残照


【残照】
日が沈んでからも雲などに照り映えて残っている光。夕日の光。残光。
出会ってすぐの頃に五条が伏黒に簡単な呪力操作の手ほどきをしていたらという捏造。


 太陽が沈みきってもなお空が赤いのは太陽の光が雲に反射しているからだろうか。薄暗い夜道を歩きながら伏黒はぼんやりと思った。前を歩く五条の髪も光を受けて白に朱が差している。その様子を目で追いながら後ろをついて歩く様子は側から見れば兄弟のようにも見えるかもしれない。だが前を歩く男は兄弟どころか最近知り合ったばかりの謎だらけの変人だ。警戒するに越したことはないので一定の距離を保って歩いた。
「なんでそんな後ろを歩くのさ」
「別に……」
 五条が不満げに振り返る。サングラス越しの青い目も夕焼けの残り火でオレンジ色に煌いていた。
「まあ、いいや、そろそろ恵の家につくし今日はお別れかな」
「……その、ありがとうございました。明日も稽古するんですか」
「んいや、明日はたしか……」
 五条は少し言い淀む。その様子では明日はなしなのだろうか。やっと力のなんたるかが掴めかけたような気がしたので、できればあまり日を空けられるのは嫌だった。その不満が表情に出ていたのか五条は「ちょっと待って」と言いながら携帯を開いた。
「あ〜明日の任務ってなんかあったっけ?あれ夜でも大丈夫?それか早朝とかさ」
 なにやら予定を調整してくれているらしい。少し待つと五条は電話を切って距離を詰めてきた。視界が黒一色になるので仕方なしに見上げると笑顔の五条と目が合った。
「寂しそうな顔するなよ」
「そんな顔してません。うわ」
 五条はそう言って伏黒の髪を思いっきりかき混ぜた。元々好き放題に立っていた髪がさらにぐしゃぐしゃになる。やめろと言っても五条は自分が満足するまでやめてはくれなかった。
「じゃあ、明日また放課後な」
 公園で待ってるから。そう言って五条はやっと頭から手を離した。伏黒はサッと頭を振って髪を直す。
「勝手に決めないでください」
「なんだよ、明日も大好きな五条さんに会えないと嫌だって顔に書いてあったぞ」
「嘘だ」
 見透かす言い方にムカついて下を向く。すると五条はその場にしゃがんで伏黒の顔を思いっきり手で挟んだ。
「うっやめ」
「恵、なにか掴んだんだろ。ちゃんとできるまで面倒みてやるから」
 ほーら、安心しろ。ぐりぐり。なんて言いながら人の頬を散々揉んだ五条は、口角をぐいとあげて笑っていた。何も心配するなという彼なりの優しさなのだろう。伏黒もそれはわかっていたので嫌々ながらもそれを受け入れた。
 さてと。そう言って立ち上がった五条はこちらに手を差し出した。何の意図かわからず見上げると家まで手を繋いでくれるという。何故そんな気味の悪いことをいうのかと若干引いた顔をしたら無理に手を取られた。
「家までちょっとだしいいだろ」
「嫌です」
「ケチー」
 だが、言葉とは裏腹に伏黒も手を振り解くことはしなかった。手の温かさがじんわりと伝わり、心まで温かくなるような感覚があった。その感情が一体何を意味しているのかは今の伏黒には理解できなかったが、それでもこの時間がもう少しだけ続けばいいと願う気持ちに嘘はなかった。
 手を繋いだ五条の足取りは普段よりもだいぶ緩やかだ。五条も同じ気持ちならいいのにと密かに願いながら、伏黒は彼の手を強く握り返した。


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