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第2の課題の熱も幾分冷め、週末にはホグズミード休暇があった週の朝。

今日も休日という事もあり、生徒の姿がいつもより疎らな大広間。
早朝にも関わらず、カノンはパッチリと目を覚まし朝食を採りに来たようだ。




「おはよう、カノン! この間体調を崩したって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「おはようアンジェリーナ。心配してくれてありがとう、もう元気」

すれ違いざまに挨拶を返し、遠くからの声にも愛想よく手を振ってからスリザリンのテーブルへとたどり着く。
普段通りにテーブルに着席しようという時、グリフィンドールのテーブルから騒ぎ声が聞こえた。


振り返ったカノンの目に映ったのは、テーブルの上に降り注ぐ大量のフクロウ。
その中心にはハリー・ロン・ハーマイオニーの3人が唖然とした顔で立ち尽くしている。
周りのスリザリン生だけではなく、ハッフルパフやレイブンクローの生徒も好奇の目でそれを眺めた。
スリザリンのテーブルではパンジー率いる女子生徒たちがくすくす笑っているので、どうやらハリーたちにとって良い事態が起きている訳ではないようだ。


フクロウが運んできた手紙は、全てハーマイオニー宛てだったらしい。
彼女が封筒を開け、便せんを取り出す。
便せんに書かれている文章を追っていくにつれて、ハーマイオニーの表情が曇っていく。
その様子に、カノンは訝しげな顔をしながらグリフィンドールのテーブルへと足を運んだ。



彼女がハーマイオニーの元に到着したのとほぼ同時に、ハーマイオニーが声を上げて涙をぼろりとこぼした。

「いったいどうしたの?」
「あ、カノン、こ、これ、あの女の記事を読んだ人から手紙が・・・」
「記事? どの記事のこと? この匂い、腫れ草の膿の原液? なんでそんなものが手紙に・・・」


ハーマイオニーの白い手を伝う、黄色のドロドロとした液体。
石油臭を漂わせながら、ドロドロの膿はボタリと机の上に水たまりを作った。

みるみるうちにハーマイオニーの手はぼこぼこの吹き出物だらけになり、咄嗟に紙ナプキンでふき取っても既に遅く、皮膚を覆う痛みが増すだけだ。
肌を刺すような痛みと、周り中から向けられる視線に耐え切れず、手をかばいながら大広間を出ていくハーマイオニー。

カノンはぼんやりとそれを見ているロンに、ポケットから小瓶を取り出して押し付けながら「ノロマのウィーズリー、傷薬を持って今すぐに追いかけなさい」と声をかけた。

久しぶりに話しかけられたと思いきや罵倒され、唖然とするロンだったが、カノンに押し付けられた小瓶が傷薬という事を認識するとすぐさま飛び出して行った。


残されたのはハリーと、不機嫌そうな表情を浮かべたカノン。




「・・・で、記事って何の事?」
「またリータ・スキータだよ。この間・・・その、薬学の授業でスネイプが読んでたやつ」

ハリーは怒りをなんとか抑えた様子で、カノンに雑誌を渡す。
それは最近よく目にする"週刊魔女"というゴシップ雑誌で、先日の魔法薬学の授業で騒ぎになった例の記事が載っているものだった。

記事には、スネイプが読み上げた通りの『悪女、ハーマイオニー・グレンジャー説』がつらつらと書き連ねられている。
スリザリンの生徒たちがこれをカノンに見せなかった理由がハッキリとわかった。
これを面白半分で彼女に見せでもしたら、次の瞬間にはそのバカなスリザリン生は灰になっていたであろう。

カノンは素早く動く目で文章を追った。ハーマイオニーへの中傷を書き連ねたページをめくると、そこには予想外の名前が書かれていた。

親友でありハリーに密かな恋心を寄せる可憐な女の子、カノン・マルディーニが献身的に癒している・・・という文章だ。
思いがけず自分の名前が出たことに驚きはしたものの、その文章のあまりの酷さに新聞を握る力が強くなる。


【傷心のハリー・ポッター、それを支える健気な淑女】

マグル生まれの魔女、グレンジャー嬢に弄ばれたハリーは深く傷ついた。
だがそんな彼にも、新たな安らぎがあったのだ。
本誌特派員のリータ・スキータはホグワーツで新たに育つ、淡い恋の実を目敏く見つけ出した。

知的でミステリアス。黒髪が魅力的な、カノン・マルディーニというひとりの女子生徒。
彼女は品があり美しい少女で、ホグワーツの中で彼女を慕う男子生徒は少なくはない。
噂によると、あのビクトール・クラムやセドリック・ディゴリーからも声を掛けられていたとか。
しかしミス・マルディーニはそんな誘惑にも振り向かず、ただ純粋にハリー・ポッターを支え続けてきた。
その恋心がとうとう実ったのだろう。ハリー・ポッターを応援する身として、これほど喜ばしい事は無い。

そんな彼女は、なんとスリザリン生であるという事が発覚した。
グリフィンドールとスリザリン・・・古来から続く"敵対関係"の影に隠れた、美しく優しい恋物語・・・
さながらロミオとジュリエットのような展開が、若い2人の恋心を燃え上がらせているのかもしれない。



「へえ」
「あ! えっと、それは、く、下らないデタラメだよね・・・」
「あの捏造記者にこんなを教え込んだのは、一体どこの馬鹿なの?」

成り行きとはいえそのページを見せてしまったハリーも、とても気まずそうだ。

彼女を取り巻く空気は、氷かナイフのような鋭さと冷たさを感じさせている。
カノンは一通り記事を読んだ後、ハーマイオニーが落としていった便せんを拾い上げた。


絶対零度の瞳で、淡々と文章を追うカノン。さながらハリーのレポートを採点している時のスネイプのようだ。
そして左手でグシャリと便せんを握りしめたかと思うと、腫れ草の液が入っていた封筒を掲げた。

彼女が一度杖をふるうと、机の上や便せんに流れ出ていた腫れ草の膿が再び封筒の中へと戻っていく。
カノンは自分のポケットの中から黒い液体の入った小瓶を出し、フワフワと浮かぶ封筒の中に数滴垂らす。
すると封筒からは『ジュウウゥゥゥ・・・』とおぞましい音が聞こえてきた。

カノンはもう一度杖を振り、封筒を閉じると傍にいたフクロウの足にそれを括り付ける。
フクロウは迷惑そうな顔をしたが、おとなしく空へと飛び立った。
あまりにも静かに平然と行われたそれに、ハリーは目を丸くして恐る恐る問いかけた。


「な、今、何したの?」
「・・・そっくり御返しするんじゃあ物足りないでしょ、10倍にしてやろうと思って。腫れ草の膿の中に破裂薬を混ぜ込んでやったの」
「そうすると・・・どうなるの?」
「ぶくぶくに腫れた水ぶくれが次々破裂していく。ざまあみろってカンジ?」
「・・・・・・・・・」

彼女の言葉を聞いたハリーは顔を真っ青にして、「僕・・・カノンと喧嘩して、よく無傷でいれたなあ」と改めて実感した。

そんなつぶやきをも無視し、送られてきた呪い入りの封筒をそのままお返ししていくカノン。
すると大広間に入ってきたばかりのスリザリン女子が、クスクスとからかい混じりの笑い声を洩らしながら歩いてきた。
廊下を走って行ったハーマイオニーとすれ違ったのか、件の雑誌を見て噂話をしながらカノンの横を通ろうとした。

きっと下級生だろう。機嫌の悪そうなカノンの前で友人であるハーマイオニーの悪口を言うなんて、彼女を知る人間ならば頼まれたってやらないことだ。



「さっきのグレンジャーだったわよ・・・あの泣きっ面、写真でも撮ってやりたかったわ」
「良い気味ね! 穢れた血のくせに代表選手にちょっかいかけまくったら、誰だってああなるわよ・・・」
「後で呪いでも送ってやりましょうよ・・・何がいいかしら?」

その2人の進行を塞ぐように、「ダン!」とテーブルに手をついて睨み付けるカノン。
2人の女子生徒は彼女の赤く鋭い目に射抜かれ、ビクリと体を硬直させた。

「彼女に呪いを送るのは構わないけど・・・君たちも同じ目に合わせるよ」
「え・・・なっ、何・・・」
「顔面中を緑色の特大吹き出物で覆いつくしてやるから、覚悟の上でするといい」
「ひっ・・・」


突然恐ろしい形相のカノンに威嚇され、哀れにもすごすごと退散していく女生徒二人組。

スリザリンのテーブルでは、ドラコやパンジーが静かに食事を採りながらも「自分のポケットに入っている例の記事は、彼女の前で絶対に出すものか」と堅く誓った。






騒ぎがひと段落して、久々にカノンがグリフィンドールのテーブルに座る。
ハリーの同級生や先輩たちは既に慣れているので、親しげに挨拶を交わしていく。

「やあ、カノン。こっちで食べるの、久しぶりだね」
「おはようネビル。たまにはね」
「この間の魔法薬学、助かったよ。減点されなかったのはいつぶりだろ・・・」
「ネビルは緊張しすぎるんだよ。落ち着いて作業すれば結構点数取れると思うけど」
「・・・スネイプ先生が居る限りは無理だなぁ」
「それもそうだ。そっちのジャム取ってくれる?」

トーストにりんごのジャムとシナモンソースを塗って食べるカノンに、ハりーがおずおずと話しかけた。


「あの、カノン?」
「うん?」

咀嚼していたトーストを飲み込んでから、カノンが返事をする。
既に怒気を感じない彼女の様子に安心したハリーは、小さい声で再び話し出した。

「あの、ありがとう。ハーマイニーのために怒ってくれて」
「別に、君にお礼を言われる事じゃない。彼女はハリーの友人以前に私の友達なんだから、怒るのは当然の事でしょ?」
「そうだね。 それと、もうひとつ・・・」
「なーに」
「ダンスパーティの日、君に悪い事をした。頭を冷やして考えたらそう思って・・・本当にごめん」

ハリーは眉を下げて、目を逸らす。
カノンもそろそろ忘れかけていた事を思い出し、「ああ」と声を上げた。

「ようやくわかった? これからはもっと紳士的に振る舞うことだね」

二ヶ月と少しぶりに、ハリーへ笑顔を浮かべたカノン。
ハリーもつられるようにカノンへと笑いかけ、これでようやく2人の喧嘩は幕を閉じたようだ。






***







久しぶりにグリフィンドール連中と授業を受けているカノン。
スリザリンの一団から、ドラコが憎々しげにハリーを眺めているというのも久方ぶりの事だった。




数分ぶりに再会したロンが、ハリーとカノンを見て駆け寄ってきた。


「ロン、ハーマイオニーの様子はどうだった?」
「うん。追いかけた後、カノンからもらった薬を塗ったんだ。そしたら肌の調子が少し良くなった。それから医務室に連れてって、多分今は手当してもらってると思う」

マダム・ポンフリーに任せておけば安心だというように、ハリーもロンも息をフゥ・・・と吐いた。
カノンも同じく安堵の表情を見せ、その後すぐにニヤリと笑ってロンに言った。

「ああ、後でハーマイオニーと会ったら『10倍にして返した』って言っておいてくれる?」
「・・・それって、その、手紙のこと?」
「当たり前でしょ。呪い入りの手紙は全て呪文を強化した上で送り返したよ」
「君たちが居なかった間、僕、本当に怖かったんだから」

ロンにそう耳打ちするハリー。
勿論それはカノンの耳にも届いていたようで、彼女はニコリと笑いながら低い声で聞き返した。


「何か言った?」
「ううん、なんでもない」

勿論ハリーは、正直には言わなかった。





今回の授業で扱う魔法生物は、ニフラーと呼ばれる生き物だった。
ハグリッドの説明を聞きながら、生徒たちは一人につき一匹ずつニフラーを与えられた。

黒くふわふわした体毛に覆われた、カモノハシのような不思議な生き物。
ツンと長い鼻をフンフンと動かしながら、つぶらな目でこちらを見つめている。
その中からカノンは一匹のニフラーを抱き上げた。
他のものより一回り小さいニフラーは、優しく撫でてくるカノンの掌をいたく気に入ったようだった。
スリスリと自分の身体を擦り付け、長い鼻で匂いをかいではカノンのローブにしがみ付いた。


「か、かわいい・・・」
「君にもそういう思考回路があったんだね」
「ほーらニフラーちゃん、ウィーズリーの野郎の目玉をほじくり取っておいで」




今日の授業内容は、ニフラーに地面に埋めた金貨を掘り当てさせるというものだった。

だがカノンのニフラーはあまり金貨が好きではないようで、地中から訳の分からない鉱石ばかりを掘り返してくるばかりだ。カノンも無理に金貨を持ってこさせるのではなく、好きなようにさせている。

今回の授業で一番金貨を掘り当てたのは、ロンのニフラーだった。
膝の上から零れんばかりの金貨を、ロンとニフラーが誇らしげに見ている。
授業の終わりに差し掛かるころには、カノンの膝の上は金貨ではなく色とりどりの石でいっぱいになっていた。


「よくもまぁ・・・こんなに持ってきたね。よしよし」

カノンが指の先で撫でると、小さなニフラーは嬉しそうに飛び跳ねた。

「うわ、すごい。それ全部このニフラーが取ってきたの?」
「綺麗だよね。砕いたら魔法薬の材料になるかなぁ」


カノンは石ころを眺めながら、先ずは石の正体を見極めるのが先だな。と一人呟いた。





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