20
ハリーから相談を受けた次の日。
昼食を食べに大広間まで来たカノンは、何気なくグリフィンドールの席に視線を向けた。
するとそこには仲良く2つ並んだ、全く同じ形、同じつむじの赤毛頭があった。
ニタリと何かを企むような笑みを浮かべつつ、カノンはその赤毛頭の背後に回り込む。
音もなく背後に立たれては、双子のウィーズリーが気づく訳もなく、背後から延びる手は2人の顎をガッチリと掴んだ。
「おはようございます、ウィーズリー先輩」
「やぁ、朝から熱烈なハグ嬉しいよ」
「出来ればもうちょっと力を緩めてくれるともっと嬉しいんだけどな」
一見すると3人で肩を組んでいるような微笑ましい図だが、真正面に座るリー・ジョーダンの恐怖の形相からすると、そう和やかでもないらしい。
それもそうだ。カノンの目は絶対零度の眼光を携え、それでいて口元は薄く笑っている。
ウィーズリーの双子も引きつった笑いを浮かべ、いつもの余裕はないようだ。
「さて、あなた方が末の妹さんをはじめ、数人にばら撒いているという噂についてちょっとお話しましょう」
「身に覚えがないなぁ」
「ああ、全くだ」
「私がハリーとドラコを手玉に取りながらセドリックと付き合ってるっていうアレよ」
ピキ、と眉間にしわを寄せたカノンは、両腕に力を込めて2人の首を無理やり回す。
ごぎぎぎ、という変な音が響き2人がじたばたと腕を振るが、カノンはお構いなしに言葉をつづけた。
「痛い痛い! ギブ!」
「ほぉら、早く約束してくれないと首が捩じ切れちゃうよ?」
フレッドとジョージが涙目になったころ、大広間に飛び込んできたハリー。
ここまで走ってきたのか、息が切れている。
彼は、双子とじゃれるカノンを見つけるとすぐさま飛んできて彼女の腕を掴んで引っ張った。
「カノン! こんなところで何やってるんだい? ちょっと来て!」
「ハリー? ちょっと、今立て込んでて・・・」
「いいから早く! ハーマイオニーももう来てくれてるんだ!」
昨夜と同様に随分焦った様子のハリーは、カノンの腕をつかんだまま大広間の出口へ歩き出す。
それに引っ張られたカノンは必然的に双子から手を放す事になり、フレッドとジョージは心底ホッとした様子でカノンに手を振った。
「いやあ、やっぱり生き残った男の子は俺たちを救ってくれる英雄だったな」
「ああジョージ。彼を支持していて正解だったぜ。悪のスリザリン生から命を救ってくれた」
「言っておくけど! この話に決着がつくまでは! 地の果てまででも追いかけるから!」
ハリーに引っ張られながらも、そう言い残していくカノン。
昼食時間のため、人気のない廊下にたどり着くとハリーが口を開く。
その内容はカノンが薄々予想していた通り、第一の課題についてだった。
「思いだしたんだ、僕、クィディッチが得意だった」
昨日の夜、カノンが彼に与えた宿題の【自分の特技を考える】という事の答えが出たようだ。
確かに箒で空を縦横無尽に飛ぶことができたら、それはかなり強みになるだろう。
その上ハリーは稀代の名シーカーとして名高い。これ以上ない有効な手段に、カノンも満足げに頷いた。
「成程ね・・・シーカーって素早く動くポジションだったよね。空を飛ぶって事は相手と同じ土俵で戦えるし、何よりハリーが競り慣れたものだし。経験があるっていうのは、かなり大きいね」
自分の能力を褒められたからか、カノンの笑顔につられてなのか、ハリーは一瞬明るい笑顔になったものの、それをすぐに引っ込めて悩んだ顔を前面に出した。
「うん。だけど、試合に持ち込めるのは杖だけなんだ。だからハーマイオニーと君に呼び寄せ呪文を教えてもらいたくて」
なるほど、と頷いたカノンだったが、すぐに眉根を寄せてハリーに問いかける。
「呼び寄せ呪文って・・・この間妖精の呪文で習わなかった?」
「その、あんまり集中できなくて」
気まずそうに眼をそらすハリー。
カノンは呆れたようなため息を吐きながら、ハリーに向かって言った。
「まったく・・・授業で習った呪文程度なら、ハーマイオニー一人でも十分だよ。むしろ、スケジュールの違う私と待ち合わせる時間の方がもったいない。競技まで猶予はないんだから、効率的に動かないとね」
そう言ってハリーのお願いを一刀両断したカノン。
ハリーの密かな望みである【意中の女の子と課外授業】が儚くも散った瞬間だった。
***
その夜、シャワーを浴びたカノンは、リドルと共に自室で本を読み耽っていた。
『どう思う?』
シンとした室内に、突然響くリドルの声。
カノンは本から目を上げて、きょとんとした顔で「なにが?」と聞きかえした。
『ポッターだよ。ヤツにこの課題がこなせると思うのかい?』
「ハリーはやってみせるよ」
『ふうん・・・随分信頼しているようだ』
手元にある雑誌をめくりながら、明らかな嘲笑をさらけ出すリドル。
カノンがハリーに肩入れしている事が、今更ながら気に食わないのだろう。
だがカノンも、彼らの決して打ち解けることのない関係だという事を知っているため、深くはつっこまなかった。
「ハリーは十分な実力を持っている。私はただ助言するだけ」
『いいねえ。僕にも君みたいな配下がいたら、暗黒時代はまだ続いていたのに』
「ヴォルデモート卿が死んだのは、己の愚かさを図りきれなかったからでしょう? 有能な部下がいようがいなかろうが、結局は無残に死んでいたよ」
『・・・ねぇ、その本人が目の前にいるってこと覚えてるかい?』
いつもよりも数倍痛い言葉のドッヂボールに、流石のリドルも口角を引き攣らせる。
だがカノンはベッドに寝転びながらさらりと言った。
「だからこうやって助言してあげてるんでしょ」
『はいはい、改めますよ』
どこか居心地の悪い空気のまま、再び本の世界に入り込む2人。
しばらく経ってからリドルがカノンの方を見ると、彼女は既に夢の中に旅立っていた。
『・・・寝てる?』
珍しいこともあるものだ、と目を丸くするリドル。
眉の力が抜け、年相応の寝顔を浮かべるカノンを見て、今までのギスギスした空気をどこかに忘れてしまったようだ。
彼はため息をつきながら、カノンが広げたままの本に栞を挟んでベッド脇のデスクにそっと置く。
『君こそ、僕の前で油断しすぎじゃないのかい? 高度な攻撃魔法こそ使えないとはいえ、抵抗しない魔女一人程度なら簡単に殺せるんだよ』
そんな殺伐とした言葉とは裏腹に、優しい手つきで彼女の体に布団をかけ、顔にかかっていた前髪を指でのけるリドル。
すっかり安眠体制に入ったカノンの頬を優しい手つきで撫でるリドルは、眠っている彼女に向かって至極小さい声で語りかけた。
『君のやり口はわかってるんだ。ああやって厳しい事を言うけど、君は僕を長生きさせたがっている。カノン、君って僕が思っていたよりもずっと馬鹿な子なのかもしれないね』
ふ、と息を吐きながら穏やかな笑みを見せたリドルは、以前とは比べ物にならないほどに柔らかい視線と声色をしている。
リドルは自室の明かりを消してから、音もなくアンクレットの中に消えた。
友達でも、恋人でも、家族でも、他人でもない2人だったが、この2人なりに特別な絆ができかけているようだ。
それを知るものは、今はリドルただ一人だけだった。