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主にハグリッドだけが楽しい魔法生物飼育学が終わり、生徒達は昼食を楽しんでいた。
カノンはというと、昼食を食べるより先にシャワーを浴びに寮へと戻ったので、未だ談話室で湿った髪を乾かしていた。
「はぁ・・・臭かった。ハグリッドには悪いけど、あんな臭いがつく授業なんてもう二度と受けたくない」
『ほら、だから僕の言った通り、あんな半巨人はアズカバンに入っていれば良かったんだよ』
「リドル君辛辣」
げんなりしたカノンに、妙に冷たく言い放ったリドル。
おそらく彼も、ハグリッドの事が気に食わない人種なのだろう。
「うー、もうランチ食べる時間ないや・・・キャンディーとか持ってない?」
『・・・・・・・・・いちごみるく味ならあるよ』
カノンの問いに、若干答え辛そうにリドルが言う。
するとカノンは驚いた顔で半透明のリドルを見つめた。
「えっ、可愛い」
『君がこの間どっさりくれたやつだよ。僕が進んで食べるとでも思ったのかい?』
「私のあげたものを大事にしてるんだなーって・・・ふふ」
『捨てるのが勿体なかっただけだ』
「勿体ないって・・・闇の帝王も若い頃はケチっぽいんだね」
『うるさい』
ニヤニヤ笑いながらカノンが言うと、リドルはスッと消えてしまった。
アンクレットの中に戻ったのだろう。ルビーがらんらんと煌めいている。
カノンは、ソファの肘掛部分に置かれた3つのキャンディーを掴むと1つを口の中に、残り2つをポケットに押し込んでから午後の授業へと向かった。
***
グリフィンドール生が占い学を受けている頃、カノンらスリザリン生は魔法史の授業に出ていた。
毎回このクラスは緩い空気と先生の声という名の子守唄が響き、多くの生徒が夢の中へと羽ばたいてしまう授業ばかりだった。
今日も例外は無く、生徒たちが1時間の惰眠から覚めた頃に授業が終了した。
そんな中カノンは、ホグワーツでも動くMP3プレイヤーを再生しながら読書に勤しんでいた。
"近代魔法史とその裏話"というタイトルの本で、ホグワーツの図書室にあったものだ。
カノンはいつもこの授業では、丁寧にノートを取らず書きなぐりのメモをとるだけにしていた。
それから自己レポートのような形式でノートへと清書するのだ。
そんな、教科書よりも的確に試験範囲を網羅したノートは、試験前になるとスリザリン生のほとんどが貸してほしいと頼みに来るくらいだ。
時には仲の良い他寮生徒が態々声をかけて来る事もある。
隣の椅子に座っていたパンジーがもぞもぞと動き出したのを見て、カノンもイヤホンを耳から外した。
「ふあぁ・・・また寝ちゃった・・・」
「おはようパンジー、今日やった範囲のメモならあるけど、後で見る?」
「ううん、清書後のノート見せてちょうだい・・・」
パンジーはそのノートを自由に見れる人物として、密かに尊敬の眼差しで見られている。
「アンタ、またそんな、つまんなそうな本読んでんのね」
「この本ちょっと間違いが多すぎるかなぁ。著者も世間の意見に左右されてる感じだし・・・」
カノンの持っている本を見たパンジーは、片眉を上げて"アンタの気が知れない!"と言わんばかりの表情になった。
だがカノンは気にもとめずに、本の感想をぶつぶつと呟いている。
「カノン、もうその本の批評はいいから行きましょ」
「あーうん。もう読まないし、図書室に返してから夕食に向かおうかな・・・先に行ってて」
「席取っとくわ」
「ありがと」
ふらふらと歩きながら図書室へ向かうカノン。
彼女の進行方向には憎まれ口の申し子、ドラコ・マルフォイがいるのだが、そんな事は露知らずカノンは本と鞄を抱えてゆったり歩いていた。
カノンが玄関ホールに差し掛かると、いきなり前方から「バーン!!」という発砲音のような音が響く。
それと同時に、カノンの首元を熱い閃光が通り抜けた。
いつもならば厄介事には関わらないカノンだが、自分に危害が加わるようならば話は別。
彼女は騒ぎの犯人に文句を言おうと思い、人垣を掻きわけて中心部へと向かった。
するとすかさずもう一度同じような轟音が響き、同時に「そんな事をするな!!」というしわがれた吠え声が聞こえた。
道をずっしり塞いでいたクラッブ、ゴイルを押しのけたカノンは目の前の光景に唖然とした。
白いケナガイタチと化したドラコ・マルフォイを、ムーディが空中に浮かべては落としを繰り返している。
今しがた到着したカノンはまったく状況が飲み込めておらず、新任の教師が白いイタチを虐待しているだけに見えた。
そのイタチがドラコだということも知らないので、ただぼけっとその姿を目で追っている。
「どういうこと?」
イタチは、ムーディの杖先の動きに合わせて宙へと舞い上がり、勢いよく床に叩きつけられ、舞い上がり、叩きつけられ・・・を繰り返していた。
騒動を理解している生徒達は笑い転げていたが、カノンにはそれが不愉快極まりなく、ケナガイタチへ向かってヒョイと杖を振った。
すると「パチン!」と軽い破裂音が響き、イタチがムーディの支配下から抜け出した。
ケナガイタチは一目散にカノンの足元に駆け寄り、その後ろに隠れる。カノンはしゃがみ込んでそのイタチをそっと抱き上げた。
「差し出がましいようですが、教師が生徒に動物虐待を披露するなんて、少し問題がありませんか?」
「マルディーニか。今は処罰の途中だ、のけ」
高圧的なムーディの言い草にムッとしたカノンは、イタチを庇うようにぎゅっと抱く。
胸元におしつけられたイタチは、硬直してピタリと動きを止めた。
「処罰と言いますと、このイタチが何か粗相を致しましたか?」
「貴様には関係無い! 早くそのイタチを置いて失せろ!!」
「いいえ、このイタチは私のペットですから」
にこり。 完璧な笑みを浮かべたカノンはそう言い放つ。
だがムーディはにたりと笑うと、言い返した。
「フン、お前は人間をペットにする趣味があるのか? ええ? その素敵なイタチの名は何だったか。確か、マルフォイだったな?」
「・・・ああ」
ムーディの言葉を聞いて、静かに呟いたカノン。
目は据わっていて、口角を片方だけ吊り上げている。彼女の機嫌がかなり悪く、誰かに八つ当たりをしたくてしょうがない時の表情だ。
「ええまぁ、ペットで間違いありませんが。何か」
「キィ!」
人を小馬鹿にしたような笑みで言ったカノンに、抗議の声を上げるドラコイタチ。
ムーディがピクリと杖先を動かそうとした瞬間、玄関ホールに新たな声が響いた。
「この騒ぎは何ですか? ・・・アラスター、な、何をなさっているのですか?」
ホールに現れたのは、ミネルバ・マクゴナガル教諭だった。
新任教師に杖をつきつけられている人物を見て、度肝を抜かれたようだ。
我が子のように溺愛している、カノンがそこに立っていたからだ。
・・・正しくは、彼女の抱いているイタチに照準があっているのだが。
「マクゴナガル先生、ホグワーツでの処罰に"変身術を利用した体罰"は無い筈ですよね」
真っ直ぐムーディを見据えたままのカノンがそう言うと、マクゴナガルはハッとイタチに目を向けた。
「まさか、そのイタチは、生徒なのですか?ムーディ先生」
「さよう」
「何と言うことですか!!」
悲鳴に近い声を上げながらマクゴナガルが杖をふるうと、カノンの抱いていたイタチはドラコへと姿を戻した。
タイミングよく手を離したカノンは、目の前でイタチがドラコに戻る様を見ていた。
いつも綺麗に纏まっている髪はばらばらに乱れ、彼は屈辱に目を潤ませている。
カノンはさっとドラコとムーディの間に立ち、ローブのポケットの中で杖を握った。そして怒りの目を隠す事なく、果敢にもムーディに歯向かった。
「口頭でなく体罰でしかものを教えられないなんて、ご自分の教育方針を一から見直した方がよろしいのでは? さぁ、先生に生意気な口を聞いたんですから、私も処罰の対象ですね! 猫ですか? フェレットですか? お好きな物にどうぞ! ただし抵抗はしますけど!」
言い放ったカノンが、ポケットから手を抜いた。ムーディが杖を動かす素振りを見せたからだ。
だがそれよりも、マクゴナガルが怒りを飛ばす方が早かった。
「本校では、処罰に変身術を使用する事は決してありません! 居残り罰または減点、そして寮監への報告のみです!!」
「ふむ、ではそうするとしよう」
「Ms.マルディーニ、あなたも、それは教師に対する態度ではありませんよ」
「・・・・・・はい、申し訳ありませんでした」
マクゴナガルが一言言うと、大人しく杖をしまい頭を下げるカノン。
その後ろではドラコが不安そうにカノンを見ていた。
「ではさっさとお前の寮監に会いに行くとするか。来い!」
その後、マクゴナガルの言葉に従ったムーディがこちらへ歩み寄り、ドラコの腕を掴んでスリザリン寮のある地下へと向かって行った。
それを目で追っていたカノンが踵を返して大広間に行こうとすると、マクゴナガルは心配そうな視線を彼女へと送っていた。いつも余裕のある表情の彼女からは想像できないほど、険しい顔をしていたのだ。
「Ms.マルディーニ・・・大丈夫ですか? 具合が悪いなら医務室へ行きなさい」
「ありがとうございます。平気なので、大広間に行きます」
眉根を寄せたまま、視線を落として廊下を歩くカノン。
彼女は自分の言葉の通り、大広間へと向かった。
だが広間でも、ドラコを嫌っている生徒達の噂話のせいで機嫌は悪くなる一方で、パンジーと共に仏頂面のまま、早々に寮へと帰った。