序章


   序


 幽鬼骨董店。人はみな、この店をそう呼ぶ。本来の名前は別にあるはずだが、ここでは一度も聞いたことはない。魔都のはずれ、寂れた東の旧市街、路地裏の奥の奥。角を右に左に何度も曲がった先にひっそりと看板が出ている、そんな骨董店。
 店主は五条悟。整った顔立ちの背の高い若い男。日本人だが言葉は自在で、声だけでは現地の人間と見分けがつかない。見た目は白い髪と青い瞳だから、そもそもアジア人だと思われていないぐらいだ。
 店内は世界各国の名だたる名品珍品がずらりと並んでいるかと思いきや、子供のらくがきのような絵と大量の古書が積まれているだけだった。その奥の応接室で五条悟はだらりと客を待ちながら、手持ちの古書を興味なさそうに読んでいた。
 そもそも骨董店に骨董品を求めてくる客など最初からいなかった。では何故人はこの骨董店に訪れるのか。それは五条悟が黒社会にも通じた何でも屋であるためだ。
 探偵まがいの人探し、不倫の証拠集めから怪しい仕事の斡旋。
 だが、一番の仕事は……
 人殺し。
 骨董商は表の顔。彼は裏では暗殺を生業としていた。私怨による殺人やマフィア同士の抗争、果ては要人暗殺までなんでもござれ。危ない仕事ではあるが、彼は一度だって失敗したことがない。それゆえ国の役人ともつながっているとまで噂されていた。この男は妖術にたけているとか鬼と契約しているとか、様々な憶測が飛び交い、いつしかここは幽鬼骨董店と呼ばれるようになった。幽鬼とは幽霊や亡霊、妖怪などの総称で、つまり怪しい骨董店とでもいえばいいのだろう。……確かに見た目は怪しい骨董店だから、なにも間違ったことは言っていない。
 話を戻そう。俺は伏黒恵。骨董商に拾われたごく普通の貧民の子供だ。五条さんが日本に訪れたときにたまたま目にとまった、それだけの存在。
 普通に考えれば、怪しい男に声をかけられても耳を貸したりしない。ただ、その時の俺はとても困窮していた。明日を生きていくことすら、難しいほどに。
 だから俺は男の誘いに乗り、この魔都に住み着いた。これは、俺が五条悟という怪しい骨董商と過ごした、魔都での思い出についての話である。


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