12




人の居なくなった大広間に、一人佇んでいるカノン。
彼女は、色々と考え過ぎて痛んできた頭を押さえて、机に突っ伏した。

そのままの状態で数分間目を閉じていると、小部屋の方から物音が聞こえた。


重たい瞼を開き、そちらを見ると、小部屋の扉が開いて何人かの人間が出て来た。

今の今まで話し合いをしていたのだろうか、各校の代表選手と校長、ホグワーツの教員に、魔法省から今大会のためにやってきたルード・バグマンとバーテミウス・クラウチがそこにいた。
これからやっと宛がわれた部屋に返るのだろう、皆一様に疲れた顔をしている。

思い思いに大広間から出ていく最中、座ったままのカノンは
何をするわけでもなく、半分虚ろな目でその一行を眺めていた。

彼女の存在に気付いたのはマクゴナガル、ハリー、セドリック、そしてスネイプの4人だった。

ぼうっとした様子のカノンを見て、酷く心配そうな表情のマクゴナガル。
だが彼女が声をかける前に、スネイプがサッとカノンのもとへ歩いて行った。



「どうしたのかね?」
「頭が痛くなってしまって」


ハリーが話しかけたそうだったが、スネイプの眼光に射られてはそれも叶わず。
カノンはハリーの視線に気付くことなく、未だにぼんやりと物想いに耽っている。

それを見たスネイプは、心配そうに眉間にしわを寄せた後「寮まで送って行こう」と言った。




寮まで続く寒々しい廊下を歩きながら、カノンは眉を下げてスネイプに問いかける。


「結局、ハリーはどうなったんですか?」
「・・・魔法契約に基づき、競技に参加せざるを得ないという結論に至った」


苦々しい顔をして呟くスネイプ。
カノンはスネイプの表情を伺いながらも、出来る限り情報を引き摺り出そうと饒舌になっていた。

「やっぱり。うーん・・・誰が名前を入れたと思います? 教授の予想の範囲内で」
「知らん。ポッターが入れたのではないか」
「そんな事思って無いくせに。・・・ハリー、とっても危険な目に合いますよ」
「知らんと言っている」

スネイプは頑なに眉間の皺を取ろうとしない。
カノンはそんな姿を見て溜息をついてから、いつものように推測を語り始めた。

「これは私の独り言ですから、聞き流してください」
「ほう?」

その一言に、今まで機嫌が悪そうだったスネイプも興味を示してカノンを見る。


「おそらく今回の事件は、ハリーの命を狙う人が起こしたものかと思います。その人物は巧妙に内部に入り込んで、未だ息を潜めている」
「外部の者ではないのか」
「はい。厳戒態勢にあるホグワーツに忍びこんで、昨日から今日にかけての短時間の間にハリーの名前を入れるなんて、現実的ではありません。でも、今このホグワーツには外部の人間が多数存在します。その中で息を潜めている、という事はそんなに難しい事ではないでしょう」
「ポッターが自分の意思で名前を入れた、という可能性は?」


カノンが一息ついた瞬間にスネイプがそう問いかけるが、彼女は緩く頭を振った。

「ありません。ハリーがそういう性格ではない・・・というのは友人である私の主観でしかありませんけど。あの年齢線は、そこまで複雑な魔法ではなさそうですし」
「年齢線について詳しいようだな」

訝しげな色を滲ませるスネイプ。
きっと、今回の件で何か良からぬ事を仕出かすのではないか、なんて警戒しているようだ。
去年の事件が事件なだけに、完全に否定できないのが痛い部分だ。


「似たような呪文の理論を、本で読んだ事があるんです。あれはあくまで"年齢"で人を識別していますから、生徒個人を識別するだけの機能はありません。よって、彼"だけ"を通過させるのは不可能です。また、呪文とは単純なほど、抗い難い強力な力を持っています。そうそう突破できるものではない。それに加え、ゴブレットという存在がその防衛線を強くしています。あのゴブレットには強力な魔法が掛かっているのはご存知ですよね。3校、1人ずつ、とは古来から定められている原則的なルールであり、一生徒が変えられるものではありません」
「ではどうやって?」

スネイプは真剣にカノンの推測に聞き入っている。
彼女の、証拠や理論をもとに構築する"仮説"は、聞くに値すると判断したらしい。

「おそらくはゴブレットに何らかの呪文を施し、ルールを捻じ曲げたんです。4校、1人ずつと。相当強力な魔力を持った者でないと、不可能な芸当です」
「成程な。だが、こう考える者もいるようだ。"その強力な魔力を持った者に取り入り、名前を入れさせれば良い"とな」

まるで授業中に、教科書に載っていないような難しい問題を問いかけるような、楽しげな表情で指摘するスネイプ。
だが、カノンはそれもするりとかわして見せた。


「ハリーの頼みを聞いて、ゴブレットに魔法をかけ、4人目の選手として名を上げさせる力があれば何故自分が名乗り出ないのか。そうは思いませんか? そして、ハリーが口を割った時の事を恐れるはず。そこで自分の名前が出ようものなら、自分も重い処罰を受けるから」

淀みなく言い切ったカノン。
その横では、ハリーの潔白を主張されたにも関わらず、満足げなスネイプが頷いている。


「もし、これを聞いて尚ハリーが悪いと言い張る輩がいたら、いっそのことハリーに真実薬でも飲ませたらどうでしょうか? 丁度魔法省の方もいらっしゃるようですし、証言の為だったらすぐに許可が下りるのでは?」
「そうしたいのは山々だが、生憎今真実薬は切らしている」
「それは残念。私の推測が裏付けられるチャンスだったのに」

ニヤリ、と口角をあげて笑う2人。妙に似通ったその仕草は、実の親子と言っても違和感が無さそうだ。
今度こそ代表選手の話題が終わり、カノンは息をひとつ吐くと「もうすぐ寮ですね、それじゃあ、おやすみなさい」とにっこり笑顔をスネイプに向けた。


スリザリン寮まで続く廊下をキュッ、と素早く曲がるカノン。
だが、同じくらいか、それよりも一歩分早い速度で隣を歩くスネイプ。

不思議そうに見上げるカノンに対し、スネイプは「寮まで送ると行ったはずだ」と一言だけ言った。

不器用ながら彼女を心配するスネイプにくすぐったさを感じたカノンは、頬を少し紅潮させてくすくすと笑った。
その瞬間こそ眉間に皺が寄ったスネイプだったが、嬉しそうに笑って隣を歩くカノンを見た瞬間、表情筋が緩んだ。
あのスネイプにこんな穏やかな一面があるのだと知ったら、ホグワーツ生達はどんな反応をするのだろうか。

ウィーズリー家の子達やハリーなんかはその場で失神するかもしれないな、とカノンは思った。


「本当に、大丈夫なのに」
「寮生を送り届けるのも寮監の務めだ。それに、たまには頭を使わない雑談も必要だろう」

たまには楽しい会話をしよう、というお誘いなのだろう。
回りくどいその言葉は、カノンにとってこの上なく幸せな一言だった。
スネイプは、もうすぐスリザリン寮に着くというのに、近くの階段を上がり始めた。


他愛の無い話がしたい。
もっとゆったりと一緒にいたい。

そんな一言が言えない不器用な人だが、その分をこうしてカバーしようとしているのだろう。
カノンは、胸のあたりがぽかぽかするのがわかった。
スネイプも態度にこそ出さないが、嬉しそうに声を弾ませたカノンを見て、ほっと息を吐いたようだ。


「ふふ、久しぶりですね、ゆっくり話すのって」
「ああ、今年は色々と忙しかったからな。こっちに来て身体の調子はどうだ?」
「去年よりずっと良いです。きっと学校生活に慣れたんですよ」
「そうか・・・何かあったらすぐに言いなさい」

おずおずと交わされる会話。
それは他人から見ればぎこちなさがあるような話し方だったが、流れる空気はふわりと優しいものだ。

「はい! あの、お時間ある時に教授のお部屋へお邪魔しても良いですか?」
「無論だ」
「この間、美味しいエッグタルトの作り方を極めたんです」
「ほう、手作りか」
「はい。クリスマスの日にハーマイオニーからレシピブックを貰ったんです。教授の好きな味もバッチリなので、今度持っていきますね」
「期待している。私も、最近良いアッサムの茶葉を購入したのでな」
「楽しみです、教授の紅茶はとても美味しいから」

こつり、こつり、と極々小さな歩幅でゆっくりと石床を踏みしめるカノン。
いつも背筋を伸ばしてスタスタと素早く歩く姿からは想像できない様子だ。

ふと、思い出したようにカノンが声を出した。


「そうだ、教授。ひとつお願いしたい事があるんですけど・・・」
「何だね?」
「強力な消臭薬の作り方が詳しく乗っている本とか、ご存知ですか?」

消臭薬?と訊き返しそうなスネイプの顔を見て、カノンは魔法生物飼育学での出来事を説明した。
尻尾爆発スクリュートの強烈な臭いは、成長と共に段々強くなっているようだ。
事情を一通り聞いたスネイプは、気の毒そうに溜息を洩らした。

「消臭薬程度ならば一般の書籍に多く載っている。マダム・ピンスに聞いた方がいいだろう。最も、一々調べるよりは私の研究室で課外授業を受けるのが、一番早いが」
「じゃあ、その最速な方をお願いします」

予想通りのスネイプの言葉に、カノンはニッコリ笑った。


ぐるりと寮の回りを一周した2人は、今度こそ寮の前に辿りついた。
先程とは比べ物にならないほど晴れやかな表情になったカノンに、それを嬉しそうに見るスネイプ。



「では、良い夢を。Ms,マルディーニ」
「はい。ここまでありがとうございました。おやすみなさい、教授」


その挨拶を最後に、穏やかで温かな夜は更けていった。






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