FF夢


 8-06





Side 【奈々】


数時間前、私たちは『ミディールエリアからミッドガル方面へとアルテマウェポンが飛行中』との報せを受けた。
アルテマウェポンはふらふらと各地を飛び回りながらも、着実にミッドガル方面へと近付いているようだ。

私は今、そんなアルテマウェポンを討伐するために神羅の最新式飛空挺であるゲルニカ弐式に乗っている。私の知っているゲルニカは神羅空軍の所有する物資輸送用の飛空艇だ。しかしこの『弐式』と名付けられた飛空艇は思っていたよりも大型で、大人数が戦闘配置につけるほどの広いデッキなど、飛空艇ハイウインドを髣髴とさせる造りになっていた。

20数名程で編成された討伐隊は、ミーティングで説明があったように3部隊で編成されていた。
ソルジャーを主とした近接部隊、遠距離より魔法攻撃を繰り出す遠距離部隊、そして回復やバフなどのサポートを行う補助部隊だ。

私はというと、何故か当初の予定とは違い補助部隊の指揮を取ることになってしまった。
百歩譲ってそれは良いとして、1つ問題が発生しているのだ。
それは、この補助部隊が普段から軍で運用されている編成のままであるということ。つまり、普段彼らの指揮を取っている部隊長が居るにも関わらず、私が新たな部隊長として彼らを動かさなければならない。

これは非常にまずい。本来の部隊長からしてみれば、こんなポッと出の女の言うことを聞かなければいけないという屈辱に晒されることになる。そりゃあ反感を買って当然だ。
私の予想通り、先ほどからかなりチクチクとした鋭い視線に加えて「何であんな女が」といった不満の声が聞こえてくる。

文句を言いたい気持ちは嫌と言うほどわかる。わかるが、私がこのポストを希望した訳ではないと、何故誰も彼らに説明をしないのだろうか。


「大丈夫か」
「ニーダさん…」
「急な抜擢をしてしまって済まないな」

本当に、心から迷惑であります! と言えたらどんなに楽だろうか。
確かに私の立てた作戦は、補助こそが作戦の要だ。どんなに強力な攻撃ができたとしても、ウェポン相手に回復や防御が間に合わなければ勝ち目など無い。
MPを大量に消費する戦いになるだろうし、ウェポンの行動フローが頭に叩き込まれた者が臨機応変に指示を出すのが最も効率的なのは理解している。
ニーダもそのつもりで私を指名したのだろうが、もう少し配慮があっても良いのでは…と、不満が胸の中に溜まって行く。

「まぁ、ご期待に沿えるように頑張るね」
「戦闘に関しての心配はしていないが…」

ニーダは声のボリュームを落とし、私にだけ聞こえる声で「部隊の連中の扱いには気をつけろよ」と言った。ええ、それ、今しがた心配していたんです。

「やつら、新しいやり方を嫌うんだ。君という新たな指揮官に、軍では起用されてこなかったような斬新な作戦…急な編成だったから彼らを説き伏せる時間が取れなくてな、少し怪しい雰囲気だ」
「さっきからピリピリしてるのは感じてたよ…まぁ、どこの馬の骨かも分からない女に指図されるっていうのも、不満に感じるのはわかるし。出来る限り下手に出て頑張ってみる」
「すまない。一度君の能力を見せ付けてしまえば、次から君に反発してやろうだなんて思わないだろう」

果たしてそんなに単純な話だろうか。
ニーダは釈然としていない私の肩をポンポンと叩き、立ち去っていった。
今のは元気付けてくれたのだろうか、しかし皆の前で私にだけヒソヒソと話しかけるのは止めていただきたい。


「見たか、今の…」
「随分と親しいらしいな」

ホラァ。
こんなもの、ドロドロと面倒くさい女社会と何も変わらないじゃないか。
学園のアイドル的メンズとうっかり親しくしてしまい、怖い女子グループに目をつけられて虐め抜かれる女生徒の気持ちだ。
私はこれから待ち受ける憂鬱を紛らわせるため、そっと深いため息を吐いた。その時だった。

ビービー! というけたたましいアラーム音が響き、艇内に放送が流れた。

『アルテマウェポン捕捉。間もなく交戦圏内へ突入する。総員、直ちに戦闘配備へ移行せよ。繰り返す…』

放送が鳴り止まぬうちに、その場に居る全員が立ち上がってデッキへと大移動を始める。
私も彼らに続いてデッキへと急ぐと、すれ違うソルジャー達に「頼んだぞ、アドバイザー」「気をつけろよ」と声をかけられた。
ああ、彼らは私を一般人扱いしてくれるのか。嬉しい。今すぐ逃げたい。
しかし流石はソルジャーと言うべきか、こんな状況下なのに余裕が感じられる。
彼らの余裕に触れたことで、私を支配していた緊張が少しだけ和らぐ。ハァ、私がしっかりしなくては。


全員がデッキに集合して整列すると、ちょうどアルテマウェポンが目視できる程度の距離まで接近していた。
付かず離れずの距離を保っていたゲルニカ弐式が、次第にウェポンへと近付いていく。みるみるうちに大きくなっているウェポンの姿に、周り中から息を呑むような音が聞こえてきた。

「戦闘開始直前ですので、バリア・マバリア・ヘイストを展開します!」

アルテマウェポンと交戦開始する寸前で私が全体にバフをかけ、補助部隊には本来彼らが得意とする回復に専念してもらう。そのつもりで『てきのわざ』マテリアに魔力を込めた時。この土壇場で私に「待て」と意義を申し立てる人物が居た。

「軍では、てきのわざマテリアの使用は推奨されていない」
「はぇ?」
「A班はバリア、B班はマバリア、C班はヘイストを順次展開せよ!」

まさか、先ほど不満を漏らしていた部隊長らしき兵士が、こんなにもハッキリと邪魔をしてくるとは思わなかった。
異議申し立てならば事前にしてくれれば良かったものを、この土壇場で私を押しのけて指揮権を奪いにかかるなんて。
隊員たちは赤服の兵士と私を見比べ、そして戸惑いながらも補助魔法を唱え始めた。

というか、何だ、てきのわざマテリア禁止縛りって。
こちとらバフはマイティガード、回復はホワイトウィンド、序盤の全体攻撃はベータと相場が決まっているんだ。
そうこうしている間にアルテマウェポンがこちらに気付いて、その双眼をゲルニカ弐式へと向ける。
ハイウインド同様、魔晄エネルギーを動力源にした飛空艇だ。星からエネルギーを吸い上げる害として、確実にウェポンの攻撃対象になることだろう。

赤い兵士の指示を受けていたA、B、C班がほぼ同時に魔法の詠唱を終えると、部隊の半分に補助魔法がかかる。
…そう、半分に、だ。

「あれっ、全体化は!?」
「フン。そんなものはソルジャー以上にしか支給されん。第二詠唱、始め!」

それを最初に言え。なんて効率の悪い戦闘なのだろうか。
いや、確かに神羅兵との戦闘で彼らが全体化魔法を使っている姿は見た事が無い。それにしても、私が事前に提出した『必要装備一式』のリストの中に各班最低一個は全体化マテリアを、と書いておいたはずなのに。

無いなら無いで余計な手出しをせず、回復に専念してもらえないだろうか。
私の中にイライラとした感情がこみ上げた瞬間、アルテマウェポンが早速青白いエネルギーを口元に溜め始めた。


「アルテマビームが来ます! マバリア急いでください!」

そんな私の叫びも虚しく、彼らがマバリアを唱え終わる前にアルテマビームが部隊を襲う。
マバリアで守りを固めてもそこそこのダメージが予想されていた攻撃だ。案の定、マバリアが間に合わなかった者が耐え切れずに地に伏せて行った。

仕方が無い、個別でもいいからレイズで彼らを戦闘不能状態から回復してもらおう。

「A班、B班の方、戦闘不能者へレイズを…」
「総員ケアルガ用ー意!!」

思わず「キィ!」と歯軋りでもしたくなった。このオッサン、確実に私の指示に被せて来ている。
ああ腹が立つ。円滑な戦闘を送るためにお前にデスをかけてやろうか。
そもそも最初から私に補助魔法を任せておいてくれれば、初手でこんなに深刻なダメージを受けることも無かったのだ。
前方では近接部隊とニーダが空中戦用の飛行プロペラを使ってアルテマウェポンに斬りかかっている。最も危険な場所で戦っている彼らのためにも、補助は完璧にこなさなければならない。
後衛同士でつまらぬ争いをしている場合じゃないのだ。

私は一気に体制を立て直すために、全体化レイズを放った。
倒れていた兵士達が意識を取り戻した瞬間、続けざまにホワイトウィンドとマイティガードを放つ。軍の方針とかどうでもいいです。

「良いですか! 今、補助部隊の指揮官は私です! あなた達からしてみれば、どこの馬の骨とも分からない、ぽっと出の女です!」

これ以上、ぐだぐだと時間を浪費するわけにはいかない。私は限界まで声を張り上げた。

「それでも…死にたくなければ、私に従え!!」

こんなにも感情任せに人を怒鳴りつけたのは初めてだ。
別に、私に対して嫌な感情を抱くのは構わない。だが前線で必死に戦っている彼らを差し置いて、後列で揉め事など…命を賭けて戦っている兵士への冒涜だ。
赤い服の兵士は私を憎憎しげに睨みつけたが、何も反論はしてこなかった。

あいつマジ、後でルーファウスにおチクり申し上げてやるからな。見とけ。


「A班は近接部隊、B班は遠距離部隊への回復に専念してください! C班は近接部隊にリジェネを展開!」
「は、はいっ!」
「最優先は誰も死なせないこと! それが勝利への確実な道筋です!」
「はっ!」

ようやく、私の指示通りに部隊が動くようになってきた。
回復が順調に回り始め、攻撃部隊にも多少の余裕が生まれてきたようだ。ニーダが「その調子だ!」と高らかに声を上げた。
その時、私たちからは離れた場所に居たアルテマウェポンと目が合った。これは何やら嫌な予感がする。

「…補助部隊、敵の攻撃に備えてください!」

私の予感は見事に的中した。アルテマウェポンが補助部隊に向かって、複数の光弾を放ってきたのだ。
この光弾は雷属性。予め雷属性攻撃を半減させるドラゴンの腕輪を装備しておいた私は、ちょっと皮膚がヒリついて体に若干の痺れが走っただけで済んだ。が、全員がそうではなかった。
そこら中で小爆発が起き、粉塵が晴れる頃には補助部隊の多くが痛みに呻いていた。

「ていうか、装備品の準備がぜんっぜん間に合ってないんですけど!?」

すぐさまホワイトウィンドを放ち、補助部隊を回復させる。
しかし、強力な攻撃を受けてしまった兵士から「もう嫌だ…あんなもの、俺たちに倒せるわけがない…」という言葉が漏れ出した。
普段、比較的安全な後方に下がって支援をしているからだろうか。対人ならまだしも、まさかウェポンが後衛部隊を狙い撃ちするなどと思ってもいなかったようだ。

「あんな化け物と戦えるのはソルジャーくらいだろ! さっさと倒してくれよ!」
「黙れ! 腰抜けめ、逃げたいなら逃げるがいい!」

またこの赤服の男は勝手な事を言う。お前こそ黙れ。
怒鳴りつけられた兵士は、すっかり萎縮して固まってしまっている。逃げればいいと言われたところで、敵前逃亡はそこそこ重い懲罰が与えられる筈だ。

大きなお世話かもしれないが、この硬直してしまった兵士も含めて誰も死なせたくはないのだ。
私は、その兵士の両肩を掴んで顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? もしも不安なら、最後列に回ってください。でも、補助は欠かさずに。貴方の回復魔法が、近接部隊の命を救うかもしれないんです」
「う…じ、自分は…」
「怖いのは当たり前です。私だってウェポンとなんか戦いたくありません。でも、私たちが抗わなければ世界中めちゃくちゃにされる…家族とか、友人とか、みんな犠牲になるんです」

私の言葉に、思い当たる人でも居たのだろうか。彼はハッと顔を上げる。

「それと…貴方のことは、私が守ります。ここに居る誰も死なせはしない」

ヘルメット越しでは目線が合っている実感がないが、兵士は深く息を吸って「…戻ります」と小さく言った。


「各攻撃部隊は着実にダメージを与えてくれています、敵の体力も無尽蔵ではありません! でも、私たちが撤退すれば戦況は一気に崩れてしまう。もう少しだけ踏ん張ってください!」
「はい!」

少しでも、ほんの少しでも多くウェポンへダメージを与えるために、片手間ではあるが私も攻撃魔法を飛ばす。

「よし、動きが鈍り始めた! 今が好機だ、仕留めるぞ!」

前の方でニーダが興奮した様子で叫ぶ。確かに攻めの好機ではあるが、相手はウェポン。焦りは禁物だ。


「ニーダ部隊長!! そろそろ発信機の取り付けを!」
「いや、ここで倒しきる!」

どいつもこいつも、事前のミーティングなど無かったかのようだ。
戦いの中で多量のアドレナリンでも分泌されているのだろうか。誰も彼もが冷静さを失っている。

仕方が無い、また私が出しゃばるしかないようだ。
ニーダに万一の事があった時のために用意してもらっていた発信機を握り、背後に居る補助部隊へと指示を出す。

「A班、もうすぐマバリアが切れます。前衛・後衛の順で展開をしてください」
「はい!」
「B班は常にケアルガの準備を。絶対に他の事はせず、即座に回復魔法を使えるように備えてください」
「はいっ!」
「C班は大きなダメージを受けた者の蘇生。及び、回復に手が回らないようであればフォローをお願いします」
「はっ!」

3班全てに補助魔法を託し、私は赤服の兵士に向き合う。彼は私の指示など聞くものかという顔をしているが、この際彼にもしっかり働いてもらわねばならない。

「貴方にはこれを」
「なんだ…これは、エリクサーか?」
「ラストエリクサーです。使う使わないの判断や、タイミングは全て任せます」

いくら私とはいえ、ラストエリクサーは非常に貴重なアイテムだ。本音を言えばこんな男に渡したくは無い。が、四の五の言っていられないのだ。


「私はこれより前衛のフォローに向かいます。そろそろウェポンが逃げそうなので。補助は任せました」
「なんだと?」

あまりゆっくりは話していられない。アルテマウェポンが少しずつゲルニカから距離を取っているのが分かったからだ。
私が前へ前へと走り出した瞬間、ソルジャーの1人が「またアルテマビームが来るぞ!」と叫んだ。

先ほどよりも離れた場所でエネルギーを充填するアルテマウェポン。おそらくこれは、逃走するための一撃のつもりなのだろう。
私は自分にマバリアをかけ、攻撃に備えて防御体勢を取るソルジャーたちの間を駆け抜けていく。

「奈々殿!?」

命綱代わりに船体に縛り付けられたワイヤーを握り、アルテマウェポンが放ったエネルギーの中を駆け抜ける。
露出されている皮膚がビリビリと痛み、息をするだけでも身の中を焦がされるような熱量が私を襲う。
目を閉じ、ほとんど勘だけを頼りに進みながら、足元にエアロを放って空高く飛び上がった。

「まずい! ウェポンが逃げます!」
「ここまで来て逃がすわけ、無いでしょ!」

全身に火傷を負っているのかもしれない、肌に風が当たるだけでも酷く痛む。
私はぶわりとエアロに押し上げられ、ウェポンの目の前に浮かび上がった。そして、握り締めた発信機をアルテマウェポンの体めがけて投げつけた。

発信機がアルテマウェポンの表皮に貼りつき、赤い光がピッと光るのが見える。取り付けは成功だ。
しかし、眼前に標的を捉えたアルテマウェポンが、私に向かって大量に光弾を吐き出したのだ。いくらダメージ半減とはいえ、ただでさえ大ダメージを受けている体で受け止めきれるはずが無い。


私は命綱に、と思っていたワイヤーを握る力さえも無くし、呆気なく地上に向かって落下していった。





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