日常


ひも時空
甚五

「おー来た来た。おい、オマエ会計しろ」
「あー何やっちゃってるわけ。最強は忙しいんですけど?」

 夜遅く、仕事も片づけて家にでも帰ろうかという時、五条の電話が鳴った。電話の相手は伏黒甚爾。昔訳あって拾った男の名前だ。名前を見た五条はあからさまに嫌そうな顔で通話ボタンを押す。
「もしもーし」
「おい、オマエ今暇か。早く来い。場所は■■だ。財布忘れんじゃねえぞ」
 内容だけ早急に伝えられ電話はすぐ切れた。最悪だ。やっぱりコイツからの電話なんてロクなことがない。僕忙しいんですけど。そう思いながらも放っておくと何をしでかすかわからない男だ。■■ねえ。五条は電話の内容を思い出しながら踵を返した。
 言われた場所は高専から数駅離れたチェーンの居酒屋だった。男を住まわせているアパートからほど近いその居酒屋は男の雰囲気ではかなり浮いていた。
「最強を気軽に呼び出さないでくれる?」
「坊。やっと来たか。遅せえぞ」
 似合わない居酒屋にいた男に声をかける。四人は入れそうな半個室に一人で陣取る男は五条を見るなりひらひらと軽薄そうに手を振った。
「はあ、なんなのオマエ。こんな遅くに呼びつけてくれちゃってさあ」
「坊が俺のこと放っておいてどっか行くからだろ。ほらこれ」
「仕事だっつーの、ってうわあ」
 男は一枚の紙を押し付けてきた。受け取ってみるとそれなりの金額の伝票。金もないのに一人で飲んだくれていざ会計という時に困って呼びつけたというところだろう。暴れて何かされるよりはましだがそれにしたってひどい男だ。
「お金渡しといたでしょ。どーしちゃったわけ」
「あーお馬さんが喰った」
「このバカ」
 五条が居ない間の食事代を渡しておいたはずなのにそれもすべて使ってしまったと男は言う。相手にするのもばかばかしくて受け取った伝票を持って会計に向かった。

「ありがとうございましたー」
 バイトの軽快なあいさつに見送られて暖簾をくぐる。甚爾も後をついて外に出てきた。秋口にも差し掛かろうという今は夜になると少し肌寒い。
「おー悪かったな」
「ちょっと重いんですけど」
 謝る気もない軽い謝罪を口にした甚爾はゆるりと五条の肩に手をかける。その腕がずしりと重くて振りほどくのも億劫に感じられた。
「というか謝るなら呼び出さないでよ。さっきも言ったでしょ。僕忙しいの」
「ハッ、よく言うぜ。期待したんだろ」
「うわ、本当最悪、セクハラやめてくださーい」
 肩に乗せられた腕と反対の手が下半身にのびかけたので身体を捻って距離をとった。この男は本当に油断ならない。
「おい、逃げんなよ」
「逃げてませーん」
 軽口のまま一定の距離を保つ。すると甚爾はハア、とあからさまにため息をついた。
「悪かったって。機嫌直せよ。コンビニで菓子でも買ってやるから」
「ハア!?てか金なくて呼びつけたんでしょ、馬鹿なの?」
「ゼロじゃねえからな」
 面倒だと思ったのか、意外な提案を持ち掛けてきた。五条はあきれた声で返す。本当何を言い出すかと思えば。それだって五条の金なのに少し自慢げに言うあたりが憎たらしい。
「どういう感覚してるのさ、本当。もういいよ」
 だが五条が歩き出した道は普段とは違う道だった。すたすたと歩きだした五条に甚爾が慌てた声を出す。
「あ、おいどこ行くんだよ」
「お!や!つ!買ってくれるんでしょ。僕あっちのコンビニにあるエクレアじゃないと嫌だから」
「わがまま言いやがって。あーハイハイ、ゴシュジンサマの仰せのままに」
 歩き出した二人は暗い夜道のなか、言い合いを続ける。だが二人の連れ立って歩くスピードは普段よりも緩やかに感じられた。

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