『お前は愚かな民を静粛しようと思わぬか?』
「あんたがナイトメア?」
 学校帰り、いつもの景色が一変した。宇宙の中を思わせるような空間に、チェス盤風の床板にチェスの駒のような石像が配置されている。わたしはチェス盤の上に立っていた。わたしたちから生まれた悪夢はナイトメアとして存在する。魔獣を作りわたしたちに襲いかかったり、わたしたちの心に忍び込み暴走させたりする。メタナイト卿から話は聞いていたけど、実際に会うのは初めてだ。確かに人間は愚かだ。超能力者への偏見はなくなる気配がない。かといって超能力者もほかの人への迷惑を顧みず自分のためだけに力を使う人だっている。どっちもどっちなのに、気づいてない人がいる。
 幼い頃からパパが勤めている組織の一員になり、今はそれなりの地位にいる。その過程でたくさんの人を見てきた。学校も一応通っているけど、仕事があれば仕事を優先させる。学校の勉強は教科書に目を通せばある程度把握できるから問題ない。学校生活は楽しい。大人たちの汚い一面を見ると、ますます学校生活が恋しくなる。実際に話すだけではなく、児童同士のかかわりを観察するだけでも面白い。
 愚かな民、あながち間違っていない表現だと思う。ナイトメアがわたしを誘惑する狂言だと分かっていても、同調してしまいそうになる。狂言に乗せられそうになっている時点でわたしも『愚かな民』の一員だ。ナイトメアの考えに同調してもなんの得にもならない。メタナイト卿ならこんなときどうするのだろうか。自らを魔獣のなり損ないと称したメタナイト卿はギャラクシーソード片手に悪夢と戦うだろう。わたしはただの一般人だ。超能力者なら一矢報いることができるかもしれないけど……。駄目元で携帯の電波を確認する。案の定圏外だ。
『話を逸らそうとしても無駄だ。お前のことは分かっている』
「あなたには御見通しってことね」
『私はお前に力を与えることができる』
 あいつの言葉を聞いちゃ駄目。わたしは辺りを見回す。メタナイト卿のような魔獣がいるかもしれない。わたしは駒の間を縫って対抗手段を探す。ナイトメアは不気味な笑いを響かせるだけで何もしてこない。わたしが負けるのを待っているのだろうか。絶対に負けるものか。足に何かが当たる。わたしはそれを手に取った。手のひらサイズの星だ。プラスチックとは違う、また金属とも違う不思議な素材でできている。わたしはそれが希望の星に思えて仕方がない。淡い光を放っていた星が輝く。
 ナイトメアの耳障りな高笑いがやむ。ナイトメアの手がわたし――というより星に向かって伸びる。わたしは駒の陰に隠れる。わたしにとっては希望の星、ナイトメアにとっては絶望の星の争奪戦が始まる。隠れ蓑にしていた駒は粉々に砕け散る。わたしは次の壁を探す。早く移動しないとわたしの命はない。近くの駒に場所を移す。わたしはこれをどうすればいいのだろう。……流れ星ではないけどわたしにとっては流れ星。だったら、救世主を願えばメタナイト卿のような人が現れてくれるかもしれない。普段のわたしだったら鼻で笑うような非科学的な考えでも今は時間がない。わたしは魔の手から逃れつつ救世主の出現を祈った。
『貴様、何をするッ!?』
「ぽよ!」
『この出来損ないが……』
 もしかしてもしかするかもしれない。声の主は小さな男の子だった。桃色の髪が特徴的な彼はナイトメアの手に剣を突き刺していた。幼いながらに必死に抗っている。わたしは彼をじっと見る。幼いながらその表情や気迫は戦士、という表現が似合う。手元にある星が輝く。この星の持ち主は彼だ。男の子が持っていた剣がわたしのそばに落ちる。彼はわたしの救世主だ。このまま見殺しになんてできない。わたしは輝く星を男の子に向かって投げた。
「ぽよ……!」
 投げた後に剣を投げたほうが良かったかもしれないと後悔する。そもそもなぜわたしは星を投げたのだろう。近くに落ちた剣を拾う。星は大きくなって、男の子が大きくなった星の上に乗った。男の子がわたしのそばに来て、わたしを星の上に乗せる。二人乗っても壊れることはなかった。わたしは剣を彼に渡す。その間もナイトメアはわたしたちを捕まえようとする。男の子は何もない空間を剣で切る。すると、一筋の光が差し込んだ。わたしは目をつぶる。ナイトメアの動きも止まった。
 大きくなった星は空間の裂け目に向かって飛ぶ。目をつぶったことでバランスを崩したわたしは星から落ちそうになった。それに気づいた彼はわたしの腕を掴む。その拍子に彼が持っていた剣が落ちた。ナイトメアの空間を抜け出した。男の子とわたしを地上に降ろした星は再び手のひらサイズに収縮した。わたしは星を手に取って鞄にしまう。通学路にいたはずなのに、出てきた場所は施設の中庭だった。男の子は何か見つけたのかどこかに行こうとする。
「ちょっと待って」
「ぽよ?」
「あなたの名前は?」
 このまま施設の中を歩かせたらまずい。男の子の興味の対象をわたしに変えさせる。彼は首を傾げる。この子、わたしたちの言葉が通じるのかしら。魔獣にもわたしたちの言葉が通じるモノと通じないモノがいる。通じたところで倒さなくちゃいけない敵には変わりないけど。男の子はしばらく悩んだあと、ポンと手を打った。
「カービィ! カービィ!」
 彼の名前はカービィというらしい。カービィの笑顔はとても可愛い。見た目はただの子供だ。そういえばメタナイト卿も口調の割に背はそこまで高くないし細身だ。本人の前でそのことを言うと不機嫌になる。幼い頃メタナイト卿に言ったら無言でその場を去った。それでもめげずに言い続けると、一言「やめろ」と言われた。当時のわたしは迫力に圧され頷くしかなかった。
 事情を説明すれば条件付きでカービィは生き残ることができるはずだ。何よりメタナイト卿という先駆者がいる。長い間同じような境遇の魔獣を探していた彼にとって、カービィは何よりの収穫だ。この時間は施設にいるだろうから、今頃カービィの気配を感じてこちらに向かっているだろう。
「フーム!」
「……ほらね」
「?」
 カービィはわたしの独り言に首を傾げる。わたしはカービィの頭を撫でた。独り言だから気にしなくていいの。普段は冷静沈着なメタナイト卿は珍しく声を荒げた。若干息も上がっている。まるで弟のブンがいるみたいだ。メタナイト卿はカービィをじっと見る。カービィもメタナイト卿を見る。二人で通じ合うものがあるのだろうか。いや、カービィはメタナイト卿の真似をしているだけかもしれない。メタナイト卿は頷く。
「名はなんと言う?」
「カービィ!」
「いい名前だ。フーム、カービィをここで匿えるか?」
「そんなの朝飯前よ」
 メタナイト卿の心配はごもっともだ。魔獣は超能力者が刈る対象になっている。本来メタナイト卿も刈る対象だったが、わたしのパパがメタナイト卿の話を聞いて施設に住むという条件で保留になった。メタナイト卿は言いつけを守り、施設の中で静かに暮らしていた。
 ある日、ナイトメアの仕業で暴走した超能力者が町を暴れているということで、施設の魔獣部門の幹部がメタナイト卿を超能力者に相対させた。メタナイト卿は超能力者を戦闘不能状態にさせて、その超能力者は現在施設で働いている。この件で正式にメタナイト卿は施設の一員となった。わたしがまだ生まれていない頃の話だ。
 わたしかメタナイト卿の監視付き、という条件だったらしばらく様子を見てカービィは施設の一員になることができる。ただ一つ不安なのが、カービィがどこまで子供か、ということだ。自分の思うがままに力を使っていたら研究員の実験道具にされる可能性もある。命の恩人がそんなことになるのは避けたい。
「フーム?」
 カービィはわたしの名前を言う。わたしはカービィに向かって微笑んだ。
「そう、私の名前はフーム。よろしくね、カービィ」
 施設での楽しみが一つ増えた。カービィはわたしの名前を嬉しそうに何度も言う。わたしは彼の頭を撫でた。桃色の髪の毛は柔らかい。施設の職員が中庭に来た。カービィを見て警備員に通報しようとする。メタナイト卿はそれを阻止し、簡単に事情を説明する。職員はわたしたちにここに待機するようお願いしてどこかへ行く。おそらくお偉いさんに報告するのだろう。
 わたしは携帯を鞄から出して画面を開く。カービィが携帯の画面をのぞき込む。メタナイト卿がカービィを呼んで何か話し始めた。施設のことやここでの生活のことをカービィに教えているのだろう。明日の会議についての予定についての詳細メールが来ていた。ざっと目を通して携帯を鞄にしまう。議題はたぶん変更になる。
 メタナイト卿とカービィのようすを見る。カービィは分かったような分からないような「ぽよ」という返事をしている。メタナイト卿の話をきちんと聞いているらしい。メタナイト卿は小さな子供でも分かりやすい説明になるように言葉を選んで話している。普段と違う話し方のメタナイト卿は、まるでカービィのお父さんのようだ。カービィは話を聞きながら仮面を外そうとする。
 小さい頃のわたしを見ているようで、あの頃のわたしを思い出し少し罪悪感を感じる。あの頃はメタナイト卿にいろいろと迷惑をかけた。ほかの職員に対しては接し方をわきまえていたけど、なぜかメタナイト卿に対しては仮面のことや魔獣のことなどをメタナイト卿の事情を無視してしつこく聞いていた。メタナイト卿はカービィの攻撃をさり気なく避ける。
「フームさん、メタナイト卿」
「……はい」
「カービィ、私と一緒に来るんだ」
「ぽよ!」
 さあ来た。カービィは元気よく返事をする。絶対この状況を分かってない。わたしたちは初老の男性――施設の幹部である人の後を歩く。通りすがりの職員はカービィを横目で見る。見た目はただの可愛い子供だから、組織の幹部クラスの人と一緒に歩いている意味が分からないだろう。カービィはどこかに行こうとするのをメタナイト卿が阻止する。幹部の印象を悪くさせないか内心冷や冷やする。本人は純粋に周りの景色が気になるだけだろうから、なおさらたちが悪い。
 幹部の部屋に到着した。書斎には魔獣についての資料やほかのことについての専門書がたくさんある。この男性が魔獣部門のトップだ。メタナイト卿を受け入れたのは目の前にいる幹部である。わたしたちはソファーに座る。カービィはわたしとメタナイト卿の間に座ってもらった。彼は机の上にあるお菓子が気になるらしい。わたしはカービィにおとなしくするよう言い聞かす。
「それで、この生き物はなんだね?」
「メタナイト卿と同じ魔獣でカービィと言います」
「目覚めが早すぎて知能は赤子程度だと思われますが、戦士としての資格はじゅうぶんにあると思います」
 わたしたちの反対側に座った幹部はカービィをじっと見ていた。カービィは首を傾げる。壁かけ時計の針の音が響き渡る。わたしはカービィの手を握った。こんなに緊張したのは久しぶりだ。この人ならカービィのことも受け入れてくれるはず、そう思いながら拒否された場合も考えてしまう。パパの上司でもある幹部は、わたしの知っている上層部の中で一番信用できる人だ。
「なるほど……。フームさん、メタナイト卿、カービィの世話を頼みます」
「はいっ!」
「承知した」
「ぽよ……」
 カービィは晴れて施設で暮らすことになった。小さな戦士はそれよりも机の上に置いてあるお菓子に釘づけだ。さっきから何度も唾を飲む音が聞こえた。幹部の人はカービィの前にお菓子を差し出す。カービィは迷わずお菓子に手を出した。単純というかなんというか……。わたしは横目で幹部のようすをうかがう。幹部は柔らかな笑みを浮かべカービィを見ていた。
 それからしばらく幹部の部屋でわたしとメタナイト卿は今後のことを話したり、幹部はカービィと会話しようと試みる。わたしが幼い頃、パパと一緒に施設に来たときはよく話し相手になってもらっていた。幹部は言葉を選びながらカービィに語りかける。わたしはカービィを幹部とメタナイト卿に託して自分の部屋に行く。カービィをここに住まわせるための書類作りをするために。

小さな戦士との出会い
フームとカービィとメタナイト



正直擬人化にする程でもないというオチ。強いていうなら学パロをしたかった筈なのにどうしてこうなった。ナイトメアやメタ・カビ設定の大半は捏造です。ベースは絶チルです。フームはあの男性(名前忘れたorz.)のポジション。アニカビでも頭良かったし問題ない(震え声)
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