FF夢


 8-08



Side 【奈々】



次の作戦会議が行われているゲルニカで、御役御免となった私は1人で暇を持て余していた。今は誰もいないデッキに座り込み、ぼうっと外を眺めているところだ。
会議の間は艇が空中をホバリングしているため、デッキには程よく涼しい風が吹いている。
これで真っ青な空でも広がっていたらどれほど最高だろうか。と思うが、相変わらず暗い空には赤黒いメテオが存在感たっぷりに浮かんでいた。

所々が激しく損傷しているデッキの床板を見回し、そういえば今は何時ごろなのだろうと疑問が浮かぶ。ちらりと腕時計を見れば、その針は午前1時を指している。真夜中じゃないか。
ここ数日間、まともに眠れていないツケがとうとう回ってきているようで、体は鉛のように重いし目もしぱしぱと乾いて痛む。

乾き、疲れた目を閉じて休ませていると「よう、奈々」とザックスの声が聞こえた。

「ザックス、作戦会議は終わった?」
「おう、終わった。ウェポンは今から1時間後に追跡開始。んで、お前はツォンとシスネと一緒にミッドガルに向かう」
「うん、わかった」

ザックスが加勢してくれたお陰で、ようやく休息が取れる。
そりゃあ体力の持つ限りは私に出来ることを全うするが、所詮私は甘ったれの現代人として20年ほど生きてきたのだ。休息は取りたいし惰眠も貪りたいというのが本音だ。
きっと、ミッドガルに到着する前に私は寝落ちることだろう。やはり人間と言うのは睡眠を取らなければ死んでしまう生き物なのだと強く実感した。

「なぁ、奈々」
「なに?」
「本当にありがとうな」

ザックスが真面目な顔で礼を言っているが、何に対しての礼なのか私は見当がつかずにいた。

「エアリスと会えた。5年ぶりだ。会って、話して、触れて。正直…心のどっかで、こうやって会いに行くなんて無理だろうなって思ってたんだ」
「…話した? エアリスと?」

会って話したとはどういう事なのだろうか。
あの時、エアリスは確かにその体を貫かれ、そしてクリスタルの中で…

「エアリスは、生きてる?」
「え? お前が助けてくれたんだろ? エアリスもそう言ってたぜ」

私は、ザックスにエアリスと再会したときの事を詳しく聞いた。
クリスタルの中で目を閉じていたエアリス。ザックスが彼女に手を伸ばした瞬間、エアリスを包んでいたクリスタルが崩れ去ったという。
そしてザックスの腕の中で目を覚ましたエアリスが「奈々が守ってくれたの」と言っていたと。

私はてっきり、あの時エアリスは既に事切れているものとばかり思っていた。
しかし、違ったようだ。彼女の命が潰える間際であのクリスタルがエアリスを包み込んだらしい。
私…いや、私たちはあのクリスタルを、事切れたエアリスを包み込む棺だとばかり思っていた。だが真実は違っていた。あれはエアリスを守り、傷を癒し、然るべき時まで彼女を守るための鎧だったのだ。
まるでそれは、北の大空洞で眠っていたセフィロスの体を取り巻いていたあの物体のようだと思った。

「エアリスが…生きてる…」
「ああ、生きてる。あの場所で、まだやる事があるんだってよ」

今の今まで力及ばずエアリスを失ってしまったと思っていた私は、心の中に渦巻いていた黒い感情がみるみるうちに消え去っていくのを感じた。
そして胸中にこみ上げてきた温かい気持ちがそのまま雫になっていくかのように、両目からポロポロと涙が溢れる。

「ははは、泣き虫は直らねえなぁ」
「エアリスが生きてる、また会える…」

ザックスは笑いながら私の横に腰を下ろし、そして私の背中に手を回してポンポンと慰めるように擦ってくれた。

「お前が頑張ってくれたおかげで、俺もエアリスも今を生きてる。お前がいなけりゃここまで生き延びる事なんかできなかったって、分かってんだ」
「うう〜…」
「いくら感謝したって足りねえよ。だから、今度は俺が頑張る番。お前は少し休んでろ」

ザックスの優しい言葉に、私はただ頷くしか出来なかった。
エアリスが生きている、ザックスもここに居る。2人が再会を果たして、今は互いにやるべき事をしている。長年夢見てきた、理想そのままの世界がこうして実現しているだなんて。
それが何よりも嬉しくて、私はえぐえぐと泣き続けた。
まだ戦いの真っ最中だというのに、私の頭の中は「ああ、ここまで頑張ってきてよかったなぁ」という一言でいっぱいになった。

疲弊した頭で泣き喚いた私は、いつの間にかザックスに寄りかかったまま意識を手放した。



***



次に私が目を覚ましたのは、ゲルニカでザックスと話したときから12時間が経過した頃だった。
薄暗く静まり返った室内に、時計の秒針の音だけが響いている。
体に無理の無いようにゆっくりと起き上がれば、ベッド脇のサイドテーブルに新品のミネラルウォーターが目に入った。
これ幸いと水を口に含むと、長時間の睡眠で乾ききっていた喉が優しく潤った。
ふとサイドテーブルに視線を戻すと、ミネラルウォーターのボトルの下に一枚のメモが敷いてあったことに気付く。薄暗くはあるが、なんとなく文字を読むことはできる程度の絶妙な室内灯がメモを照らす。
そこには几帳面に整った文字で『目が覚めたら内線番号0805に連絡するように ツォン』と書かれている。
備え付けの内線でも置いてあるのだろう。私はベッドから這いずり出て、ひんやりした床を一歩二歩と歩いた。壁にある照明のスイッチを入れて部屋の明かりを点ける。

パッと明るくなった部屋は、どこか見覚えのある雰囲気をしていた。
ダイヤ柄の床に、淡いグリーンで清潔感のあるベッドカバー。ああ、ここは神羅ビルの仮眠室かぁ。
神羅ビルの64階に位置するこの仮眠室。ゲームではベッドが5つ程並ぶ共用スペースとなっており、そこで休んでHPを回復することのできる部屋である。私が居るのは一人用の個室になっているが、これだけの大企業だし個室タイプの仮眠室も数部屋作られているのだろう。

ベッドの傍に置いてあった私の荷物を拾い上げ、中身を確認する。
とは言え、最近は雪山でちょっとした崖から落ちたり、地中のライフストリームの中に落ちたり、空を飛ぶ飛空艇から落ちたりとドタバタが続いていたため色々と持ち物をなくしている。
もはや、いつ・どこで・何を無くしているのかもよく分からないが、とりあえず携帯電話が見当たらないことだけは分かった。
流石に雪山や地中に落ちてしまった携帯電話を取り戻すことはできないだろう。アレがあればツォンやケット・シーに直接連絡を取ることもできるのに。

不便だなぁと胸の中で文句を言いながら、部屋の隅に備え付けられている子機を手に取って【0805】と入力する。数秒の沈黙のあと、スピーカーから数回の呼び出し音が鳴った。
よかった、ちゃんと繋がった。と胸を撫で下ろしていると、受話器の向こう側から『私だ』という尊大な雰囲気たっぷりな声が聞こえてきた。

「あれっ? えっと、ルーファウス?」
『目が覚めたか。体調はどうだ』

てっきりツォンに直通の番号だとばかり思っていたので、完全に不意打ちを食らった気分だ。
私はポカンとしながらも正直に「良好です」と返した。

「ていうか、私が寝てる間に勝手に検査とかしてますよね、どうせ」
『勿論。だが、数値で異常が見つからずとも本人のみが感じる違和感もあるだろう』

まるで医療従事者のようなことを言っている。まぁ、確かに、それも大切な判断材料だ。
数日ぶりにガッツリと睡眠を取った私は、ここのところ蓄積していた疲れも全て吹っ飛んで絶好調といったところだ。

『今、君の居る部屋まで迎えをやった。君が眠っていた間のことは私が話そう』
「あ、ありがとうございます」

随分と親切にしてくれることだ。別に案内など無くとも神羅ビルの内部構造はよく知っているのだが。どうせここ64階でしょ? 社長室に行けば良いんでしょ? あ、ダメだわカードキー持ってないわ。
そういえば神羅ビルの上層階は驚く程にセキュリティが強固であり、各階に対応するカードキーが必要なのだということを忘れていた。ゲームの進行上、そのカードキーをホイホイ侵入者に渡すようなキャラも居るが、本来であれば部外者がおいそれと入手できるものではない。
私はミネラルウォーターをちびちび飲みながら、大人しく案内人の到着を待った。

迎えに来てくれるのはツォンか、リーブか、それともシスネか。このタイミングで神羅ビルに居てもおかしくない人を頭の中で思い浮かべ、予想を立てる。
すると僅か数分後、答え合わせをするかのように仮眠室のドアがコンコン! とノックされた。

「はぁい」
「お、元気そうじゃねーか」

扉の向こうから姿を現したのは、まさかのザックス。
彼がここに居るということは既にアルテマウェポンの討伐は終了したのだろうか。
まぁ、あれから12時間も経っているのであれば、倒し終わっていても不思議ではない。
私がその疑問を口にする前に、ザックスは輝く笑顔とガッツポーズを決めながら「アルテマウェポンはバッチリ倒したぜ! やっぱお前の作戦ってすげーわ!」と教えてくれた。なんというアッサリとした討伐だろうか。
いや、戦い自体は熾烈なものだっただろうが、ザックスの口調がそれを感じさせないのだ。まるで「ゴキブリ、退治しといたぜ!」とでも言われたくらいの気軽さだ。

ザックスと共にゆっくり歩きながら、私は自分が眠っていた間の話を聞いた。

「作戦は結局、お前の立てたフローとかデータを元に組み直されて、今度は全員が自分の役割をやり切った。おかげで死者はゼロだし、重傷者も出てねえ」
「そっか、よかった」
「一回だけ『ヤベェ!』って思う瞬間もあったんだけどよ、補助部隊のヤツがすっげえ良いアイテム使ってくれてさ」

それはもしかして私のラストエリクサーだろうか。よかった、無駄にはされなかったようだ。

「んで、今はとりあえず次の任務に向けて一時休憩って所だな。タークスの連中は他にもやる事が山積みらしくてよ、待機中だった俺がルーファウスの使いっぱしりやってんの」

ザックスが素直にルーファウスの指示に従っているのは少し驚いた。だが考えてみれば、ジェネシスの一件にも片が付き、クラウドもエアリスも無事。そして彼が命を狙われていた時とは社長も代替わりしているのだ。ザックスの、神羅に対する遺恨などは私が思っていたよりも少ないのかもしれない。
それに、彼が良く知るツォンやシスネの存在も大きいのだろう。

「俺はこのまま、メテオだウェポンだってのが落ち着くまでは神羅に力を貸すつもりだ」
「そっか。じゃあ、一緒に戦えるね!」
「おう! それによ、意外と俺の事覚えてるヤツも居てさあ。まぁ、殉職したとか処刑されたとかって色んな情報が飛び交っててさ、面白かったぜ」

ニコニコと笑うザックスは、ここに来てようやく「神羅に追われる身」という重責から解放されて、心から伸びやかに見える。
私も、まさか彼がこうして神羅ビルの中を闊歩しているのを生で見ることができるなんて、思いもしなかった。正直言って感動ものだ。この瞬間を写真に残したい。

私たちは、社長室に辿り着くまでの数分間をできるだけゆっくりと歩いた。
ほんの僅かな間の平穏を噛み締める時間は、私にとってかけがえの無い物だ。きっとザックスも同じように考えているのだろう。
先ほどから何気ない顔で遠回りのルートを歩くザックスを見上げると、どうしても「ふふふ」と笑い声がこみ上げてきてしまう。ああ、この瞬間のために頑張ってんだ私は。
心をポカポカと暖めてくれるくすぐったさを感じながら、これから起きる事に思いを馳せた。

きっと、ザックスと一緒なら、大丈夫だ。



***



Side 【Rufus】



奈々が目を覚ます数時間前のことだ。神羅ビルの最上階にある社長室で、ルーファウスはツォンからの報告に耳を傾けていた。

「彼女の容体ですが、ウェポン戦で負った外傷は全て治癒済みです。心拍、脳波も特に異常は見られません。睡眠不足と過労状態ではありましたが、休養を取れば回復する程度とのことです」
「ふむ、そうか」

別件の報告書に目を通しているルーファウスに、ツォンは先ほど医療スタッフから受けた報告をそのまま伝える。

「それから、情報遮断はできているな?」
「ええ、彼女から押収した携帯電話はレノに持たせています。社内に居る人間が隠し持つよりも、外部に持ち出してしまった方が安全かと」
「いい判断だ。奈々は時折、妙に勘が鋭いことがある」

書類から目線を上げ、ニヤリと笑みを浮かべたルーファウス。その目は真っ直ぐツォンへと向いている。

「そろそろ連中も気付く頃だろう」
「ええ、ですが既に彼女とクラウド達の連絡は完全に遮断されています。リーブ統括に関しても、見張りとしてルードを付けています」
「ご苦労。これで後は、ザックス・フェアを傍に置いておけば彼女も大人しくここに居ることだろう」

奈々やザックス、リーブの知らぬ所で巧妙に張り巡らされた策略の糸。
ルーファウスは既に奈々の行動や思考を読み、見事なまでにクラウド達と分断していた。
まるで「北風と太陽」の童話のようだ。表向きは奈々の意見を尊重し、自由に動けるように見せかけて、裏を返してみれば全てルーファウスの掌の上。
奈々もザックスも、ウェポンを倒したという輝かしい成果に気を取られ、こうして協力体制にある神羅がそんな策を弄しているなどとは微塵も思っていないことだろう。

「クラウド達はどうしている?」
「どうやら、ヒュージマテリアに気を取られているようです」
「フン。ハイデッカーとスカーレットが考え付いたヒュージマテリア作戦か。成功するとは到底思い難い愚作だが、囮として良い仕事をしているではないか」

ルーファウスはデスクに軽く肘をつき、指をするりと組んで満足げに笑みを浮かべた。
そんな彼とは対照的に、ツォンは表情を変えないまま「メテオは本当に大丈夫なのでしょうか」と小さく問いかけた。

「ああ。我々の与り知らぬ所で、何者かが対策しているらしい。奈々が着々と接近するメテオに何の反応も示さないということは、あれは我々がどうこうする必要の無い物だということだ」

奈々が語るほんの僅かな情報から、驚くほど多くの推測をするルーファウス。彼はそのまま「ならば我々がすべき事は、この星がメテオを回避するという前提の行動だ。対策を講じている姿を世界に見せること。そして、あの宝の泉たる知識を何としても手中に収めておくことだ」と何食わぬ顔で言い放った。

ツォンはそんなルーファウスに、底の知れない恐ろしさを感じた。
自分も大概ではあるが、ここまで人間離れした思考を持つこの男が人間ではない何かのように感じてしまうのだ。

「まったく、情報という物は、何にも替え難い財だとは思わないか?」

この非常事態だというのに、ゆるりと笑ってみせるルーファウス。
ツォンは、そんな彼に一言「仰る通りです」と返した。


previndexnext