星を見に行こう


山に星を見に行く話の一部/供養


 見上げると満点の星々が空を覆いつくしていた。夜空がこんなにも明るいなんて。隣に立つ五条さんも上を見上げていた。目隠しを外した彼の瞳には星々の光彩が映り込み、まるで万華鏡を覗いたみたいにころころと色を変えていた。彼の頭髪も真っ白のキャンバスのように星の絵具で飾られている。その不思議な光景に見とれていると、彼は口を開いた。
「恵、きれいだね」
「はい、とても」
 きれいです。俺は彼の瞳をまっすぐ見つめて答えた。その答えは空に向けたものというよりは、目の前の彼に向けたものだった。彼はゆっくり瞬きした後、そっと目を細めて微笑んだ。

 目の前の星は手を伸ばせば届きそうだった。だから俺は手を伸ばした。彼を覆う見えないベールは、俺の前ではいつだって存在していない。俺はそれを知ったうえで、そっと手を頬に添えた。彼はそっと目を閉じた。俺は背伸びをして彼の唇に自分のそれを当てた。ゆっくり離しては、もう一度近づける。何度も何度も繰り返して、空のことなんて全て忘れてしまったかのように、その行為に没頭した。最後に唇をそっと離す。顔を覗き込んだら白いまつ毛が震えるように持ち上がって澄んだ蒼と目が合った。恵。名前を呼ばれる。俺は五条さんの瞳が弧を描く様を見届けてから、再度空に目を向けた。星々は俺たちのことなんて何も知らないというように燦燦とその存在を主張していた。

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