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ついにクリスマス休暇の最終日となった。

モリーの言いつけ通りに荷造りを終えたハリー達は、休暇最後の日をゆっくりと謳歌していた。
ハリーとロンの寝室に集まったカノンとハーマイオニーとジニー。そしておまけに、クルックシャンクスとリドル。彼らはハリー対ロンのチェス対戦を観戦している。
カノンとハーマイオニーは椅子に腰かけ、ジニーはロンの横に座っている。リドルはというと、ベッドに寝そべってチェスの駒を見つめているクルックシャンクスの隣で、うつ伏せに寝転がりながら試合の行方を予想していた。ミセス・ノリスとは未だに仲が悪い彼だが、クルックシャンクスとはいつの間にか和解したらしい。時折クルックシャンクスがリドルの方を見てゴロゴロと喉を鳴らした。勿論、その光景が見えているのはカノンただ一人だけだ。

リドルは、ロンのダイナミックかつ斬新な戦略に『そう来るかウィーズリー…なるほど…ああ、一戦交えてみたいな』と口惜しそうに歯噛みした。こういった頭脳を駆使するゲームが好きな彼は、ロンのように天才的な対戦相手に飢えているのだ。
ちなみにカノンもそれなりにチェスが上手いが、リドル曰く「性格の悪さがにじみ出る戦法だから、戦っていて苛つく」らしい。



そんな楽しい休暇最終日のひとときに、モリーが「ハリー、いいかしら」と顔を出す。

「キッチンにいらっしゃい、スネイプ先生がお見えですよ」

モリーの言葉を聞いて弾けるように立ち上がったのは、ハリーではなくカノンだった。彼女は「何故、私を差し置いてハリーに?」という、少々納得がいかない顔をしている。ハリーはハリーで「全く理解できないし、したくもない」という表情で口をパクパクさせた。

「僕ですか? カノンではなく?」
「ええ、あなたにご用事ですって。あまり長くは居られないそうよ」

長くは居られない。その一言を聞いた瞬間にカノンはパタパタと足音を立てながらキッチンへと小走りで向かう。勿論カノンとスネイプはホグワーツでは毎日のように顔を合わせているが、学校で会うのと休暇中に会うのとではまた違った楽しみがあるのだ。



カノンが急ぎ足でキッチンに辿り着くと、そこにはスネイプとシリウスが向かい合って座っていた。
スネイプは真っ先にカノンが飛んでくる予想もしていたのだろう、驚いた様子も見せず「カノン」と彼女の名を呼んだ。

「教授、お久しぶりです!」
「ああ。ポッターはどうした」
「多分すぐに来ます。最大限の抵抗はしていると思いますけど」

けろりと言い放たれたその言葉に、スネイプは「愚かな」と呆れた声でつぶやく。シリウスはハリーの気持ちが痛い程わかるのだろう、犬のようにフンと鼻を鳴らした。
すると、遠慮がちにキッチンの扉が開かれ「あの」と小さな声で呼びかけながらハリーが現れた。彼はスネイプの顔を見て、今にも吐きそうな表情をする。スネイプはハリーの顔を見るや否や「座れ」と短く命令した。

「あの、私、出ますね。教授にご挨拶しに来ただけなので」
「そんな!」

せっかくカノンが同席してくれると思っていたのに! と言いたげなハリーが、非難めいた声を上げる。確かに、部屋の中でスネイプと二人きりは恐ろしいだろうが、スネイプとシリウスと三人というのも違った意味で恐ろしい。

「構わん、座りなさい」
「良いんですか? やった!」

ハリーには「座れ」だったのに、随分な態度の変わりようだ。もっとも、ハリーはそんな事は日常茶飯事なので気にも留めていない。当然ながら、カノンはスネイプの横に、ハリーはシリウスの横に腰掛けた。


「ポッター。我輩は一対一で君と会う予定だった…が、そこの男がどうしても同席させろと駄々を捏ねたものでね」

カノンに対してはノータッチを決め込むらしい。スネイプは、シリウスを見ながら嘲るような笑みを浮かべた。

「まぁ…気持ちはわからんでもない。何かと関わっていたいのだろう」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。騎士団の事に関して何一つ役立てていないことを気にしているのだ。このくらいは関与できるだろう、口だけならばな」

この男はどうしてこう、捻くれた言い方ばかりするのだろうか。カノンは小さくため息を吐き、今にもこちらに向かって飛び掛かって来そうなシリウスをハラハラと見つめた。


「ポッター、校長からの伝言だ。来学期から『閉心術』の訓練を受けるのだ」

閉心術。読んで字のごとく、心を閉ざして外部からの侵入を防ぐ魔法だ。これを会得すれば開心術などで心を読み取られることを防げる。
ダンブルドアはハリーとヴォルデモートの間に繋がりがあると考えていた。閉心術でその繋がりからハリーを守るつもりなのだろう。

「一週間に一度、月曜の夕方六時に個人授業を受けてもらう。が、何をしているかは誰にも言わないように。特にドローレス・アンブリッジには
「はい。誰が教えてくださるんですか?」
「我輩だ」

その瞬間、ハリーの顔は絶望に染まり、シリウスは更なる怒りを見せる。カノンはというと、間髪入れずに「ずるい!」と声を上げた。スネイプは個人授業を羨ましがるカノンに「君は既に習得している筈だが」と言った。

「でも…でも、個人授業なんて羨ましい…ずるい…」

指をもじもじさせながら小声で文句を言うカノン。ハリーは、そんなに羨ましいなら喜んで代わってあげるよ! と叫びたい気持ちで一杯だった。

「何故お前が? ダンブルドアは教えないのか」
「校長はご多忙だ。貴様と違ってな」

ダンブルドアが駄目ならば、既に習得しているというカノンに教えてほしい。ハリーがそう期待を込めながらカノンを見つめる。だがその視線に気づいたスネイプが、先回りして逃げ道をつぶした。

「残念だがポッター、彼女はこういった”感覚的な術”を教える才能には恵まれていない」
「大丈夫ハリー、心を無にして『覗かれるのはイヤ』って一念だけ考えてれば成功するから!」
「そのように簡単に成功するのは、君の才覚あってこそだという事を理解したまえ」

カノンは簡単に言うが、果たしてハリーがスネイプを前にして心を無にできるだろうか。答えは既に分かりきっている、否だ。


「我輩もこの個人授業に自ら志願した訳ではない。だが閉心術にはある程度、向き不向きがある。故に適任が見つかり難いのだ」

確かに、スネイプと同等の魔法のスペシャリストならばホグワーツにいくらでも居る。だが、閉心術のような術に関しては誰にでもできるものではなさそうだ。例えばマクゴナガル、彼女は数々の複雑な魔法をいとも簡単に扱うが、激情型故に「心を無にして閉ざす」といった術は苦手分野にあたる。

スネイプは「話はおわりだ」と言うと、サッとマントを翻しながら立ち上がった。


「ポッター、君の友人には詮索好きな輩が数多く存在する。何をしているのかと聞かれた時は『魔法薬学の補修だ』と答えろ。薬学の授業中の体たらくを知っている者ならば納得するだろう」
「スネイプ。もしもハリーに理不尽な苦痛を与えるようなら、俺は黙っていないぞ」
「ほう…ここから遠吠えでもしてみるか? ホグワーツまで聞こえる事を願っていたまえ。最も、ポッターが我輩の小言如きに苦痛を受けるかどうかは分からんがな。こやつはお前も知
っている通り父親そっくりで、自分に対する批判の類は一切受け付けぬ性質をしている」

スネイプが矢継ぎ早にまくし立てた言葉の数々に、ついにシリウスが怒髪冠を衝くような怒りを露にした。
彼が椅子から立ち上がって杖を抜くのと同時に、スネイプもポケットから杖を抜き、構える。シリウスは椅子を半ば蹴飛ばすように退け、スネイプの居る方へと荒い足取りで歩み寄った。まさに一触即発な空気に、ハリーとカノンが急いで立ち上がる。


「自分の気に入らない事があれば人目も憚らず武力行使に出る…学生時代と何も変わってはいないな。愚か者め」
「いいかスニベルス、俺はお前の本性を知っている。お前がハリーを危険に晒す前に、俺がお前を殺しに行くからな」
「フン、館に幽閉された立場で吠えるか。ならばダンブルドアに訴えるがいい。さすれば、ダンブルドア直々に『館から出るな』とお達しが貰えるだろう。安全な場所に籠る、千載一遇の口実ができるわけだ」

その瞬間、シリウスの杖が揺れた。それを素早く察知したスネイプも杖先を上げる。
だが、互いの杖から呪文が放たれるよりも先にカノンとハリーが二人の間に割って入った。

「シリウス、やめて!」
「だめだめだめ決闘なんかしないで下さい!」

大声を上げながら、どうにか二人の気を削ごうとするハリーとカノン。ハリーはシリウスを真正面から抑え、押し退けられようとも絶対に怯まなかった。
カノンは非力だったが、まだ理性の残っているスネイプに視界に必死に入り続けた。彼がカノンに乱暴な真似をする筈が無いと信じてのことだ。

「ハリー、そこを退け!」
「どかない!」
「退きたまえカノン、この血走った狂犬が君に何をするかもわからん」
「これ以上煽らないでください!」

四人がもみ合って収集がつかなくなってきたその時だった。キッチンの扉が勢いよく開かれ、アーサーが「やあ、ついに治ったぞ!」と嬉しそうに姿を現した。
アーサーの後ろには、彼を出迎えたウィーズリー家の皆々が嬉しそうにニコニコとしている。

だが、キッチンの中でシリウスとスネイプが杖を突きつけあい、それをカノンとハリーが必死に止めている姿を見て「何事だ?」とアーサーが呟いた。
大勢の人間が登場したことで、スネイプもシリウスも我に返ったようだ。互いに杖を降ろし、無言になった。カノンとハリーはアーサーが救世主のように見え、ホッと安堵のため息を吐いた。


「何でもない、ただの会話だ」
「ポッター。忘れるな、月曜の夕方六時だ」

二人はよそよそしく離れ、スネイプはそのまま騎士団本部から素早く立ち去って行った。

「えっと…おじさま、ご退院おめでとうございます…」
「うん、よかった、ほんとに…」
「二人とも大丈夫かい?」

ぜえはあと息を荒げていた二人を、アーサーが心配そうに見つめる。あのまま誰も現れなかったら、一体どうなっていたことか。カノンもハリーもそんな想像をして背筋が凍るような感覚に襲われた。

だがこれで、ようやくクリスマス休暇の最終日を平和に過ごすことができそうだ。アーサーの快気祝いと称したディナーのため、全員で荒れたキッチンを片付け始めた。




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