、カギが勝手にクルクルと回りだす。外部から力を加える必要もないようだ。鍵穴をぐるりと囲うように伸びた水晶と、カギの棘が優しくぶつかり合うことでカランコロンと涼しげな音が響く。
ここにきてようやく、この物体がオルゴールと呼ばれる所以が分かった。澄んだ音色が耳に心地良い、とクラウドたちはその音に聞き入った。

カギが何周か回り続け、やがてオルゴールが奏でる音が止んだころ。
マテリアの周りに居たクラウドたちは、何やら地面が揺れ始めたことに気がついた。
オルゴールのすぐ近くにあった白い円柱がゆっくりと地面に埋まり、次の瞬間にはクラウドたちの頭上から冷たい水が滝のように流れ始めた。

多量の水は白の間の中心に鎮座するマテリアや台座を避けるように、円柱状のカーテンの如く流れ続ける。水の形状のおかげで、マテリアのすぐ近くに居たクラウドたちが派手に濡れることはなかった。

「うわぁ〜!」

ユフィが目をキラキラさせて辺りを見回す。マテリアから放たれた光が水のカーテンの中でキラキラと乱反射を起こし、うっとりとするような幻想的な光景が広がった。
しばらく水のカーテンとマテリアが織り成す美しい光景を眺めていたクラウドたち。いつの間にか背後に立っていたブーゲンハーゲンが「これは…ただの水ではない。スクリーンになっておるようじゃな」とつぶやいた。

彼の言うとおり、この場所はただ水が流れ落ちるだけのギミックなどではない。
青白く輝いていたマテリアが輝きを増し、目の前の水にイメージが流れ始めた。
この巨大なマテリアにも一種の魔法が封じ込められているようだ。時空魔法のひとつだろうか。

鏡面のようになめらかに流れ落ちる水のスクリーンに映し出されたのは、あの日祭壇で祈りを捧げていたエアリスの姿だった。

「エアリス…そうか、あの時エアリスはホーリーを発動させるために…」

彼女が懸命に何か祈り続けていたのは白魔法ホーリーを発動させるためだったのだと、クラウドたちはようやく知ることができた。
冷たい刃に貫かれたエアリスがゆっくりと目を閉じ、やがて透明なクリスタルにその全身を覆われる。彼女の髪留めからするりと落ちた白マテリアが1回、2回、と地面を跳ねて祭壇の下の泉へと落ちた。

そしてクラウドたちは目にした。緑がかった乳白色をしていた白マテリアが、水底で静かに淡いグリーンの光を放っていることを。

「…輝いている」
「ホーホーホウ! あわ〜いグリーンじゃ!」

エアリスが既にホーリーを唱え、その祈りが星に通じている。それはマテリアを見れば明らかだというのに、何故ホーリーは発動しないのか。
そんな疑問を抱きながらスクリーンを見ると、そこにはいつの間にか別のイメージが流れていた。

クリスタルの中で静かに目を閉じるエアリス。彼女の元に、黒い服の男が近付いていく様子だ。ぼんやりとした後姿ではその人物の正体がわからない。
その男がエアリスを包み込んでいるクリスタルに触れた瞬間、エアリスを覆っていたクリスタルがまるで水のように溶けていったのだ。

「あれは、一体…」
「ねえクラウド、あの祭壇に行きましょう!」

心配そうなティファがそう言うと、クラウドはすぐに「そうだな、ちょうど時間も夜だ。もう一度あの祭壇に行こう」と頷いた。



***



クラウドたちが水の祭壇へ向かうと、祭壇の入り口に通じている民家の近くで「クエーーッ!」というチョコボの鳴き声が響いた。
聞いただけでもわかるほど敵意に満ちた鋭い声に、皆が自然と武器へと手を伸ばした。
誰もチョコボを傷つけるようなことはしたくないが、怒ったチョコボの攻撃力の高さは充分に脅威であるからだ。
しかし、クラウドだけはハッとした顔で「ちょっと待て、攻撃するな!」と皆にストップをかけた。

「もしかして…クジャ、か?」

そう問いかけると、夜の闇に紛れていたチョコボが姿を現す。
つやつやとした黒い羽根のチョコボは警戒心の混じった目でクラウドを見つめ、そして突然「クェッ!」と高い声で愛想良く鳴いた。

「やっぱりそうか。久しぶりだな、こんな所で何をしているんだ?」

嬉しそうに擦り寄ってくるクジャを撫でながら、クラウドはそう問いかける。
そんな仲良さげな様子に、ナナキが「クラウド、知り合い?」と聞いた。

「知り合い…まぁ、そうだな。奈々やザックスと共に旅をしていた頃の仲間だ。何故ここに居るのかは分からないが」

まるでクラウドの疑問に答えるように、クジャはクラウドを水の祭壇へ続く家の中へと押しやる。先ほどまでは、来る物を全て拒むほどの気迫だったというのに。

あの日のように透明な螺旋階段を降って行くクラウドたち。
やがて水の祭壇の内部へと入ると、その場所にあるはずの物がないと言う事がわかった。
エアリスが眠るクリスタルが姿を消している。どうやら、あの水のスクリーンで見たイメージは現実のものだったらしい。

そして階段を降り終え、祭壇に向かったクラウドたちは居るはずが無い人物がそこに居ることに気付いた。


「エア…リス…?」

クラウドたちは己の目を疑った。そして、この不思議な空間が見せる幻想なのだろうか、とも思った。
しかし、祭壇で目を閉じて祈りを捧げていたエアリスがこちらに振り返って輝くような笑顔を咲かせたのを見た瞬間、そこに居る彼女が紛れも無い本物なのだと実感した。

「エアリス、何で…!」
「みんな、会いたかったよ、すっごく!」

以前と変わらない、優しいグリーンの瞳が喜びの涙で潤んでいる。
ティファは思わず「エアリス!」と彼女の名前を呼びながらエアリスに抱きつく。エアリスもそれを嬉しそうに受け止めた。

「エアリス、生きてる…本当に? 夢じゃない?」
「うん、ホント。奈々のおかげなの。わたしのこと、助けてくれた」

エアリス本人の口からそう語られ、仲間たちの表情が一層明るくなる。
やっぱり奈々は、エアリスを守ろうとしてくれていたのだと。
その行動が、ついに実を結んだのだと。

ティファに続いてユフィもエアリスに抱きつき、涙をポロポロと流しながら「良がったよぉ〜!!」と声を上げた。

「うおおー! 良かったぜ、エアリス!」
「うん、バレット。ずっと心配してくれて、ありがと」
「エアリス! 会いたかったよう!」
「わたしもだよ、ナナキ!」

口々にエアリスとの再会を喜び合う仲間たち。シドやヴィンセント、ケット・シーも一歩後ろに立ってはいるが、嬉しそうに笑みを浮かべている。

「エアリス、その」
「ふふっ…クラウドったら、前よりちょっと気弱になったんじゃない?」
「前の俺は、ザックスを模倣していただけだ」
「うん。今こうやって本当のクラウドに会えて、うれしい」

この場所で起きた事など微塵も気にしていないかのようなエアリスに、クラウドは頭の中で準備していた謝罪の言葉を飲み込んだ。
エアリスはそんな言葉を欲しがっているのではないと気付いたからだ。

クラウドは代わりに、今の気持ちを素直に言葉にした。


「また会えて嬉しいよ。おかえり、エアリス」
「うん! ただいま!」




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