午後2時半。只今の時刻だ。

昨日の夜、結局僕は眠らずに公園内をうろうろぶらぶらとして一夜を過ごした。何故なら、帰る場所が無かったから。いつの間にかこの世界にいたのだ。当然帰る場所等無い。

そして徹夜したにも関わらず、なんだか全く眠たくない。疲れも感じてない。
自分で言うのもなんだが、本当に自分は何者なのだろう。いつの間にこの世界にいるし、こんな格好だし、名前はわからないし。

でも考えても考えても何もわからず、何も思い出せずで。
あまりにも答えが出ないものだから考えるのを放棄した。りんごちゃんがいつか思い出させてくれるんだ、そう思ったら深く一人で考える必要を感じなくなって。

僕が公園内にずっといた所為で、昨日の夕方から今にいたるまで誰も公園に入ろうとしなかった。
まあ僕の見た目が普通じゃないから、不審者かなにかに見えたのかもしれない。警察に通報されないだけマシだし気にしないどこう。と、思ったんだけど。
公園を愛しそうに見つめる少年少女達の視線に、僕の良心が働いた。
僕が公園から出ると、少年少女はきゃっきゃと声を上げ公園の遊具に向かって走り出す。

ああ、やっぱり僕が怖かったんだな。と自分に毒づく。傷つきはしない。別段悪気は無いのだから。
しかし行き場という行き場も無いし、なにより今日はまたりんごちゃんに会えることだけを楽しみにしている。この公園はいわゆる待ち合わせ場所。行き場が無いならこの待ち場にいればいい。しかし今更公園に戻り、少年少女を怯えさせるわけにもいかない。
しょうがないから、公園付近にいようかな。そう思ったところで、ふと公園内の時計へ目を移す。時間はもう3時になろうとしていた。
そういえば、りんごちゃんは部活とかやってるのかな?
もしやってるんだったら、夕方くらいになっちゃうかもしれない。
それまでずっと公園付近をうろつくのも、通りすがりの人や公園内にいる少年少女におかしな人、変な人と思われてしまいそうだ。どうしよう。
またもや行き場に困ったところで、遠くから少女の声が聞こえた。

この声!

「来てくれたんですね!」

少女は僕に向かって駆け寄る。赤くて綺麗な髪が、走る風圧によりふわふわ揺れる。
待ちに待った、会いたくてしょうがなかった子。

「りんごちゃん!」

僕は勢いあまり抱きついた。思ったとうりに華奢な肩。愛しい体温。

「あ、あの」
「あっ、」

りんごちゃんの頬が淡く朱を増す。
そうだ、昨日の出来事からこれはあまりにも段階が飛んだスキンシップ。
といっても、体が勝手に動いてしまったのだ。決してやましい気持ちはなにも無い。そういう感情も抱いていない。でも、年頃の女の子はこういうのに敏感だから、少し恥ずかしいのかもと考えると、ちょっぴり申し訳ない気持ちになった。

少し惜しかったが、僕はりんごちゃんの背に回していた腕を解いた。

「ごめんね、突然」
「いえ、大丈夫です」

にこり。りんごちゃんは苦笑めいた柔らかい笑顔を返す。
りんごちゃんは公園の柵に背を向け寄りかかる。背といっても、柵が腰あたりの高さまでしかないのだが。
りんごちゃんにつられて僕も柵に寄りかかった。なるほど、ただ突っ立っているよりは楽だ。

「よかった。来てくれてなかったらどうしようかと思ってたよ。」

むしろ僕がどうしようかと思ったよ。本当に来てくれてよかった。

「だって、君がまた明日って言ったんだ。来ないはずがないよ」

りんごちゃんは目をぱちくりさせる。
そしてくすり、と小さく笑う。

「貴方は漫画みたいなセリフを堂々と言うんですね」

僕の言うセリフって漫画っぽいのかな。素で言ってるつもりなんだけど。
ああそうそう。それよりりんごちゃん、来たというかそもそも、

「ずっといたんだ」
「・・・えっ?」
「来た、というか・・・ここでずっと待ってた。」

りんごちゃんの肩が跳ねる。
相当驚いたらしい。そりゃずっと待ってたなんて言われれば誰だって驚くだろうけど。

「ま、まさか、昨日のあれから、今まで?」
「うん」

平坦に答える僕に、りんごちゃんは硬直した。途端に、申し訳なさそうな顔をする。

「そ、そんな・・・なんだか、ごめんね。すごく待たせてしまった様で。帰っててもよかったのに・・・・・」

そんな困ったような顔をしないでほしい。
ただ単に僕が、

「帰る場所・・・ないんだ」
「・・・え、」

二度目の、え。昨日のもあわせると三度目。まあ衝撃のカミングアウトを連続してるからしょうがないことだけど。だんだんと、りんごちゃんの顔がすごく困っている様になる。

名前がわからないの次は帰る場所が無いと。流石にここまでくると呆れられてしまいそうだ。きゅうと胸が締め付けられる。しかし僕は今日、泣きそうにならなかった。君を困らせたくなかったから。謝ってほしくなかったから。まあそんなささやかな願いも自ら今ここで二つとも打破してしまったわけだが。

帰る場所が無いことよりも、君が去ってしまうことのほうが断然、恐い。
どうか嫌いにならないでほしい。こんなおかしな発言聞いて、それは難しい願いだろうけど・・・。
たとえ君がどんなに優しい子であろうと、僕はもう望む言葉は返ってこないのだろうと思い始めると、次第に酷く孤独な絶望感に襲われていった。

でも、そんな絶望感を一瞬で打ち払うように、
君は、昨日のように、

「なら、私の家に来るとか、どうかな」

望む言葉は僕を受け入れる言葉。その言葉を君は平然と言ってみせた。

しかし望む言葉であったとしても、またもや唐突なりんごちゃんの発想に、僕はただ唖然とするしかなかった。
いいの?そんなに容易く僕を受け入れちゃっていいの?知っている気がする、仲が良かった気がする、ただそれだけなのに。それだけで、私の家においでと言うのか。

「りんごちゃ・・・」
「そうだ!それがいい!」

僕の意見なんて全く聞く気の無いりんごちゃんはぱあと目を輝かせ、僕の目をまっすぐに見つめる。

と、目前に指先が映し出される。りんごちゃんの指だ。細くて長めな。

「行こう!私のお母さんは優しいから、きっと了承してくれるよ!」

そうだ。ご両親がいたんだった。
突然娘が見知らぬ男を連れてきて、家にいさせてあげてもいいかななんて言ったら、どんな反応をするのだろう。
快く受け入れてくれるか、はたまた拒絶されるのか。
少し思案しただけでも不安は降り積もっていく一方。

しかし、どんなに不安でも、ここはりんごちゃんの良心にまかせてみようと思った。
こんなにこの子は僕に尽くしてくれているのだ。

僕はりんごちゃんから差し伸ばされる手を受け取った。
りんごちゃんはにこっと笑って、歩きだす。

先ほどまで僕は君を完全に信頼しきっていなかった。
だってどんなに心優しい子でも僕みたいな人に尽くしきることは無いだろうと思ったから。
でも君は、そのどんな子達より、少し外れた考えを持っているようだ。優しい、を飛び越したような。ああ、ごめんね、りんごちゃん。信じてあげれなくて。




りんごちゃんと手を繋いで、共にオレンジ色になりはじめた空の下を歩くだなんて、なんて素敵なのだろう。

僕の心音は高まるばかりだった。




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