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魔法薬学授業前の事件から一週間がすぎた頃
ホグワーツでは、新たにとある事件が起きていた。

騒ぎの原因は、この世界のほとんどの人々が購読しているであろう"日刊予言者新聞"
そして、主だった被害者はまたしてもハリー・ポッターその人だった。
新聞の朝刊に目を通したカノンも、険しい顔をしている。


内容は、こうだ。
【生き残った男の子が、新たな危機に立ち向かう】という小見出しがつき、その下には彼なら口にしないようなインタビューが長々と書き連ねられている。

「今回の代表選手に選ばれた事を名誉に思っている」
「課題に対しての恐怖は無い」
「両親は今でも自分を見守ってくれている・・・」

文には、彼が涙ながらに語っている、などと書かれていて、うさんくさいこと事上無い。
だが、民衆が望む【生き残った男の子】を存分に表現した文章だった。



更には"彼はホグワーツ始まって以来の優秀な生徒である"や"ハーマイオニー・グレンジャーなる学年主席の女子生徒や、古くからの純血家の令嬢であるカノン・マルディーニと常に共に行動している"と、まるでハリーが二股をかけているような文まであった。

まぁ、"生き残った男の子"が今度は年齢制限を無視して四校対抗試合に出場するのだ。話題にならない方がおかしいだろう。

カノンは一通り目を通した後、新聞を暖炉に放り込み足取り荒く談話室を出て行った。





***





大広間に着くと、案の定ドラコ含むスリザリンのテーブルはお祭り騒ぎだった。

誇り高きスリザリンが聞いて呆れる。と溜息を吐いたカノンはテーブルに立ち寄る事無くハリーのもとへ歩いて行った。

グリフィンドールの席で俯いているハリー。
ハーマイオニーはその場にいないらしく、彼一人だ。


カノンが早足で歩み寄ると、チラチラと彼の様子を伺っていた下級生が素早く逃げる。
ハリーの横に立ち、机に手をついて話しかけると、やっとハリーが顔を上げた。


「カノン・・・」
「おはようハリー。早速傷口に塩を塗るようで悪いけど、あの新聞どうしたの?」

カノンがそう問うと、ハリーが口を開いたり閉じたりしている。
イライラとこの状況のせいで上手く言葉が出てこないようだ。

カノンは「どうせ食欲なんて無いでしょ」と呟き、ハリーの腕を掴んで立ち上がらせる。
左手には驚いて目を白黒させているハリーを、右手には彼が握りしめてグシャグシャになった新聞を持ち、大広間の出口へと歩き出した。

しかし、格好の話題のタネを奪われるのは口惜しいと思ったのかハッフルパフの男子生徒が2人の前に立ち喋り出した。

「ポッター、グレンジャーとマルディーニがガールフレンドなんて豪華だな?」
「よかったな、心強い取り巻きがいて」

ニヤニヤとハリーに対してちょっかいをかけた2人の勇敢な男子生徒だったが、不幸にも彼らが今相対しているのは機嫌がすこぶる悪いカノン。スリザリンの男子生徒であれば絶対に、今の彼女とは視線を合わせようとすらしないだろう。

しかし彼らはハッフルパフ。今回の事でハリーに悪印象を持っている寮の生徒。
口を出さずにはいられなかったのだろう。そのくだらない言葉に、カノンがついに実力行使に出た。

スパン、スパン! と小気味良い音が響く。
右手に握った筒状の新聞で、彼らの頬にビンタを入れたのだ。


「黙ってろ、三下が一丁前に私に話しかけるな」

まるでセブルス・スネイプ教諭から受け継いだかのような、身体を震わせる冷たい声。
据わった瞳、不愉快そうに釣りあげられた眉。
ドラコだったら一目散に逃げて行きそうな表情だった。
現に、スリザリンのテーブルで騒ぎ立てていた彼は物音ひとつ立てずにパンジーの影に隠れている。

だが、ここにいるのはハッフルパフ生。何度も言うが彼女の恐ろしさを知らないのだ。
力の弱い彼女にはたかれても、大したダメージにならなかったらしく、少しうろたえながらも言葉をつづけた。


「へっ、ガールフレンドじゃなくボディガードらしいな!」

そう言い終えるか終えないかの瞬間、カノンが勢いよく振りかぶり、顔の真ん中に新聞ごと拳を叩き込んだ。
ゴスッ! と、人の顔を叩く音では無いものが大広間中に木霊し、同時に「ブッ!」とハッフルパフ生のうめき声も聞こえた。

今度こそ鼻血でも出たのか、男子生徒は袖口で鼻のあたりを押さえながらカノンを見た。




「いい加減しつこいのよ、顔の回りを蝿がブンブン飛び回ってる時よりも腹が立つ。その高いお鼻がちょうどいいくらいに潰れるような呪文でも食らいたいの? 豚さんみたいな顔になれば、あんたが今フガフガと騒いでる豚語にさぞかしぴったりでしょうよ」

誰かが口を挟む暇をも与えない勢いで捲し立て、その男子生徒を押しのけて出て行くカノン。
勇気あるハッフルパフ生はショックのあまり、よたよたとその場にうずくまってしまった。

きっとこれから先、彼が彼女と目を合わせられるのは遠い未来になるだろう。




***





廊下に出た後、手ごろな空き教室に入り
そこにあった長椅子に並んで座ったカノンとハリー。

未だ呆然としているハリーを尻目に、カノンはパンと皿を呼び寄せ紅茶を出す。
それらをハリーの前に置き、やっと口を開く。

「空腹は敵だよハリー。きつい時こそ食べて、寝る!」
「ありがとう、カノンは・・・その、少し落ち着いて」
「はぁー! もう!」

声に苛つきが混じるカノンに、ハリーが言葉をかけると、彼女も紅茶のカップに手を伸ばした。


10分ほどでパンを食べ終わり、少し落ち着きを取り戻したハリーとカノン。
ようやく事情の説明が始まった。


一週間前、魔法薬学教室前での事件の後に、杖調べと言うものがあったらしい。
カノンやハーマイオニーは医務室へ行っていたので知らなかったが、授業の真っ最中にそれの呼び出しがあったようだ。

あのスネイプの授業を抜け出しての、インタビューとはハリーにしてみればどちらにせよ地獄だっただろう。

杖調べ自体は、杖職人であるオリバンダーが代表選手の杖に異常がないかどうか確認するだけの検査だったのだが、その場所に来ていた人物が問題だった。


リータ・スキータ。
日刊予言者新聞を作るジャーナリストの一人であり、でっち上げの捏造記事しか書かないと一部の人々の間で有名な女だ。
だが、ゴシップ好きの人間からはなかなかの人気を博しているため、タチが悪い。

そんな碌でもない女がハリーのインタビューをして、こんな記事を作ってしまった。
なんとも哀れとしか言えないその状況に、流石のカノンも表情を曇らせた。


「はぁ・・・出回っちゃったモノはどうしようもないしね。記者を吊るしあげて半殺しにすればこれ以上は書かないと思うけど」
「それが出来たら苦労しないよ・・・」

はぁ、と溜息をつくハリー。できることなら半殺しにする覚悟らしい。


「それにしても、よくこんな記事作ったよね。ハリーが言いそうにないセリフばっかりだけど?」
「僕はこんな事言ってないんだ。思った事もないし、目に涙なんか浮かべちゃいない!」

カノンが問いかけると、ハリーは声を出すが、それと同時に溜め込んでいたものがどんどん出てきてしまったようだ。
とめどなく出て来る言葉の数々は、段々と怒りを含んだものになっていた。

「授業や課題の心配で精一杯なのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!? 代表選手になんて選ばれたくなかった! 皆と同じく、他人事で課題を見ながら呑気な顔で宿題の心配だけしてたかった!!」

ふーふーと、怒った猫のような息を整え、我に帰ったハリー。
ハッとしてカノンの方を見ると、彼女は黙って真っ直ぐにハリーを見つめていた。

「ご、ごめん・・・君に怒鳴るつもりじゃなくて・・・」

視線を逸らしながら呟くハリー。
今日だけでなく、代表選手として指された時から溜め込んでいたものが破裂したようだった。
だが、カノンはけろりと「別に気にしないよ」と言う。

「その調子でもっと怒鳴り散らしちゃえ」
「えっ」
「大きな声をだすと、疲れるけどスッキリするよ」
「・・・確かに、そうかも」

何てことなしに紡がれたその言葉に、肩がすっと軽くなるのを感じたハリー。
カノンは既に、紅茶の方へ目線を戻していた。

ハリーは彼女の肩に額をつけるように寄りかかり、深呼吸をした。

目を閉じて呼吸をすると、いつも彼女が付けている香水の、淡い花の香りや彼女自身の甘くて爽やかな匂いが胸を満たす。
カノンは空いている方の手でハリーの背中を擦った。



最近の自分は、カノンに頼りっぱなしだ。とこっそり自嘲の笑みを浮かべるハリー。

だが同時に、今の自分が彼女にとって他の人物よりも特別な存在なのだという感覚がジワジワとこみ上げ、少しだけ嬉しくもあった。





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